オリックス・バファローズの春季キャンプは全体練習の時間が短い。10時過ぎにウォーミングアップが始まると、昼過ぎにはひと段落つく。だが、本当の練習はここからだ。選手たちはそれぞれ個別の練習に取り組み、夕方までたっぷりと汗を流す。

 17時が近づくと、選手はひとり、またひとりと練習を終えてバスに乗り込み、グラウンドをあとにする。ほとんどの選手が引き上げ、辛抱強く選手の「出待ち」をするファンの波が引いた頃。背番号66を着けた鈴木博志はようやく練習を終え、インタビュールームへとやってきた。

「お疲れのところ、すみません」と詫びると、鈴木は愛嬌のある顔をほころばせて「体力はありあまってますよ」とおどけてから、こう続けた。

「オリックスは自分の時間が多く持てるので、やりたいことをやっていたら結果的にこの時間になりました」

 その顔には充実感がありありと見てとれた。


昨年12月の現役ドラフトで中日からオリックスに移籍した鈴木博志 photo by Koike Yoshihiro

【現役ドラフトで中日からオリックスへ】

 鈴木はこのオフ、現役ドラフトを経て中日から移籍した右投手である。昨年12月の入団記者会見の際、オリックスの福良淳一GMは鈴木に対してこう語ったという。

「こっちは(鈴木を)求めていたし、普通に気負わずやってくれればいい。あまり球を動かさなくてもいいかなと思う。求めるのは(プロ)1年目の球の強さですね」(12月10日付・スポーツ報知より)

 福良GMの言う「1年目の球の強さ」を鈴木は取り戻せるのか。まずは本人の証言をもとに、紆余曲折あった6年間を振り返ってみたい。

 中日の首脳陣やファンにとって、鈴木はじつにもどかしい存在だったに違いない。2017年のドラフト1位指名を受けて、社会人の強豪・ヤマハから入団。当時は高卒3年目と若く、将来性込みの評価と思われていた。

 だが、鈴木は周囲の想像を超えるペースで進化していく。春先から実戦で無失点を続け、開幕一軍入り。当時について聞くと、鈴木はこともなげにこう答えた。

「普通にやっていたら、ああいうボールを投げちゃっていたんですよね」

 鈴木の言う「ああいうボール」には、夢があった。

 身長182センチ、体重95キロと縦にも横にも大きなマウンド姿。ゆったりと、雄大な投球フォームから放たれた剛球は、捕手のミットを激しく叩く。最速157キロという数字以上の破壊力が滲むボールは、1球見ただけで「モノが違う」と思わせた。

 1年目は53試合に登板し、4勝6敗4セーブ12ホールド。終盤戦に息切れして防御率こそ4.41に留まったものの、上々のデビューだった。鈴木は「真っすぐに関してはいけると思っていました。自信はずっとありましたよ」と振り返る。

 翌2019年は開幕から守護神を任され、14セーブを挙げている。だが、不安定な投球内容から早々に守護神の座を剥奪。それ以降、鈴木は出口の見えないトンネルをさまよい続けるのだった。

 プロ2年目の鈴木には、あるルーティンがあった。MLB通算417セーブを記録するクレイグ・キンブレル(現・オリオールズ)がセットポジションに入る前にとる、上体を深く前に倒して右腕を横側へと垂らす「威嚇ポーズ」だ。

 当時、球界では鈴木のルーティンに対して、批判の声も大きかった。「他人のマネをするのは、自分に自信がない裏返し」と指摘する解説者もいた。

 だが、鈴木の考えは違った。

「正直言って、普通なら恥ずかしいですからやらないと思うんです。でも、自分は思いきってああいうことをやることで、どこか振りきれる感覚がありました。キンブレルは好きな選手でもありましたしね」

 リリーフ失敗が重なったある日、鈴木は首脳陣から「リズムを変えるために、あれをやめてみたら?」と提案を受け、ポーズを封印している。だが、結果的に鈴木は「リズムがおかしくなった感覚がありました」と振り返る。

【サイドスロー転向の打診】

 そしてプロ3年目の2020年は大きな分岐点になった。鈴木は首をひねりながら、こう明かした。

「3年目になって、急にボールがいかなくなったんです。スピードが140キロ台中盤くらいしか出なくて、『おかしいな?』と思っても全然ボールが上がってこない。ケガもまったくしていないし、コントロールも余計に悪くなって......。とにかく体が動かない感覚がありました」

