伊藤歩、留学から帰国するきっかけとなった衝撃作。ヌードに剃髪シーン…「岩井俊二監督はいろいろチャレンジさせてくれる」
映画『スワロウテイル』(岩井俊二監督)で第20回日本アカデミー賞・新人俳優賞と優秀助演女優賞を受賞し、若き演技派女優として注目を集めることになった伊藤歩さん。
『スワロウテイル』で英語の必要性を感じ、高校卒業後、ニューヨークに留学。10カ月後、岩井俊二監督の映画『リリイ・シュシュのすべて』に出演することもあり帰国。
『Dr.コトー診療所』(フジテレビ系)、映画『ふくろう』(新藤兼人監督)、映画『カーテンコール』(佐々部清監督)など多くのドラマ、映画に出演。近年は日米共同制作ドラマ『TOKYO VICE』(WOWOW)に出演している。
◆岩井俊二監督がきっかけで帰国
高校生のときにすでに演技派女優として注目を集めていた伊藤さんだが、芝居がうまいと言われて期待されることにプレッシャーを感じていたという。『スワロウテイル』に出演して英語の必要性を感じたことと岩井監督の勧めもあり、伊藤さんは高校卒業後、ニューヨークに留学することに。
「プレッシャーを脱却することができたのは、19歳のときにニューヨークに留学したことが一番大きいきっかけかもしれないです。自信がなかったので、芸能界をこのまま続けることはできないなと思って、1回ちょっと休憩させてもらいました」
――ニューヨークでの生活はいかがでした?
「まったく違う世界なので楽しかったです。それまでの芸能人生とか、自分の人生を忘れるぐらい、ニューヨークも毎日必死に生きる場所だったので、それもすごく良かったかなって思います。
ニューヨークでは、意識がまったく違うところに向いていましたね。英語が全然できなかったので、とにかく英語をしゃべって。家を借りることも初めてでしたし、電気を引くことも初めてで、そういうことを全部英語でやらなきゃいけないということもすごく大変でしたけど、良い経験でした。
当時はインターネットもなかったですし、携帯もこんなに進歩してなかったので、何か困ったときはとにかく公衆電話から電話をしていました」
――単身ニューヨークに行くことについてご家族は?
「うちの親は全然反対することなく、『いってらっしゃい』みたいな感じでした(笑)」
――期間は最初から10カ月間と決めていたのですか?
「いいえ、本当は2年間行きたかったんですけど、お金が足りなくなってしまって(笑)。その当時も円安で、1ドル135円とかだったので、あっという間にお金がなくなってしまいました」
――その期間は、お仕事に関してはどのようにされていたのですか?
「一旦中断して、その先というのは全然決めていませんでした。ただ、留学している最中に岩井(俊二)さんから自宅のほうに連絡が来て、『ちょっと読んでほしい台本があるんだ。送るから』とファックスで。
そのときはまだファックスだったんですけど、ものすごい量が送られて来ました(笑)。それが『リリイ・シュシュのすべて』で、日本に帰ってくるきっかけになりました」
◆ロングヘアから丸坊主に
映画『リリイ・シュシュのすべて』は、中学生たちのイジメ、万引き、援助交際、レイプなどさまざまな問題をリアルに映し出した衝撃作。
かつての親友・星野(忍成修吾)にいじめられ、つらい日々を送っている中学2年の雄一(市原隼人)は、カリスマ的歌姫リリイ・シュシュの歌声だけが唯一の救い。雄一は、自ら主宰する彼女のファンサイトで仲間を見つけるが、やがて衝撃の事件を起こすことに…という展開。
伊藤さんは、優一が秘かに想いを寄せる美人でピアノも上手な優等生・久野陽子役。星野のグループにレイプされ、売春を強要されそうになるが丸坊主になってそれを拒否する。
――『リリイ・シュシュのすべて』はかなりつらい内容でしたが、伊藤さんが劇中で丸坊主になったことも話題になりました。
「すごく好きな役だったので、髪の毛が一生伸びないというなら困るけど、また生えてくるしと思って、『はい』と言ってやりました。
岩井さんは、いろいろチャレンジをさせてくれることが多くて、『リリイ・シュシュ〜』だと、ピアノがすごくうまいという設定だったので、ピアノも練習させてもらったりとか」
――いじめのシーンがリアルでつらいものがありました。かなりひどい目に遭わされていましたが、撮影していていかがでした?
「私は全然つらくなかったです。みんな仲が良かったし、すごく和やかな雰囲気でした。私と忍成くんは年長者で20歳だったんです。中学生の役だったんですけど(笑)。みんなと楽しくやっていました」
――今、活躍されている俳優さんがたくさん出演されていましたね。
「そうですね。あの映画は、市原(隼人)くんのデビュー作だし、忍成くん、勝地涼くん、高橋一生くん、蒼井優さん…たくさんいましたね」
――そういう方たちと他の現場で会うと同窓生のような感覚ですか?
