川井健太監督(サガン鳥栖)インタビュー(前編)

 Jリーグはいま、コンテンツとしての価値を問われている。

 今や80人前後の日本人有力選手が海外へ。深刻な円安の問題もあって、外国人選手のレベルも明らかに下がった。これだけ人材が流出し、その価値を維持するのは難しい。

 監督も同じような顔触れが代わりばんこに就任しているようで、代わり映えしない。勝ち負けはつくが、戦い方は単調だ。

 そのなかにあって、サガン鳥栖の川井健太監督は異彩を放つ。


前節の京都サンガ戦で、戦況を見守る川井健太監督(サガン鳥栖)

 今シーズン、特に目立った成績というわけではない。10月15日現在で12位。直近の京都サンガ戦で勝利するまで、8試合勝ち星もなかった。

 しかし、J1最低の予算での戦いで、横浜F・マリノスでも、川崎フロンターレでも、ヴィッセル神戸でも、どこが相手でも堂々と勝負を挑む。フットボールを退屈にし、逃げるような戦いはしない。特筆すべきは、選手のほとんどがキャリアベストのスコアを叩き出している点だ。

「(川井)健太さんは、言っていたことがそのとおりになる」

 これまでJ1では主力として戦ったことがない選手たちが、そう言って心服し、着実な成長の跡を示しているのだ。

 川井監督が信奉する戦い方は、そのアイデアを反映している。そこには何か惹かれるものがあるし、そうした監督は貴重だ。

 このインタビューは、0−1で敗れたアビスパ福岡戦(8月6日)の翌日に行なわれたものだ。思ったようにボールを動かし、フットボールの醍醐味を感じさせる戦いだったが、彼らは敗れていた。結果で言えば、批判を浴びるのだろう。それもプロの世界の定理だ。
しかし敗者になった姿にこそ、川井・鳥栖の本質が透けて見えた。

――福岡戦は「戦いの矜持」を語るのに象徴的でした。相手を圧倒しながらの敗北。その事実があるなか、指揮官としては"何かをしていれば"という後悔はあるのですか?

「昨日のゲームをどうしたら対応できたか。十分していたとは思うんです。ほとんどパーフェクトに。だから、それは10回やって10回勝つにはどうしたらいいのか、という質問だと思うんです。歴史が物語っているのは、そういうチームは存在しないんですが、それさえも変えなきゃいけないっていう質問です。

【結果は敗れたベストゲーム】

 ただ、自分たちはそこに立ち向かっていこう、とも思っています。昨日のゲームで"何かしていれば"というのは、夜まで考えました。でも結局、スタメン、ベンチメンバーも変えない。ゲームが始まってから何をしていたら、すごく考えましたが......。正直、答えはないです」

――堅く守ってロングボールや攻守切り替えからのカウンターに懸けるチームは、偶然性に相手を引きずり込み、五分五分にした上、ギャンブル性で勝負してきます。そうしたチームは状況に慣れているだけに博打も強い。

「昨日の試合で自分が行き着いたのは、自分の認識をもっと深く変えること、自分の問題にすることだけです。これをやっておけば点がとれたというシチュエーションで、2、3個ズレがありました。スタメンを決める前段階のトレーニングで、個人のところで彼らにもっと落とし込み、習慣化させていたら点はとれていたかもしれません。わかっていながら、"まだその段階ではない"と高をくくって、敗北の前に気づくべきでしたね」

――皮肉にも、今シーズンここまでのベストゲームでした。

「そう思います。そういうこともあるよね、という結果だと思いますが、こういうゲームをしたいのです(苦笑)」

――ディテールで言うと、たとえばアビスパ福岡戦の失点では、原田亘の寄せが甘かったですが......。

「(事情を)聞きましたか?」

――はい。外から見ただけではわからない、不測の事態が起こっているのがフットボールですね。

「いつもの原田だったら、タイトにいっているんです。でも、膝を痛めて動けなかったようです。ケガの状態を知っていて、改善することはできたか。まず、事実を知らなかった。トレーナーも知らなかった。ただ、原田に関しては、本人の"難しい状況でもプレーしようと思った"というところは、これまでと比べて前進と捉えています。その姿勢があれば、今後のリーグ戦で期待できる。

 目の前の試合は大事だし、交代回数で言えばハーフタイムでの交代がベターでしたが、原田は意識の転換で成長した姿を見せ、最低2、3試合は勝利に貢献してくれるはずです」

【最後は選手で決まる。だが...】

――スペクタクルと結果を同時に勝ち取るのは簡単ではありません、たとえばヨハン・クライフとジョゼップ・グアルディオラは同時に成し遂げた人たちですが、ベニート・フローロ、フアン・マヌエル・リージョは優るとも劣らぬ理念を持ちながら常勝ではない。どこにフットボールの真理はあるのでしょう?

「どの監督も探し続けていると思います。"目に見えない勝負の綾"と言うのか、何を改善すれば勝ち続けられるか。究極を言えば、そういう話になると思うんです。考え方、トレーニングなのかもしれないし、時系列でいくと、選手をごっそり変えるとか、いろいろなことがある。

 今シーズンで言うと、選手もスタッフもいろいろ変わっているなか、アビスパさんに2回やって2回勝てなかった。でも、これは信じるしかないんですけど、圧倒的に勝てるようになると、僕らに追いつけない。今は僅差の戦いで、『ぎりぎりの戦いができたら勝てるかも』と思わせている。その時点で、僕らの負けなのかもしれません。2、3年前のフロンターレさんは圧倒的強さでしたが、僕らはそこまでいかないといけない」

――強くなるために、妥協はしない。

「圧倒的な力を得る、それはシンプルにグラウンドに立つ選手で決まるんです。その補助として、どういうスタイルで戦うか。確固たる考え方や相手によってシステムを変える柔軟性も必要ですが、やっぱり最後は選手なんですよ。信念もスタイルもなしに、たとえば20点とっているFWを3人、中盤のパス成功率90%のMFを5人、空中戦勝率80%以上のCB、時速32キロ以上のサイドの選手をかき集めて、"今日はこいつでいこうかな"で勝てる。でも信念がない戦いでは、彼らがいなくなった時に何が残るのか」

――世界のフットボールのトレンドも刻一刻と変わっていきます。時代の変化のなかで、監督もどう生きていくのか。

「アップデートはしなければいけません。僕も他の監督さんも、それは変わらない。フットボールの世界では結果が出ないと求められなくなるわけですが、自分が必要とされない、面白い監督はいらない、となったら、潔く去るべきだとも思っています。そこでの"勝負"には身を引く。"そうならないように僕がやらないと"とは思っていますが、周りの意見に合わせるというのはないですね」
(つづく)

Profile
川井健太(かわい・けんた)
1981年6月7日、愛媛県生まれ。現役時代は愛媛FCでプレー。指導者としては環太平洋短期大学部サッカー部監督を皮切りに、愛媛FCレディースヘッドコーチ、日本サッカー協会ナショナルトレセンコーチ、愛媛FCレディース監督、愛媛FC U‐18監督、愛媛FC監督、モンテディオ山形コーチを経て、2022シーズンからサガン鳥栖監督に就任した。