「松井稼頭央監督は去年、苦しんだ部分もあったと思う」平石洋介が痛感したヘッドコーチの難しさ「確認しすぎることで監督を迷わせてないか...」
西武・平石洋介ヘッドコーチインタビュー(後編)
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2022年に西武の打撃コーチとなってから、平石洋介は松井稼頭央を傍らでサポートしてきた。昨シーズンにヘッドコーチとなってからは献身をより強く保ち、助力を惜しまなかった。「カズさん」「ヨウ」。プライベートではそう呼び合えるほどの仲であっても、平石は監督を支える立場の難しさを再確認していた。
昨年からヘッドコーチとしてPLの先輩でもある松井稼頭央監督(写真左)を支える平石洋介氏 photo by Taguchi Genki
「悩むことはありました。それは監督とぎくしゃくしているとかじゃないです。ヘッドコーチとして普段から選手とかコーチ陣のいろんな方向に目配り、気配りをしながら、試合になれば先々を読んで準備することが大事なわけで。決定権のある監督に負担をかけないように努めるなかで、『監督だってコーチ以上に考えてやっているわけやから、自分が確認しすぎることで監督を迷わせてないかな?』と思うこともあったというかね」
松井は普段から「思ったことを言っていいよ」とオープンにしてくれているだけに、より葛藤が襲う。なにより、平石自身が楽天でヘッドコーチと監督を経験しただけに、指揮する松井の苦悩が他人事に思えなかった。
後悔と隣り合わせにいる。それが監督なのだと平石は言う。試合に勝利しても「こうしておけばよかった」と貪欲になるものだ。チームの将来を見越した選手起用をしても、敗け続けるとファンだってフラストレーションが溜まる。スタンドで落胆する彼らの姿を目にすれば気持ちが沈むことだってあるだろう。
昨シーズン、西武の監督になった松井はそんな宿命を背負ってタクトを振り続けたのである。
「ヨウ、監督って大変やなぁ」
ふたりで話すと、松井は冗談っぽくそう呟くことが何度かあった。悲壮感はないが、本心であるはずだ。だから歯がゆくもあった。だが、ふたりには監督としての共通認識があるからこそ、意志を固められた。やはり、監督の松井との会話を絶やさないこと。これに尽きる。
「監督は去年、苦しんだ部分もあったと思うんです。そこはね、ふたりで話していても出しませんでしたけど、監督の『選手が成長してくれれば』っていう想いがものすごく伝わってくるんですよ。だからこそ、監督に負担をかけさせないために、もっとコミュニケーションをとる。僕にできること、やるべきことってそこなんですよ。今年は去年以上にしゃべらなアカンなと思います。試合中でも、周りから『いっつもしゃべってんな、あのふたり』って思われるくらい、とことんね」
若手を積極的に起用し、野球の原点回帰を期して『走魂』を掲げ、走塁を重視した細かい野球にシフトして西武は可能性を見出した。しかし、シーズン5位という結果は事実として残るだけに、平石は「監督は手応えをほとんど感じていないと思います」と慮(おもんぱか)る。
【最大のウリは投手力】やるしかない──。今シーズン、西武はスローガンを『やる獅かない』と打ち出した。獅子の勇敢さ、猛々しさを打ち出すためでもあるが、平石は選手に釘を刺す。
「昨シーズンが終わってから『監督は2024年も特別なことをやろうとしているわけじゃなく、今までと変わらんぞ。そこだけはわかってくれ』と伝えました。"走魂"を掲げていないから『やらなくていい』なんて考えをしてほしくないですからね」
西武が退路を断ち、走り抜くために不可欠なストロングポイント。それは投手陣だ。
平石が「今年も先発ピッチャーを最大のウリにしないといけない」と自信を持つ布陣にはタレントが揃う。
エースの高橋光成に今井達也、中継ぎから先発に転向し11勝をマークした平良海馬の「2ケタ勝利トリオ」。さらに隅田知一郎、松本航、與座海人と昨シーズンのローテーションだけでも厚みがあり、そこに期待のドラフト1位左腕・武内夏暉が加わる。
「先発はね、かなり競争は激しくなりますよ。渡邉勇太朗や浜屋(将太)だって黙ってないだろうし、先発にトライするボー(タカハシ)と青山(美夏人)も、未知数ですけど監督は期待しているでしょうしね。まだ体は出来上がっていませんけど、高卒3年目の羽田(慎之介)と黒田(将矢)にも出てきてほしい。豊田(清)コーチと青木(勇人)コーチは『バッテリーで3点以内に抑える試合を1試合でも多く』という明確な意思を持って指導してくれていますし、本当に楽しみですよね」
