OpenAIのCEOを突如解任されたサム・アルトマン氏。マイクロソフトに移籍し、新たなAIチームを率いるという(撮影:尾形文繁)

テクノロジー業界でこの1年、最も注目された企業であるOpenAIのトップ解任劇は、この週末の間に怒濤の展開をみせ、月曜日を迎える直前にひとつの結論を迎えた。

11月17日の金曜日、OpenAIの取締役会がサム・アルトマンCEOを解任したという驚きのニュースが明るみになると、次から次に新たな事実、動きが明らかになり、さながらサスペンスドラマのような展開を見せた。

そしてアメリカ太平洋時間の11月20日夜、マイクロソフトのサティア・ナデラCEOは自身のX(旧ツイッター)上で、同社がアルトマンを雇用し、従来のAI部門とは別に、先進的なAIを研究開発するチームを設立すると明らかにした。

周知の通り、マイクロソフトはOpenAI最大の支援者だ。100億ドルを超える資金を提供し、OpenAIが開発する最新のソースコードにアクセスする権利を保有している。

特殊な組織構造が生んだ解任劇

この数日間で、マイクロソフトは生成AI分野におけるキーマンを確保して有望な研究開発チームを立ち上げる判断に至った一方、OpenAIはクーデターに失敗したうえで、業界での求心力をも失ったように見える。

いったい何が起き、これからさらにどんな展開が想定されるのか。流動的な状況ではあるが、ここに至るまでの情報を整理してみることにしよう。

ことの顛末を理解するには、まずOpenAIという組織の特殊性について知る必要がある。

一般に「OpenAI」と言われる組織は、AIの学術研究を行うための非営利法人である「OpenAI, Inc.」のことだ。OpenAI, Inc.は2015年、人類全体に利益をもたらす汎用人工知能(AGI)を普及・発展させることを目標に掲げ、AI分野の研究を行うために設立された。

非営利であるがゆえ株主は存在せず、運営にかかるコストは寄付によってまかなわれていた。当時最大の支援者は共同設立者としても名を連ねていたイーロン・マスクだが、のちにたもとを分かっている。


解任後、OpenAIのオフィスから、ゲスト用のパスを手に「これを付けるのは最初で最後」と投稿した(画像:アルトマン氏のXアカウントより)

そんなOpenAIが現在ほど大きな存在になったのは、2019年に営利部門を独立法人として設け、ベンチャーキャピタルやマイクロソフトといった企業から出資を受けたことで活動資金を得たからだ。当時、アルトマンが資金調達のスキームを描いたとされる。

OpenAI, Inc.は完全子会社であるOpenAI GP LLCの傘下に持ち株会社を設立し、営利企業であるOpenAI, Global LLCを保有している。

持ち株会社の株式は大半をOpenAI GPが保有しているが、一部の投資家や企業、従業員なども少数の株式を保有している。マイクロソフトなどが出資しているのは、営利企業であるOpenAI, Globalに対してであり、OpenAI, Inc.ではない。

マイクロソフトがOpenAI, Globalの株式を49%も保有しながら、アルトマンのCEO解任を事前に知らされていなかった(OpenAIからすれば、知らせる必要がなかった)のは、OpenAI, Inc.の意思決定に関与できる立場になかったからだ。

アルトマン解任支持者の共通点

OpenAI, Inc.の意思決定は、6人で構成される取締役会が担っていたが、解任を含めた人事決定権は取締役会にあり、寄付者にも発言権はない。

報道によれば、アルトマン本人と、同時に社長を辞任した共同設立者のグレッグ・ブロックマン(取締役会会長)を除く4人が、アルトマンのCEO解任を支持したとされる。アルトマン、ブロックマンとともに共同設立者に名を連ねるチーフ・サイエンティストのイリヤ・サツキバーと、3人の外部役員だ。

この4人には共通点がある。OpenAIがAGIを実現し、全人類に等しく利益をもたらすためには、非営利法人としてあらゆる資本や国家から独立した存在でなければならない、というイデオロギーを重視していたことだ。

取締役たちは株主の代表でもなく、ただOpenAIが目標とする、理想的なAGIのあり方というイデオロギーのために行動が起こされたように映る。

出資先がOpenAI, Inc.ではないとはいえ、活動資金の大半を負担してきたマイクロソフトの意向を無視した取締役会の動きを不思議に感じる読者は多いだろう。

しかし、そもそも全人類のためのAGIという理想を実現するためにも、“非営利であることに価値がある”と考えるOpenAIの傘下に、巨額のビジネスが動く(動かさざるをえない)営利企業が存在し、その活動資金を支えるという構造自体に矛盾がある。今回の解任劇がなかったとしても、いずれその矛盾と向き合う必要はあったのだろう。

