久保建英の活躍を支えるレアル・ソシエダの「久保システム」 グアルディオラもやっていた相手を欺く戦術
久保建英の古巣マジョルカ戦は、代表戦参加の影響で途中出場となったが、すぐさま結果を出してチームを勝利に導き、今季6回目のマッチMVPに輝いた。今回はスペイン紙「ムンド・デポルティボ」でレアル・ソシエダの番記者を務めるウナイ・バルベルデ・リコン氏に、レアル・ソシエダが今季構築している"久保システム"を分析してもらった。
久保建英を生かすシステムがレアル・ソシエダにできている photo by Nakashima Daisuke
レアル・ソシエダはどうすべきか悩みながら、インターナショナルブレイク直後のマジョルカ戦を迎えた。
なぜなら代表チームに参加した8人のうち、久保建英を含む数名は長旅もあり合流が遅れたことでチーム練習がほとんどできておらず、さらにこの3日後にリスボンでベンフィカとの歴史に残る、チャンピオンズリーグ(CL)ラウンド16進出に向けた大一番を控えていたためだ。
そのためイマノル・アルグアシル監督は先発メンバーに多くの変更を加え、試合前に行なわれた9月のラ・リーガ月間MVP受賞セレモニーで登場した久保は控えのひとりとなった。
これによりラ・レアル(レアル・ソシエダの愛称)は数カ月ぶりに中盤ダイヤモンドの4−4−2で臨むも機能しなかったため、監督はハーフタイムに4−3−3に戻すことを決断せざるを得なかった。
後半15分に投入された久保はいつも通り右ウイングでプレーを開始したが、ライン間をうまく閉じ、自分たちの武器を完璧に用いてきたタフな相手との非常に厳しい試合となった。このような場合は個人のクオリティーが決め手となることが多く、今回もそうなった。
ラ・レアルは久保が右サイドでアドバンテージを得られるための、いつものゲームプランを遂行する。左サイドでの困難な状況をすばらしい股抜きで打開したアンデル・バレネチェアが、インサイドでフリーになっていたマルティン・スビメンディに素早くパス。
スビメンディは2タッチですぐさま逆サイドに大きく開いた久保にボールを送る。この一連の動作により、久保が相手と1対1で対峙するプランができ上がったのだ。
久保は音楽に合わせたようなリズミカルなドリブルでペナルティーエリアに向かっていき、フェイントをかけて中に切り込み、完璧なクロスでブライス・メンデスのヘディングゴールをお膳立て。
このように短時間で結果を出した久保は、このあとチームがさらなる成功を成し遂げるために、ベンフィカのエスタディオ・ダ・ルスという歴史ある華やかなスタジアムでも "ダンス"を披露しなければならないだろう。
【監督の巧みな起用で進化】久保のレベルが今季大幅に上昇している理由については、いくつかの形で説明できる。
その要因として、まず自身の成長を止めることなく支えているその強靭なメンタリティーが挙げられる。ラ・レアルで誰よりも目立つ活躍を見せ、レアル・マドリードが来季に向けて再契約を望んでいるという噂が出ているにもかかわらず、浮かれず謙虚な姿勢で全力で仕事に取り組んでいるのだ。
そして、サッカー面での飛躍的なレベルアップは、イマノル抜きには語ることができない。その存在は間違いなく久保にとって、生涯を通じて非常に重要なものとなるだろう。それはイマノルがキャリアで困難な状況に直面し、消えていく可能性もあった将来有望な若手選手の潜在能力のすべてを引き出すことに成功したためである。
イマノルは久保が加入した昨季、エースのミケル・オヤルサバルの負傷でその前年に考案したシステムを継続させ、ダビド・シルバを中心に据えた。そして久保を理想的なポジションであるトップ下やウイングで起用せず、誰もが予想しなかったアレクサンデル・セルロートと前線で組ませ、チームはさらなる進化を遂げたのだ。
このふたりはクラブの歴史に残る名FWコンビ(2002−03シーズンのダルコ・コヴァチェヴィッチとニハト・カフベジ)に匹敵し、さらには昨季のラ・リーガ全体においても卓越したコンビとなった。彼らはダビド・シルバを後ろ盾にお互いを完璧に補い合い、久保は誰よりも多くのスペースを見つけることで結果を出した。
