作品ごとにさまざまな表情をのぞかせ、視聴者の心に残る演技で存在感を魅せる俳優・古川琴音さん。彼女が新たに挑んだのが、自身にとって初となるホラー映画『みなに幸あれ』。“幸せは他者の犠牲の上で成り立っている”というテーマを軸に、ヒロインの身に次々と襲いかかる常識外れの出来事。ホラージャンルだけでは括れないこの作品に、果たしてどう向き合っていったのか。

古川琴音●ふるかわ・ことね…1996年10月25日生まれ、神奈川県出身。2018年に主演短編映画『春』が9つの映画祭でグランプリを受賞し、一躍注目を集める。代表作に映画『十二人の死にたい子どもたち』(2019)、『偶然と想像』(2021)、NHK連続テレビ小説『エール』(2020)、NHK大河ドラマ『どうする家康』(2023)、Netflix『幽☆遊☆白書』など。映画『雨降って、ジ・エンド。』『言えない秘密』の公開が控えている。Instagram

 

【古川琴音さん撮り下ろし写真】

 

突き詰めたリアル「“何がある”のか知らされていませんでした」

 

──映画『みなに幸あれ』は物語に不可解なことが多く、謎が次々と押し寄せてくるという展開でした。最初に台本を読んだ時の印象はいかがでしたか?

 

古川 私もわからないところがたくさんあり、それが作品全体に不気味さを生み出しているんだなと感じました。後味の悪さといいますか、「ちょっと嫌なことを知ってしまったなぁ」という気分になりましたね。また完全なフィクションではあるものの、どこか現実世界とつながっているようなリアルさも伝わってきて。そこに面白さを感じました。

 

──そうした物語の不可解な点は、どのように解釈していったのでしょう?

 

古川 当たり前のようにいる生贄の存在や、祖母たちの身に起きる不思議な現象など、不可解なことは下津優太監督に直接お聞きしました。でも監督からいただいたのは「曖昧なままでいい」というアドバイスでした。とにかくいろんなことに巻き込まれていくので、目の前で起きていることを理解しなくてもいいと。むしろ、まっさらな状態でお芝居をして「その時に感じたことを素直に出してほしい」と言われたんです。

 

──それは思い切った演出ですね。

 

古川 初めての経験で、いろんな発見がありましたね。あえて細かい役作りをしなくても大丈夫な環境を、監督が作ってくださったというのもありますが、自分から想像もしていなかった表現がたくさん出てきたんです。監督は今作が初めての長編作品ということで、いろんな実験をされていたのかなという印象がありました。

 

──実験とは、具体的にはどのようなものでしょう?

 

古川 生贄として近所の人を家に誘い込むシーンがありますが、その生贄役を、本当に「近所に住んでいる一般の方」にお願いしていました。しかも監督は、役の設定を教えずに撮影しようとされていたんです(笑)。また私が天井に吊るされた布を勢いよく剥がす場面も、布の向こう側に“何がある”のかは知らされていませんでした。本番で初めてそこにあるモノを見て、素で叫んでしまって(笑)。こうしたリアルな反応とフィクションを、いかに融合して映画を作っていくかという挑戦が随所に見られ、本当に刺激的な現場でした。

 

──ほかに、これまでの現場との違いを感じた部分はありましたか?

 

古川 いちばん違いを感じたのが体力の消耗具合。目の前で起こる非日常的なことに終始驚いていくので、泣いて、叫んで、逃げて、怒っての連続なんですね。どれもが体力を使う感情で、撮影後は毎日ヘトヘトになっていました(笑)。

 

──大変でしたね。消耗した体力は、どうやって回復されたのでしょう?