「それが意外と会わないんですよね。市原くんはあれから3、4回共演していますけど、彼以外の方はあまり会う機会がなくて。結構長い間やっているのですが、なかなか一緒にならないですね」
――印象的なお仕事が多くて、『Dr.コトー診療所』では、元・漁労長役の泉谷しげるさんのお嬢さん役でした。
「ゲストで1話しか出てないんですけどね。東京で美容師になるために働いていたのに、子どもを身ごもって志木那島に帰って来て出産する。16年ぶりに今年映画になって、私は呼ばれないものだと普通は思うじゃないですか。それが、呼ばれたのでうれしかったです。子どもも大きくなっていて(笑)」
――16年ぶりですものね。
「そうです。監督は中江功さんで、私が19歳のときに初めて出演したテレビドラマ、『リップスティック』(フジテレビ系)のときの監督なんです」
――あのドラマも衝撃的でした。少年鑑別所が舞台で、伊藤さんは、少年院に入る前に彼氏に一目会いたいと脱走しますが、その彼氏にはすでに別の彼女がいたという展開で。
「そうですね。あのときの彼氏役がザキヤマ(アンタッチャブル・山崎弘也)さんだったんですけど、その当時は知らなくて。数年後、テレビでお見かけして、どこかで見たことあるなと思っていたら、『あのときの彼氏役の人だ!』と思って(笑)。俳優さんもやっていたんだって驚きました」
――映画からテレビの世界、いきなりメインキャストの1人でしたがいかがでした?
「みんな同じ年ぐらいで、すごく楽しかったので、いい思い出です。緊張していたし、何回もやらされることもたくさんあって、自分の映像を見てみると、映画だといいフィルターがかかって見えるんですけど、ドラマは演技が生々しいというか。『何で私はこんなに下手くそなんだろう?』って気づかされたし、すごくいろんな学びの多い作品でした」
◆大竹しのぶさんと母子役に
2004年、伊藤さんは、新藤兼人監督の映画『ふくろう』に出演。この映画は、戦後、引揚者が入植したものの、住民がみんな出て行ってしまった開拓村で飢えの苦しみから解放されるため、母(大竹しのぶ)と娘(伊藤歩)が次々と殺人を犯していく様を描いたもの。
――恐ろしい話でしたけど、生命力はすごい母子でしたね。
「はい。汚かったですよね(笑)。山奥でイノシシのように生きている母子で。ワンシチュエーションの舞台のような話でした。
大竹(しのぶ)さんがすばらしいので、私は引っ張っていただいて、この映画もオーディションだったのですが、自分にとって財産だなって思います。監督とお仕事させていただけて」
――新藤監督は厳しかったですか?
「全然。厳しくはなかったです。当時90歳くらいだったのですが、すごく相撲がお好きだったので、その時間までに終わってくれという空気の現場でした(笑)。
相撲が始まる時間になるとソワソワしているんですよね。『もう帰りたいのかな?』っていう感じだったので、こっちもなんとか終わらせなきゃいけないなって。相撲のシーズンは本当に早く終わっていました。朝は早いのですが、その代わり夕方ぐらいにはもう撮影が終わっていましたね」
――出来上がった作品をご覧になっていかがでした?
「何かまた違う世界の映画に飛び込んだなという印象でした。新藤さんは、ご自分で脚本を書いて1からというスタイルで、最後までずっと映画を撮り続けてらして。
おこがましいですけど、新藤さんともう一度仕事をしたかったなと思います。もっとお話を聞きたかった。もっといろいろ聞いておけば良かったなって思います」
2005年には、佐々部清監督の映画『カーテンコール』に主演。伊藤さん演じる香織は、東京の出版社から故郷・福岡のタウン誌に異動になり、昭和30年代から40年代の下関の映画館で活躍していた幕間芸人・安川修平(藤井隆)のことを知ってその調査を始めることに。
――『カーテンコール』も好きな作品です。佐々部監督は2020年に急逝されて残念です。
「まだ62歳でお若かったのに本当に残念です。多分ご本人の中ではいろんな作品を計画されていたと思うんですけど。私の中ではとてもお元気な監督で、これからまだまだたくさんの映画を撮っていくのだろうなと思っていたので、あまりに急な出来事でびっくりしました」
――『カーテンコール』の撮影はいかがでした?
「佐々部さんの地元の下関で撮っていたのですが、映画館を題材にした話で本当に映画愛に溢れていて、佐々部さんらしい作品だと思いました。現場もとても温かかったですし、来てくださる俳優さんたちも皆さん温かくてすてきな現場でした。
下関という街が本当にいい町で、2カ月ぐらいいたのかな。それで、最後に韓国の済州(チェジュ)島に撮影に行ったのですが、日々楽しい時間を過ごした本当の家族という感じでした。
この作品に出たことで、劇場というものに関しての意識が変わってくる思いがしました。なかなか、ああいう映画館は残っていないので、懐かしい香りもして。
昔は、みんな映画館でタバコを吸ったり、いろんなことができた。『ニュー・シネマ・パラダイス』(ジュゼッペ・トルナトーレ監督)みたいな、そういう時代のすごくいい断片を見せてもらったなって思いました」
テレビドラマにも多く出演し、2014年には『昼顔〜平日午後3時の恋人たち〜』(フジテレビ系)で斎藤工さん演じる北野の妻・乃里子を演じて話題に。
次回は大林宣彦監督の遺作となった『海辺の映画館−キネマの玉手箱』、公開中の映画『ストーリー・ゲーム』の撮影エピソード&裏話なども紹介。(津島令子)
ヘアメイク:飯野聡美