12球団でも屈指のスターターを誇る西武にとって僥倖(ぎょうこう)だったのが、FAでソフトバンクへ移籍した山川穂高の人的補償で甲斐野央を獲得できたことだ。
「甲斐野が来てくれたのは大きかったですよ。個人的に人的補償の補強ポイントは、野手か中継ぎと思っていましたから」
昨シーズン46試合に登板し、防御率2.53と安定感を誇示した最速160キロの甲斐野は、手術によって今シーズンの本格的な戦線復帰が不透明な森脇亮介と佐々木健の穴を十分に補える存在となる。
投手陣は2年連続でチーム防御率2点台と、盤石を保っている。つまり、西武は「1試合で3点を取られない」チームであるわけだ。わかりやすく言えば、打線が「1試合平均4得点以上」を叩き出せば、勝率は確実に上がる。
ただし平石は、これが現時点で机上の空論や皮算用であることを自覚している。
1試合平均で4得点を実現できれば単純計算でシーズン572得点となるが、昨シーズン、パ・リーグ最多だったソフトバンクですら536得点で、西武は最下位の435得点だった。1試合平均約3点。「+1点」の道は険しい。
【熾烈なポジション争い】近年のプロ野球は「投高打低」だ。パ・リーグは顕著で、昨シーズンの3割バッターが2人のみ。ホームラン王は近藤健介ほか2人が26本で、打点王は近藤の87だった。
この理由にピッチャーの急速な進化が挙げられるのだと、平石は見ている。
「去年、155キロ投げたピッチャーがだいたい70人。150キロになると250人くらいいるんです。平均球速も年々上がっていますし、最近はピッチャーのほうが進んでいるのは事実です。トラックマンやラプソード等であらゆる要素が数値化されるようになったことから、ボールのスピードを上げる、変化球の精度を高めるためのトレーニングも客観的なアプローチが明らかに増えましたよね。バッターはそこに早く追いつかないといけないし、とくにライオンズはそのなかで工夫しながら点を取っていくことを目指しています」
布石は昨シーズン、すでに打っている。隙を見せない走塁などに込められた1点の執念。バッターの打席での意識も、早いカウントでわざと狙い球の変化球を空振りして餌を蒔き、追い込まれてからそのボールをとらえるといった駆け引きも「少しずつできるようになってきた」と、平石は言う。
今シーズンはその再現性をより高められる選手の出現を監督は望み、公言するようにポジションに空きはある。だからといって台頭するまで気長に待つ気はなく、「つかみとれ」とハッパをかける。
固定されているのはせいぜい、セカンドの外崎修汰とショートの源田壮亮の二遊間くらいだ。キャリアハイの91試合に出場したサードの佐藤龍世は、平石から言わせれば「スタート段階で半歩抜けているくらい」と鼓舞する。一発のある渡部健人にしても「打線に落ち着いてくれると面白い」と期待はするが、メジャーリーグ通算114ホームランのヘスス・アギラー、身体能力の高いフランチー・コルデロの新外国人との厳しい競争に身を置かせる構えだ。
ここに、打力が売りの蛭間拓哉、機動力と守備に安定感のある岸潤一郎、平沼翔太、児玉亮涼らが名を連ねる。
1試合1点の上積み。難題に挑む西武のポジション争いは熾烈を極め、昨シーズンから紡ぐ、次につなげる野球も試される。
平石は言う。
「当たり前のことを当たり前のようにやる。これは去年と変わりません。今年はさらに、当たり前のように上を目指せるチームにならないといけないですよね」
昨シーズン5位のチームが顔を上げる。
「やるしかない!」と選手が吠える。獅子の気概にファンがかつての強者の姿を重ね、背中を押す。
平石洋介(ひらいし・ようすけ)/1980年4月23日、大分県生まれ。PL学園では主将として、3年夏の甲子園で松坂大輔擁する横浜高校と延長17回の死闘を演じた。同志社大、トヨタ自動車を経て、2004年ドラフト7位で楽天に入団。11年限りで現役を引退したあとは、球団初の生え抜きコーチとして後進の指導にあたる。16年からは二軍監督、18年シーズン途中に一軍監督代行となり、19年に一軍監督となった。19年限りで楽天を退団すると、20年から2年間はソフトバンクのコーチ、22年は西武の打撃コーチとなり、23年に西武のヘッドコーチに就任した。