2月18日、マジョルカ。ラ・リーガ第25節で、レアル・ソシエダ(以下ラ・レアル)の久保建英は、古巣を相手に貴重な同点弾を決めている。6試合ぶりの今シーズン7得点目。1−2の逆転勝利の立役者となって、8度目になるゲームMVPも受賞した。

「タケ(久保)は、ラ・レアルの攻撃の主力で、絶え間ない危険を敵に与えていた。同点になるすばらしいゴールを決め、いくつものチャンスを作った。彼を止めるため、マジョルカはふたりがかりで挑んでいたが......」

 スペイン大手スポーツ紙『アス』も、ほとんど手放しで称賛している。

 何より久保が「勝利」をもたらした点が大きいだろう。同点弾で反撃の狼煙を上げた。最後の逆転弾を決めたのはミケル・メリーノだったが、それに至る攻撃を構築していたのも誰かは明白だった。


マジョルカ戦にフル出場、ゴールを決めた久保建英(レアル・ソシエダ)photo by Mutsu Kawamori/MUTSUFOTOGRAFIA

「Tirar del carro」

 それは「一番つらい仕事を引き受ける、先頭に立ってやる」という意味だが、スペインにおける「エースの条件」とも言える。

 直近5試合、ラ・レアルは3分け2敗と足踏みしていた。野戦病院と化すほどケガ人が続出。0得点3失点でどうにか勝ち点1を拾っていたが、勝利から遠ざかっていた。

 久保自身も、疲労困憊のはずだ。シーズン中にもかかわらず、アジアカップに招集され、その負担は相当なものがあるだろう。長旅から中一日でスペイン国王杯準決勝ファーストレグ、マジョルカ戦に先発フル出場。その後も、ラ・リーガのオサスナ戦、チャンピオンズリーグのパリ・サンジェルマン戦でフルタイムを戦っているのだ。

 言わば手負いに近い状況で、苦境にあるチームを引っ張り、10人になったマジョルカを叩き潰したのだ。

「立ち込めていた不安感を消すためにも、勝利がとても重要だった」

 ラ・レアルのイマノル・アルグアシル監督の言葉は象徴的だろう。

 試合は開始3分でリードを許す展開だったが、久保は序盤から右サイドでアマリ・トラオレを走らせ、攻撃の起点になっていた。11分には左からのクロスを拾い、ふたりを引きつけてペナルティエリア内にフリーで入ったマルティン・スビメンディに完璧なアシスト(シュートはGKにブロックされた)。17分にはマークを外し、カットインから左へ展開し、ゴールに迫った。

【試合終盤は独壇場に】

 マジョルカは左ウィングバックのハウメ・コスタ、左センターバックのマティヤ・ナスタシッチ、左MFのダニ・ロドリゲスの3人で囲んできたが、久保はその封印を跳ねのける。相手の封じる力のほうが削がれるほどだった。かつて自らを凡庸な守備システムにはめ込もうとしたハビエル・アギーレ監督に目にもの見せた格好だ。

 37分だった。カウンターからウマル・サディクがポストに失敗するも、味方のイゴール・スベルディアがボールをとり返し、右サイドでパスを受けた久保がドリブルに入る。対峙したナスタシッチをあざ笑うようにバランスを崩させ、足を出させて空いた空間に鋭い軌道の左足シュートを打ちこみ、GKの手を弾く一撃をファーサイドに決めた。

 前半アディショナルタイムにマジョルカの選手が退場になると、数的不利になった相手を、久保は徐々に追い込んでいった。カットインで倒され、ファウルからFK。ふたりを引きつけ、トラオレのクロスをアシストした。右へ相手を動かし、フリーになったブライス・メンデスにパスすると、そのクロスが際どいシーンを作った。

 64分にサディク、アルセン・ザハリャンというブレーキになっていた二人が下がり、アンデル・バレネチェア、アンドレ・シルバが交代で入ると、久保の独壇場となる。ボールに触るたび、相手に戦慄が走った。そこで、アギーレ監督はたまらず、コスタ、ロドリゲスの二人を下げ、新たにトニ・ラト、セルジ・ダルデルを投入したが、久保の躍動は止まらない。

 後半アディショナルタイム、久保はFKからのキックで決定機を作り出す。さらにセカンドボールを拾い、ラトを翻弄して打った左足シュートがわずかにバーを越える。ゴールこそ決まらなかったが、ラトを精神的に追い込んでいた。すると最後のクロスで、ラトは無用に下がりすぎてラインを崩し、メリーノのヘディングが決まった。

 久保が与えてきた圧力が、メンタルを崩壊させていたのだ。

「許されし者」

 スペイン大手スポーツ紙『エル・ムンド・デポルティーボ』は久保を端的にそう表現している。

「日本人選手の偉大なゲーム。511分も続いていた無得点の"不名誉な"記録を打ち破った。ラ・レアルのなかで最もアクティブな選手で、逆転するまで相手を叩き続けた。攻撃をけん引し、プレーにパウサ(停止という意味だが、緩急のこと)を与えた。1−2の逆転に持ち込んだが、直前の直接FKではバーをかすめるミサイルシュートを打っていた。ちなみに同点ゴール後は謝罪、かつてのファンに敬意を示した」

 ゴールを喜ばなかったのは、通常の儀礼である。スペインでは、かつて所属したチームの本拠地でゴールを祝うのは非礼、侮辱に当たり、ご法度。暗黙のルールを守ったわけだ。

 2月23日、今度は本拠地レアレ・アレーナで、久保は、もうひとつの古巣であるビジャレアルと対決する。