川井健太監督(サガン鳥栖)インタビュー(後編)

 サガン鳥栖の川井健太監督は、独特の気配を放つ。ベンチの前に立った時、長身に黒ずくめの服装で、どこか匂い立つような"雅"がある。表情を変えないダンディズムは知性を纏ったニヒルに近いが、時折、子どものような底抜けの熱さも顔を出す。

「川井さんの話していたとおりに、試合が展開するんです」
「あまり話さないのですが、話した時の言葉に引きつけられるところがある」
「このチームで勝てなかったら、どのチームで勝つんだ、という気持ちになります」

 選手たちはそう口をそろえる。川井監督が持つ求心力は、現在のJリーグでは特異である。はたして、その戦いはどのような形に行き着くのか。
 

試合後の記者会見で質問に答える川井健太監督(サガン鳥栖)

――アビスパ福岡戦(ホームで0−1と敗北)は、手ごたえのある試合をしながらの黒星で悔しい思いもあったと思います。どんな夜を過ごしましたか?

「試合が終わって家に帰ったら、22時半頃で、僕は(スタジアムでは)食事をとらないので、家に帰って夕食をとりました。僕の家族のいいところは、負けようが勝とうが同じように接してくれるところで、僕は(緊張を)切らしているのでそれでよくて、それで終わり、0時前には寝ていました。あまり表に言えないですけど(笑)、いいフットボールを展開できた夜は、よく寝られるんです」

――いろいろなタイプの人がいると思いますが、興味深いです。

「"やれることはやった"と思っていて、パーフェクトなトレーニング、パーフェクトに働いたスタッフ、それでいいフットボールも展開できた。勝つ確率は高かったんです。負けてしまいましたが......」

――眠れなかった夜はないのですか?

「2018年にシーズン途中で愛媛FCの監督をやらせてもらうことになって、眠れなかったことが一度だけありました。当時の愛媛は残留争いをしていて、3連勝で、すごくいいサッカーをして1位か2位だった大分トリニータのアウェーに乗り込むことになったんです。神谷優太のゴールで1点リードしたんですが、その後はガチガチに守るしかなくて......。(残留争いするチームが首位を叩いて)4連勝したわけで、ファン、サポーター、クラブ関係者はお祭り騒ぎでしたが......その晩の僕はずっと眠れませんでした」

【ボールを使って誰かを楽しませる】

――自分の信念を裏切った、と。

「守りに入りたくはなかったですが、そう指示を出したわけでもなくても、最後の最後はそうせざるを得ず、全体が下がって、守備を固めるしかなかった。僕もそういう(守りきれる)選手を送り込んだ。『こんなフットボールをするならやめたほうがいいな』と思いました。それは今でも覚えています」

――気概を感じます。

「本質において、フットボールはボールを使って誰かを楽しませる、というのが僕にはあります。もちろん、勝負をつけるつもりでやっているんですけど、その両輪(勝負の結果とスペクタクル)は追い求めたい。そういう人間でありたいし、歴史上、そういう人たちがフットボール界の頂点にいると思っています」

――自分に近いと思う日本人指導者はいますか?

「あまり感じたことはないです。でも名将の方々は経験があるというか、勝ち方を味わっていて、その成功体験イコール勝つ確率が高い、で選ばれていると思うんです。一方、僕も自分が一番高い(勝ち方)と思ってやっているだけで、もちろん、そうじゃないと思う人がいるのもわかっています」

――川井さんが考えるポジションの概念については? 多くの選手がこれまで経験したことがないポジションで躍動しています。

「このポジションはこうであるべき、というのは固定概念。ただ、変えられるもの、変えられないものを区別はしていますね。変えられないのは、たとえば小野裕二の身長は変えられません。新たな薬でも出たら変わるかもしれませんが、ドーピングになっちゃうので絶対に変えられない(笑)。でも、"0コンマ1秒速くする"というところで言うと、僕の(考える)フットボールは陸上と違い、スタートが一緒じゃない。ポジションはずっとそこにあるわけではなく、そのスタートの差を利用し、逆を取っていく。そこでいつも考えているのは"世界と戦えるか"で、日本人対日本人だったら(シュートを)打てても、日本人対外国人になった時は(どうなんだ)、というのはイメージしています」

【「守備者」と「フィニッシャー」】

――ポジションごと、最適な性格はありますか?