 この年、鈴木は6試合に登板して、防御率12.91と目を覆うような成績に終わっている。その年のオフ、鈴木は首脳陣から「サイドスロー転向」の打診を受ける。

「体の振りが横だからどうだ? と言われて、試しに投げてみたら152キロ、153キロと球速も出て。これはいいなと思ったんですけどね......」

 だが、結果的にサイドスロー転向は裏目に出る。鈴木は自身の指先を見つめながら、こう続けた。

「サイドにしてから、指にかかったボールが投げられなくなってしまったんです。ボールを握った時点で不安で、どう投げていいのかわからなくて」

 幸いツーシームは好感触があり、ストレートよりも球速が出た。そのため、マウンドに上がると、鈴木はツーシームとカットボールばかりを投げるようになる。かつて猛威をふるったストレートは、ほとんど投げなくなった。

 こうしたエピソードを挙げていくと、中日首脳陣の力量を疑う読者もいるかもしれない。だが、鈴木本人はそうとらえておらず、恨みつらみを口にすることもない。

「人のアドバイスを何でも素直に聞いちゃうタイプなので、人の意見に左右されてグチャグチャになった部分はあると思います。でも、どんな失敗をしても嫌じゃないですし、今後に生きる経験になるはずです。やっている時はしんどいけど、今は我慢する時期なのかなととらえています」

【毎日があっという間に過ぎていく】

 それでは、福良GMの求めるパフォーマンスはとうてい実現不可能なのか。「福良GMのコメントはどう受け止めていますか?」と聞くと、鈴木はつぶらな瞳を真っすぐこちらに向けてこう答えた。

「去年の後半くらいから感覚がよくなり始めて、ボールの質がよくなってきました。回転数は1年目と変わらないくらいまで上がってきています。GMからも真っすぐの質について話していただきましたし、真っすぐは生命線だと考えています。強いボールを投げ続けていきたいですね」

 2月6日、今キャンプで2回目のブルペンに入った鈴木は1球1球しっかりと確かめるように、丁寧に投げ込んだ。時折、低めにキャッチャーミットを強く叩くボールも見られた。その一方でリリースの爆発力は乏しく、球速はまだ本来の状態にはないことがうかがえた。

 今オフはオリックスに移籍するための転居手続きなど、あわただしくならざるを得なかった。鈴木も「例年よりスローペース」と調整が遅れていることを認めている。それでも、その表情が明るいのは訳がある。

「毎日があっという間に過ぎていくんです。野球に集中しているからなんでしょうね。ボールの速い後輩も多くて、『なんでそんな球が投げられるの?』とめっちゃ聞いています。少しずつ感覚もよくなっていますし、まだまだ強さも出るはずなので」

 大阪・舞洲での自主トレ中、山下舜平大のキャッチボールに衝撃を受けた。ブルペンでの立ち投げを見ると、1月というのに150キロを超えている。鈴木は「こんなピッチャー、見たこともないですよ」とあきれたように笑った。

 それでも、プロ1年目のボールを取り戻せたら自分も負けない。そんな思いはないのだろうか。そう聞くと、鈴木は意外なことを口にした。

「タイプが違いますから、勝てるかどうかは考えないですね。それに、いい時のボールを『取り戻したい』という思いはまったくないんです。というより、体も変わっていきますから絶対にできません。今の体のバランスのなかで、一番強いボールを投げることを意識しています」

 現時点で鈴木がイメージする「最高のボール」とはどんなものか。そう聞くと、鈴木は苦笑交じりに言葉を紡いだ。

「そうだなぁ......ボールの軌道のイメージはあります。インコースのストレート、とくに右バッターに対してより強いボールがいくイメージです。自分のボールはホップ成分が多くはないので、少しシュート系の真っすぐになるでしょうけど」

 プロでの6年間は、お世辞にも順風満帆とはいえなかった。それでも、必要な時間だったと鈴木はとらえている。中日ファンへの思いを聞くと、鈴木は言葉を選ぶようにしてこう語った。

「6年間では悪い時のほうが多かったですけど、そのなかでもすごく応援していただけたことが力になりました。苦い経験を含めて、それらを全部まとめて今のスタイルができてきたので、チームが変わっても完成させていきたいです。よりいいピッチングができるように頑張るので、これからも応援していただきたいですね」

 3月22日に誕生日を迎えても、まだ27歳である。剛腕・鈴木博志の全盛期はこれから幕を開けようとしている。