FC町田ゼルビアのサッカーはJ1でも通用するか シンプルな戦い方を高い強度で徹底した黒田剛監督の手腕
FC町田ゼルビアが悲願のJ1昇格を決めた。高校サッカーの監督から転身した黒田剛監督が1年目で見事な結果。1シーズン堅守速攻のシンプルなサッカーを高い強度で徹底し、J2のライバルを次々と倒してきたが、来季のJ1でも旋風を巻き起こすだろうか。
【J2初昇格から11年越しの悲願達成】FC町田ゼルビアがJ2第39節ロアッソ熊本戦に3−0で勝利し、自動昇格圏の2位以内を確定。3試合を残し、クラブ初のJ1昇格が決まった。2012年のJ2初昇格から11年越しの悲願達成は、決して平坦な道のりではなかった。
FC町田ゼルビアが黒田剛監督(左上)の下、J1昇格を決めた photo by Getty Images
2012年、J2初年度で最下位となり、1年でJFLへ降格。再びJ2へ戻ってくるのに3シーズンを要した。2016年、チームを立て直した相馬直樹監督のもと、2度目のJ2挑戦で一時は首位に立つなど躍進したものの、J1ライセンスの基準を満たせず、順位に関係なく昇格の可能性が潰えた。
2018年は開幕から破竹の勢いで勝ち点を積み重ね、首位にも立った。しかし、またしてもJ1ライセンスの取得が叶わず、クラブ最高の4位としながらJ1参入プレーオフに参加できなかった。シーズン後、サイバーエージェントが町田の経営権を取得し、そこからクラブの環境は徐々に変化していった。
その後、町田は2020年より2度目の指揮となるランコ・ポポヴィッチにチームを託した。2021年シーズンに5位となったが、今度はJ1ライセンスを有しながら前年のコロナ禍の影響でJ1参入プレーオフは実施されなかった。
そんな町田の潮目が変わったのが、昨年12月のサイバーエージェント社長・藤田晋の代表取締役社長兼CEO就任である。
同年10月に青森山田高校で長年監督を務めた黒田剛の監督就任が発表され、11月にはサガン鳥栖で監督を務めた金明輝がヘッドコーチに就任。フロントから現場まで体制が大きく変わり、なかでも高体連からプロクラブへ活躍の場を移した黒田監督の招聘は大きな話題となった。
そして戦力補強も惜しみなく資金が投じられた。中国の長春亜泰からFWエリキ、ファジアーノ岡山からFWミッチェル・デューク、ジェフユナイテッド千葉からDFチャン・ミンギュ、大分トリニータからMF下田北斗ら主力級を次々と獲得し、新加入選手は20名にまで及んだ。
【守備の立て直しと基本の徹底】青森山田を高校サッカー界屈指の名門へと育て上げた黒田監督の手腕が、J2というプロの舞台で通用するのか。そんな懐疑的な目が少なからずあったなかで、町田は開幕戦で引き分けたあとに6連勝と快進撃を見せた。
チーム体制が変わり、戦力も大幅に入れ替わりがありながら短期間でチームをまとめあげた黒田監督のマネージメントは見事だった。昨季の町田は42試合で50失点。その失点の多さから、黒田監督はすべての失点シーンの映像を徹底的に分析し、守備から立て直しを図ったという。
選手たちは「基本を徹底する人」と黒田監督の指導を口々に語った。プロであっても基礎ができていない選手や基本を怠る選手がいた。黒田監督はそんな選手たちに対して、長い教員生活で培ったわかりやすく伝わる言葉で、徹底的に原理原則をチーム全体に叩き込んだ。
その効果はすぐに表れ、開幕から7試合で失点はわずか1。相手の狙いをタイトな守備で潰しつつ、前線のデューク、エリキというタレントを生かしたシンプルなカウンターで押し込む迫力ある攻撃で圧倒した。
黒田監督はシーズンの全42試合を6タームに区切り、1タームで勝ち点15ポイントを目標に掲げていた。その最初のタームで19ポイント。文句のつけようのないスタートダッシュとなった。
第2タームでは秋田、甲府に敗れながらも勝ち点30まで伸ばし、目標通りの勝ち点を積み重ねた。2敗はしたものの町田は決して連敗をしなかった。第3タームで16ポイント、第4タームで14ポイントと、ライバルたちが躓くなかで町田は安定して調子を維持し、第10節の大分トリニータとの天王山を制して以降、一度も首位を明け渡さなかった。
【エースの負傷で終盤苦しむも見事にJ1昇格】着実にJ1昇格・優勝という目標へ歩みを進める町田だったが、第5タームでは11ポイントと苦しんだ。苦戦の一番の理由はエリキの負傷離脱だ。18得点6アシストのエースが、第31節清水エスパルス戦で全治約8カ月の重傷を負った。
次節のモンテディオ山形戦では5−0とエース不在を感じさせない大勝を収めたが、次のザスパクサツ群馬戦から3試合連続で無得点となり、勝ち星から遠ざかった。