「僕のチームは、ポジションはないものではあるけれど、そこ(性格)はあるとは思います。(自陣)ペナルティエリア内の選手を『守備者』と呼んでいるんですが、そこは守備者のプライドを持ってほしい。センターバックがそこで守るケースが多くなるので、そこの立ち居振る舞いは気にしますね。プライドを示せるセンターバックが好きです。あとはセンターバックもキーパーも、守備者として間違いなく失点するのですが、ゲームは続く。だから入れられた後の顔つき、どういう態度を示せるか。

 一方、(敵陣)ペナルティエリアの選手を僕らはフィニッシャーと呼んでいます。攻撃者でもいいんですが、より明確に。フィニッシャーは何度も外してしまうのですが、それでへこたれないメンタリティ、続けられるメンタリティが求められますね」

――過去の日本人FWでは、その点で大久保嘉人は"獲物を狙う虎"で理想的でした。

「そこの性格は重視しますね、ペナルティエリアの守備者とフィニッシャー以外のところは、知性で勝負できるんですが」

――個人的には、大久保のようなFWがいたら川井監督のフットボールは完結すると思います。

「最高の選手だと思います。僕が言うより、それは数字も示していること。彼は外国人FW(と同じ)の規格外というか、マークを外すことが本当に長けているし、今も(プレーする姿が)頭に残っています」

――岡崎慎司も近い?

「近いですね。2人がどういうシュートが得意だったかというと、ワンタッチ。大久保選手はミドルシュートも得意だったですが、共通していたのは、ほぼ確実に前向きにシュートしていた点で、後ろ向きでシュートを打つって、ヒールか、オーバーヘッドか、ヘディングのバックシュートはほとんどない。基本的に前向きワンタッチでゴールは決まるわけで、逆算したら相手は前にいないし、そうするにはマークを外せてないといけない。

【6位を目標にすると選手に伝えた】

 そのロジックを考えた時、こうやって話せるんだったらイコール、教えられるなと。昔はそうしたものを"感覚"と片付けていました。でも感覚を言語化していくと、僕はいけるんじゃないか、と思うんです。立ち位置だったり、ボール認知だったり、左右両足を蹴れる反復練習でどうにかなる。そこを捨てずにやりたいな、と。定説を覆したいんです」

――夏の中断前のヴィッセル神戸戦を前に、(過去9年でクラブ最高の)6位以内を目標にすることを選手に伝えたそうですね。川井監督がそうした目標値設定をするのは意外でした。

「僕自身、人生目標を立てたことがないんです(笑)。だから、そういうものを提示した時にどうなるかわからなくて、これは実験ですね。彼らならいけるはずですが、目指すべきところを明確にし、モチベーションがどう変化していくのか、ちょっと知りたくなったんです。僕は目の前の試合をやるだけというタイプですけど、今までと違うことも味わってみたい。達成できなかったとしても、しっかり分析し、来季も(チームに)いるなら反映させればいいと思っています。変化を怖がらずにやっていきたいですね」

――12月の最終節は、ぐっすりと眠れそうですか?

「最後は川崎(フロンターレ)戦ですが、きっと、ぐっすり眠れますよ。目標は6位以内ですが、結局は1試合1試合が実験です。8月の暑さから気候変化などいろいろあるわけで、そこで戦い方をブラッシュアップしながら知識として入れ、知恵として返す。気づけば終わっているはずです。

 残りをどう過ごすか、結局はあまり変わらない。だったら、なんのための目標かと言えば、次のためですね。次にもっといいフットボールするため、僕らは試合をしていくんです。もちろん目の前の試合に勝たないといけないんですが、未来の試合も勝ち続けたい。だからこそ実験を繰り返し、誰も見つけてない方程式を見つけ、来季、全部の試合に勝てるのだったら、そのほうがうれしい。

 なかなか見つからないんでしょうけど、探すのは楽しいです。勝ち続ける方程式があったら、1敗もしない。不可能でも追い求めたいし、そのための実験、実証を続けていくだけです。2シーズン、鳥栖でやらしてもらって、上積みがあり、クラブの性格も変わってきました。来年(監督を)やるとすれば3シーズン目、より成果を上げていきたいですね」

Profile
川井健太(かわい・けんた)
1981年6月7日、愛媛県生まれ。現役時代は愛媛FCでプレー。指導者としては環太平洋短期大学部サッカー部監督を皮切りに、愛媛FCレディースヘッドコーチ、日本サッカー協会ナショナルトレセンコーチ、愛媛FCレディース監督、愛媛FC U‐18監督、愛媛FC監督、モンテディオ山形コーチを経て、2022シーズンからサガン鳥栖監督に就任した。