シルバ(引退)とセルロート(現ビジャレアル)を失ったイマノルは今季、昨季途中に変更して久保を右ウイングに配置した4−3−3を再び採用し、予想以上の成果を上げている。久保は昨季以上に数字を増やし、チームに多大な影響力を与えている。
【チームメイトのサポート】しかし、この活躍にはチームメイトの存在も欠かせない。久保は主にオヤルサバル、バレネチェア、ブライス・メンデス、ミケル・メリーノ、スビメンディのサポートを受けて、より良いパフォーマンスを発揮できている。
オヤルサバルは本来クラシックな左ウイングであるにもかかわらずポジションを変え、スペイン代表と同じようにセンターフォワードとしてプレーする機会が増えている。得点の嗅覚に加え、誰よりもハードワークするため、例えば彼がハイプレッシャーのなかで奪ったボールを、久保が受けられるような状況が作り出されることもある。
バレネチェアはチームのなかで、最も久保に近い特徴を持った選手だ。非常に高いクオリティーを備えており、相手と対峙する能力に優れ、足元にボールが吸いついたようなドリブルができるためスペースをあまり必要としてない。久保と同い年ということもあり、お互いを完璧に理解している。
ブライス・メンデスは、シルバのようなマジシャンよりも久保に合っているかもしれない。久保同様に左利きのガリシア人MF(※ガリシア...スペイン北西部)は電光石火のドリブルで相手を釘づけにし、久保にスルーパスを供給することに長けている。
このふたりのコンビネーションは、ファインセーブを連発しカウンターの起点にもなるGKアレックス・レミロの活躍とともに、今季のラ・レアルにとってポジティブなニュースだ。
ミケル・メリーノとスビメンディはチームの大黒柱としてプレーのあらゆる面をコントロールし、中盤の名コンビを形成している。どんな相手にも対応できる崇高な足さばきと、デュエルに勝利できる優れた対人能力、無尽蔵に上下運動できる非常にパワフルな足腰を備えている。久保を含むチーム全体が、このふたりの能力を存分に享受している。
【相手を欺く戦術】ラ・レアルのプレースタイルは、個々の才能の融合、ポジショナルプレー、そして絶え間ない動きをベースとした連携プレーが特徴だが、縦に素早く仕掛けることもある。
このチームで久保は、14年前にペップ・グアルディオラ(現マンチェスター・シティ監督)がバルセロナで6冠を成し遂げた史上最高のチームがやっていた、ウイングはボールが逆サイドにある時、中に絞るのではなく遠くで待つことでチームに貢献するという動きを実践している。
グアルディオラは当時、ティエリ・アンリ(フランス/アーセナル、バルセロナほかFWで活躍)のようなスター選手に対して、ボールが反対側にある時、サイドに大きく開いていれば、違いを生み出すことができるという説得に成功していた。そして今、ラ・レアルでその役割を果たしているのが久保である。
ラ・レアルは中盤にタレントが揃っているため、左サイドに多くの選手を引き寄せることができ、逆サイドの相手ディフェンスがサイドバック(SB)ひとりのみという脆弱な状態になった瞬間を見計らい、2、3タッチのきれいなパス回しで久保にボールを届け、有利な局面を作り出している。
ラ・レアルは今季、このような形で、特に得点面で飛躍的なレベルアップを遂げている。イマノルは先日の記者会見で「タケは右サイドに張りついてプレーしているが、それは我々の指示によるものだ。彼はそこから多くのことでチームに貢献している。もっとインサイドでプレーしなければいけない時もある」と説明していた。
これは、左サイドで集中的にプレーすることで、右サイドにいる久保の存在を忘れさせ、最終的に久保にパスを回して試合を決めさせるという、ラ・レアルの相手を欺くすばらしい戦術である。
久保はペナルティーエリア手前でボールを受けて相手SBと対峙する時もあれば、逆サイドからのマイナスのパスでダイレクトシュートを放つこともある。インサイドに走り込む判断力はすばらしく、そのタイミングはすでに完璧だ。
(郄橋智行●翻訳 translation by Takahashi Tomoyuki)