「引っかかっても勝つし、脚を余しても勝つ。道中でアクシデントがあっても勝つし、たぶん斤量60kgを背負っても勝つ。あの馬さえいなければ、(どの馬にもチャンスがありそうな)面白いレースになったと思うけどな......」

 これは、関西の競馬専門紙記者が教えてくれた、栗東トレセンの厩舎関係者による、ため息交じりの"嘆き節"である。

 嘆かせているのは"世界の"イクイノックス(牡4歳)。GIドバイシーマクラシック(3月25日/UAE・芝2410m)を制して以降、凱旋門賞を圧勝したエースインパクト(フランス)をも差し置いて、ロンジンワールドベストレースホースランキングで堂々の1位をキープし続けている現役最強馬だ。


前走のGI宝塚記念でも圧巻の強さを見せたイクイノックス。photo by Eiichi Yamane/AFLO

 そのイクイノックスがGI宝塚記念(6月25日/阪神・芝2200m)以来、約4カ月ぶりに挑むのが、連覇を狙うGI天皇賞・秋(10月29日/東京・芝2000m)。同レースにおいて、同馬はまさしく"テッパン"とされている。

 それは、冒頭のライバル厩舎の嘆きからもよくわかるとおりだ。イクイノックスが負けることはまったく想定されておらず、単勝1.1倍もありうると見られている。

 だが、競馬に絶対はない。あえて、"世界No.1ホース"であるイクイノックスの"死角"を探ってみたい。

 これまでの戦績は8戦6勝。うち、海外も含めてGI4勝というのは、まばゆいばかりの成績である。

 しかしながら、3歳春のクラシック、GI皐月賞(中山・芝2000m)とGI日本ダービー(東京・芝2400m)は、いずれも2着に敗れている。デビュー以来、連戦連勝というエリートではない。少なくとも、3歳春までは「強いけれども、隙がある」というタイプの馬だった。

 はたして、その"隙"は完全に解消されているのだろうか。その名残がいくらかでも残っていれば、そこに重箱の隅をつつくくらいの、他馬にとっての逆転のヒントが隠されているかもしれない。

 前述の競馬専門紙記者にその点について問うと、きっぱりとこう言った。

「3歳クラシックの敗因は、あくまでも(馬自体の)完成度が低かったから。当時はまだ馬体が緩かった。だからといって、体質が弱いこともあり、無理に仕上げることはできなかった。つまり、それまでは素質だけで走っていたようなものでした。

 しかし今は違います。緩さは完全には解消されていませんが、馬体はダービー当時とは比べられないくらいよくなりました。だからもう、完成度が理由で負けることはないでしょう」

 ではもうひとつ、"折り合い難"はどうか。これについては、いまだ解消されておらず、最も大きな"隙"になると考えられる。

 イクイノックスのこれまでの8戦を振り返ると、その多くが後方待機からの末脚勝負で勝っている。これは、ヘタに位置を取りにいく競馬をすれば、引っかかる危険があるからだ。要するに、それが得意戦法というよりは、むしろそうせざるを得ないという一面もある。

「世界一」という評価のもとになったドバイシーマクラシックでは一転、逃げの戦法に出たが、これも折り合いに難がある馬ゆえ。先の専門紙記者もそれについては認める。

「あれだけスタートよくゲートを出た馬を、無理に控えさせようとすれば、必ずどこかで引っかかる。そこで、あえて抑えずにハナをきらせたのは、鞍上の(クリストフ・)ルメール騎手のファインプレー。逃げたくて逃げたわけではなく、逃げざるを得なかったというのは間違いないでしょう。

 いずれにしても、逃げか、後方一気か、というのは、折り合い難がある馬の戦法。そういう意味では、あの一戦で折り合い難が解消したとは言えないでしょうね」

 折り合い難――イクイノックスにとって、やはり最大の"隙"はそこにある。これまでの大舞台においても、この難点を抱える馬の多くが「追い込んで届かず」といった競馬をして、負ける姿を何度も見てきた。

 世界一のイクイノックスと言えども、同じ轍を踏む危険はある。「競馬に勝って、勝負に負けた」というレースを見せる可能性はゼロではない。

 とはいえ、こうした不安にしろ、あくまでも重箱の隅をつつく程度のもの。昨年の天皇賞・秋を思い返せば、直線を迎えても10馬身以上の差をつけて逃げていたパンサラッサをただ一頭、驚異的な末脚を繰り出してイクイノックスだけがかわした。結果的には、1馬身差をつけての勝利である。

 この時のイクイノックスの末脚は、それこそ異次元。同馬を相手に、先行する馬の「セーフティーリードなどない」ということを思い知らされた。

 良発表ながら馬場が荒れていた宝塚記念を大外から差しきったことを思えば、道悪にも不安はない。弱点を突こうにも、それが逆に、イクイノックスの強さを引き立てる結果となるばかりである。

 トドメは、一週前の追い切りだ。美浦トレセンのWコースで追われ、6ハロン78秒9、ラスト1ハロン11秒8の好時計を馬なりでマーク。手綱をとったルメール騎手がこう言った。

「またパンプアップしました」

 厩舎関係者の嘆きにウソはなかった。天皇賞・秋の馬券予想は、黙って2着探しに徹したほうがいいようだ。