11月17日から続いた不穏当な動きは、ジョン・スカリーがアップルの創業者、スティーブ・ジョブズを不意打ちで会社から追い出した出来事を想起させる。しかし、ジョブズの追放事件とは決定的に異なる側面がある。

今回の一連の騒動は、極めて高い倫理性が求められるAGIの実現をOpenAIが目指す中、資本主義社会においてどのようにその理想を実現するか、さらには妥協点をどこに求めるかといった考え方の相違が原因で起きている。

ジョブズ追放はアップルの企業価値を高めるために下したスカリーの判断(のちに間違いだったと彼は発言している)だったが、OpenAIのケースは、究極のAGI開発を目指す組織がどこまでビジネスの世界と交わることができるのかという、思想をめぐるものだ。

2019年に設立された営利法人もまた、極めて特殊な法人だ。AGI実現までに開発した成果はライセンスやサービスなどで収益化を図り、株主や社員への還元も行うものの、一定以上の利益は最上流であるOpenAI, Inc.の収益となる“利益上限法人”だ。さらに法人設立時の規定によれば、どんな企業でも完成したAGIのライセンスは受けることができない。

よって、営利法人のライセンスやサービスでビジネスをしていた企業(マイクロソフトなど)にもライセンスすることはない。いわばAGI実現までの間、時限的に設置される営利法人だ。

アルトマンとの間に生まれた溝

2019年以降、マイクロソフトが巨額出資によってOpenAIの最新ソースコードに独占的にアクセスできる権利を得た際には、非営利で中立であるはずのOpenAIの研究成果が特定企業に独占されることに対して違和感を覚えた読者もいるだろう。

当時CEOだったアルトマンは、AGI実現後の理想郷を追い求めながら、膨れ上がる研究開発コストの調達規模を拡大させる形を模索していた。一方でそのアルトマンの手法は、よりアカデミックな思想を持つ取締役からは支持されなかった。

そして2023年10月に入る頃、大手ベンチャーキャピタルのスライブ・キャピタルとの巨額出資交渉が伝えられると、アルトマンと、今回解任に動いた取締役たちとの間の溝は静かに深まっていった。

OpenAIの取締役会で、今回のクーデターを主導したとされるのが、イリヤ・サツキバー氏だ。彼にとって想定外だったのは、それまでOpenAIを支持してきたマイクロソフトなどの投資家、パートナーに加えて、社内のエンジニアまでもアルトマンの全面支援に回ったことだろう。


アルトマンを迎え入れると発表したマイクロソフトのナデラCEOの投稿に、アルトマンは「ミッションは続く」と返している(画像:アルトマン氏とナデラ氏のXアカウントより)

アルトマンがその求心力により、極めて特殊な法人であるOpenAIを1つにまとめる役割を果たしていたことは、幹部やエンジニアの相次ぐ離脱だけでなく、彼の解任後に暫定CEOとして祭り上げられたミラ・ムラティCTO(最高技術責任者)が、取締役会に対してアルトマンのCEO復帰を求めて交渉していたことからもわかる。

11月20日、OpenAIに所属する770人の社員のうち700を超える者が、アルトマンをCEOに復帰させない場合はOpenAIを離脱するとの署名文書を取締役会に送付したとのニュースが、シリコンバレーで相次ぎ報道された。

マイクロソフトがアルトマンとブロックマンを中心とした先進AIを研究する部門を立ち上げたことで、こうした社員たちも大量移籍することは想像にかたくない。

マイクロソフトへ丸ごと移籍?

金曜日からのたった3日間で分断されたOpenAI。結果的に、組織が丸ごとマイクロソフトに移籍するような形で決着がつくのだろうか。

OpenAIは、マイクロソフトが巨額出資した際の契約も抱えている。収益分配に関する契約のほか、現在はソースコードを非公開としているOpenAIの開発成果に対し、マイクロソフトは長期のソースコードライセンスを得ている。

つまりマイクロソフトは、今後の開発成果も含めてソースコードへのアクセス権を有したまま、AI業界における最重要人物となっていたアルトマンを中心としたAIサイエンティスト、ソフトウェアエンジニアの受け皿にもなろうとしている。

ビル・ゲイツが手腕を振るったパソコン黎明期。マイクロソフトは、コンピューターメーカーのDECで伝説的なOS「VMS」を開発するも閑職に追いやられていたデヴィッド・カトラーと、その開発チームの受け皿となり、Windows 11へと連なるWindows NTの開発へとつなげた。

はたしてアルトマンたちは現代の“戦うプログラマー”となるのか。マイクロソフトはわずか数日で、思わぬ獲物を獲得した。

(本田 雅一 : ITジャーナリスト)