 

古川 結局、最後まで回復できなかったです(笑)。でも今作は福岡県で撮影をしていて、地元の方がいつも精の付くお料理を用意してくださったので持ちこたえました。それに撮影の順番が台本の流れに沿っていたこともあり、疲労感がいい具合にお芝居にも反映されたんです。ですから、毎日思う存分に体力を使っていましたね。

 

作品テーマに嫌悪「言語化してほしくなかった」

 

──共演者にはお芝居未経験の方が多かったそうですね。

 

古川 はい。印象に残っているのが祖母役の方。監督が「自由にセリフを付け足していいよ」と話されたので、祖母と私の掛け合いのシーンは、本当に祖母が久々に家に遊びに来た孫と話しているような、自然な会話や空気感が生まれたように思います。

 

──叔母役も一般の方とは思えないほどの迫力がありました。

 

古川 今作にはホラー映画らしい衝撃的なシーンがたくさん散りばめられていますが、なかでも私がいちばんを選ぶなら、叔母との場面です。叔母役の方は撮影前に「覚えたセリフを話すだけで精一杯」とおっしゃっていたのに、本番では、まるで悪魔に取り憑かれたかのような表情になって、呪文のように意味のわからないことをずっと話されていたんです。その方が話すと妙な説得力や真実味があって、お芝居なのに本気で恐怖を覚えるぐらい怖かったです。

 

──今作はホラーであると同時に、“幸せは他者の犠牲の上で成り立っている”という社会的なテーマも盛り込まれていますね。

 

古川 このテーマを目にした時「嫌なことを言うなぁ……」と思いました。でも否定もできないですよね。自分が幸せだと感じる物事の裏で、誰かがその陰や負の部分を背負っているかもしれない。もちろん認めたくないし、そんな世界になってほしくないという願いもみんな持っている。だからこそ、はっきりと言語化してほしくなかったなと感じたんです。

 

──言葉にされると、否が応でも目の前に突きつけられますからね。

 

古川 そうなんです。この物語でも、主人公はこの言葉に抗っていますし、同じように「これは間違っている」と唱える幼なじみもいる。でも、そんな彼らのほうが周囲からは奇異な目で見られてしまう。そんな場面含めて “人間の幸福とは何か”を考えるきっかけが散りばめられているからこそ、すごく見応えのある作品になっていると思います。

 

──古川さん自身は、自分の常識から外れた物事に直面した時、どのような行動をとると思いますか?

 

古川 「絶対に間違っている」という確信があることに対しては抗うと思います。……いや、とりあえずその世界の中に混じってみるかも(笑)。まずは受け入れてみて、そのあとでじっくり考えて行動を起こすかもしれません。

 

──ホラー映画ファンや、逆に少し苦手に感じている方に向けてのメッセージをお願いします。

 

古川 社会派ホラーというこれまでにない作品になっていますので、ホラー好きの方々にも、あまり得意ではない方々にも、ちょっと冒険するような気持ちでご覧いただけたらなと思います。きっとこれまで経験したことのない感覚を味わえます。人って、大人になればなるほど初めての感情を経験する機会が少なくなると思うので。もしかしたら、新しい自分を発見できるかもしれません。

 

映画『みなに幸あれ』

2024年1月19日(金)全国公開

 

【映画『みなに幸あれ』よりシーン写真】

 

(STAFF&CAST)
出演:古川琴音 松⼤航也 犬山良子 西田優史 吉村志保 橋本和雄 野瀬恵子 有福正志
原案・監督:下津優太
総合プロデュース:清水崇
脚本:角田ルミ
主題歌:Base Ball Bear『Endless Etude(BEST WISHES TO ALL ver.)』
音楽:香田悠真
配給:KADOKAWA
公式サイト:https://movies.kadokawa.co.jp/minasachi/
©2023「みなに幸あれ」製作委員会

 

(STORY)
看護学生の“孫”が数年ぶりに訪れた祖父母の住む家。両親が遅れて到着するまでの間、3人で久々の再会を楽しみながら過ごすも、ときおり祖父母が見せる不可解な言動に違和感を覚えはじめる。やがて、家の中に“何か”がいる気配に襲われた孫がそのことを2人に話すと、それまでの常識を覆されるような、思いもよらないことを告げられる……。

 

撮影/金井尭子 取材・文/倉田モトキ ヘアメイク/伏屋陽子(ESPER) スタイリスト/藤井牧子

衣装協力/

sacai
黒ドレス 9万9000円
ブーツ 16万5000円
お問い合わせ sacai.jp

mamelon @mamelon
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