そのうち、敗れた第34節の栃木SC戦では、オーストラリア代表のデューク、U−22日本代表のFW平河悠、FW藤尾翔太が代表活動でチームを離れていた。9月5日に加入が発表され、合流して間もないFWアデミウソンを使わざるを得ない状況となり、先発で出場するも前半で交代。コンディションは十分ではなかった。
第6タームに入っても下位のいわきFCにホームで2−3で敗戦し、続けてヴァンフォーレ甲府にもホームで3−3のドロー。2試合連続で3失点を喫し、強みであるはずの守備にも安定感を欠いた。9月からの1ヶ月で1勝しか挙げられず、勝ち点が思うように伸びなかった。
そうして迎えた大雨で延期となっていた第26節、アウェーのブラウブリッツ秋田戦。この試合も代表組のデューク、平河、藤尾という前線の3人が不在。秋田には前回対戦のホームで敗れ、昨季のアウェーでも1−2で敗れていた。
そんな相手に町田は苦しみながらも2−1で3試合ぶりに勝利した。これまでのような圧倒する内容ではなく、なんとか逃げきった試合だった。それでも久しぶりの勝利で町田はJ1昇格へ王手をかけ、その最初のチャンスとなった熊本戦で見事に昇格を勝ち取った。
【シンプルなサッカーを高い強度で続けた】繰り返すように、今季の町田の強さは強固な守備がベースである。4−4−2のシステムを基本としながら相手によって3−4−2−1を併用し、高い強度と柔軟な対応力で相手の強みを消して、攻撃を跳ね返し、ボールを奪った。
そして奪ったボールはターゲットのデュークにロングボールを送るか、あるいはペナルティーエリア横のスペースにエリキをはじめ、スピードのある選手を走らせて相手を敵陣深くに押し込み、徹底してクロスを入れた。そこで点が入らなくともその流れで得たCKやスローインといったセットプレーも町田の強みだった。
戦い方はシンプルでありながら高い強度と徹底ぶり、それをシーズン通して保ったマネージメント力。それは相手にとって圧力となり、多くのチームが屈していった。早い時間帯に町田に先制を許して主導権を握られるか、あるいは終了間際に町田の攻撃に耐えきれず、決勝点を許してしまうというのが多くのパターン。
高い守備力がベースではあるが、その攻撃力も圧巻だった。39節を終えて73得点は、昨季圧倒的な攻撃力でJ2を優勝したアルビレックス新潟の最終的な得点数に並ぶ数字である。
堅守速攻で堅実なクオリティを示した町田だが、来季に向けて懸念点も当然ある。一つは生命線でもあった前線からのハイプレスがはまらないと、チームのリズムが掴めなかった点だ。
相手にビルドアップでうまく数的優位を作られ、2トップで攻撃を制限できないと中盤のライン間やサイドのスペースに侵入を許し、決定機を作られることは少なくなかった。そうした時でも黒田監督のハーフタイムの修正で立て直してきたが、相手のフィニッシュのクオリティ不足によって助けられることも多かった。
例えば第7節の藤枝MYFC戦は逆転を許してもおかしくなかったし、第37節のいわき戦では修正する前に前半で2失点し、2−3と敗れている。当然ながらJ1となればフィニッシュのクオリティは上がり、そうした隙を逃してくれないだろう。
【来季J1仕様にクオリティを上げる】もう一つはエリキへの依存。デュークの高さ、エリキのクオリティはJ1でも優位を取れるレベルであることは間違いない。J2では突出した2人のタレントを生かして相手を圧倒してきた。
ただ、先述したように8月にエリキが負傷離脱して以降は、攻撃に迫力を欠いた。藤尾の台頭やチーム全体でその穴を埋めるよう努めたが、完全に埋められたのかといったら疑問が残る。
しかし、この点に関しては横浜F・マリノスやガンバ大阪で実力を証明済みのアデミウソンを獲得している。エリキの負担軽減やチームのクオリティアップに繋がることは間違いなく、今のチームにどう組み込むかは楽しみだ。
熊本戦後の会見で、黒田監督は今季のチームをベースにしつつ、J1仕様にクオリティを上げる必要性を語っている。藤田社長も試合後に、来季も目標に応じたバックアップを示唆した。このフロントと現場の一体感も、今の町田の強さを象徴しているものの一つだ。
また、黒田監督はJ1での戦い方のアイディアもあることを示唆している。今季開幕前の懐疑的な声に対して、1年でJ1昇格という結果で応えてみせた。舞台をJ1に移しても黒田監督ならば、良い戦いができるのではないか。そんな期待を抱かせる今季の戦いだった。
黒田監督は試合後の胴上げを拒んだという。それは次節、ホーム最終戦で"J2優勝"というタイトルを獲得するためだ。このクラブ史上最高のシーズンを最高の形で締めくくるために、町田は最後まで勝利にこだわり続ける。