湘南ベルマーレはなぜJ2に落ちそうで落ちない? 元Jリーガー坂本紘司社長が語る「サッカーの世界基準」を読み解く力
日本代表の10月シリーズが終了し、21日からJ1リーグが再開される。ヴィッセル神戸を中心とした優勝争いは白熱化していくが、順位表のボトムハーフも気になる。最下位の1チームのみが降格する残留争いだ。
勝ち点24で17位の湘南ベルマーレと、勝ち点23で最下位の横浜FCが、サバイバルの渦中にある。勝ち点29で16位の柏レイソルも、今後の結果次第でサバイバルの当事者となるかもしれない。
湘南は今年もJ2降格から逃れられるか
湘南は2018年に4度目のJ1昇格を果たしてから、過去最長となる6シーズン目を戦っている。2021年途中から采配をふるう山口智監督のもとで、2022年は2018年以降最高の12位でフィニッシュした。2位の川崎フロンターレとのカードでは、シーズンダブルを達成している。後半戦は5勝7分4敗と勝ち越し、試合内容も評価できるものがあった。
今シーズンもサガン鳥栖との開幕戦で5-1の白星スタートを飾り、川崎や横浜F・マリノスと引分けるなどして勝ち点を取っていった。しかし、10節の神戸戦から5連敗を喫し、引き分けを挟んで黒星はさらに4つ並んだ。通算では5勝9分15敗で、ラスト5試合へ突入することとなった。
J1残留争いを繰り広げるのは、今年が初めてではない。12位で終えた昨年も、自力で残留を決めたのは最終節だった。2021年も最終節まで残留を争っている。
2020年は最下位に終わり、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた特例ルールで降格を免れた。ここ数年の戦いぶりを振り返れば、「よくぞJ1に踏みとどまっている」との声が聞こえてくるかもしれない。
ただ、当事者の思いは、違う。
J1残留、J1定着と目標を段階的に上げ、現在はJ1でタイトル争いへ加わっていくためのプロセスにある。歴代の監督が土台を築き、反町康治監督のもとでピッチ上に表現され、曹貴裁監督とともに2018年のルヴァンカップ獲得につながった「湘南スタイル」を、さらに進化させていくフェーズに突入しているのだ。
【湘南の顔として活躍した坂本紘司が社長に就任】代表取締役社長の坂本紘司は「進化するためのトライを、いつかしなければいけないとずっと考えてきました」と言う。湘南で2000年から13年間プレーし、J2降格とJ1昇格を経験してきた彼は、現役引退とともにフロントスタッフ入りして営業本部長やスポーツダイレクターを歴任してきた。今年1月1日付で代表取締役GMとなり、6月30日に現職に就いた。
「我々のチームには、すごく走るとか、相手ボールになったらすべて奪いにいく、といったイメージがあるかもしれません。それは相手にとってすごくイヤだと思います。ただ、5年前や10年前に比べると、GKも使いながらのビルドアップは洗練され、進化しています。
『前からいけば取れる』『相手が蹴ってくれてタッチを割ってマイボールになる』『蹴ったボールを回収できる』といった時代ではない。走力という特徴があるのだから、状況を見ながらプレーできるようになれば、もっと強くなるというのが考え方の根本にあります」
現代サッカーにおいて「走力」はオプションではなく、標準装備されるべきものである。中位から下位のチームが上位に対抗するための武器、ではなくなっているのだ。坂本が続ける。
「我々には『ひたむきに走る』『ハードワークする』という色があり、それがJリーグのなかで尖っていた部分だと思うんです。けれど、世界的な基準としてどのチームも走るようになってきていて、我々の色として尖らなくなっている。他クラブも走っているからこそ、走力を生かすことを前提にしてできることを増やすのは、避けては通れないと考えます。
他チームが当たり前にできていることができれば、走力という強みがさらに生かされ、もっと勝っていける。それが上位進出につながると信じて、ここ数年は今までトライしなかったことを少しずつやってきています」
これまで湘南が強みとしてきた1試合の走行距離やスプリントの回数は、チームや個人のパフォーマンスをすべて映し出すものではない。数字だけでは読み取れない現実にも目を向けることで、走力の実効性を高めていくのだ。
【70%守備で走ってワンチャンスで決めろは酷】「ボールを追いかけてばかりの1試合120キロの走行距離と、ボールを奪って意図的に攻撃できている120キロの走行距離は、当たり前ですがまったく違います。試合内容が変わります。
たくさん走るとか、何度もスプリントできるからすべていいのではなく、いつ走るのか、どこに走るのか。質の高い走力で、リーグ上位の走行距離やスプリントなどを記録するようになれば、もっともっと強くなれるはずです」
J1に定着する過程では、ハイプレスからのショートカウンターを特徴としてきた。しかし、J1の上位チームと安定して競り合っていくには、ビルドアップからも相手を崩す必要があり、セットプレーも得点パターンとしなければならない。
「ポゼッションサッカーをしたいわけではないんです。質の高い走力にも関連しますが、点を獲るための精度を高めるためには、相手にボールを渡さない時間帯をもう少し増やすのは絶対に必要です。
3:7の割合でボールを握られれば、守備で疲弊します。70パーセントの割合で守備に走っていて、ワンチャンスを決めろというのもちょっと酷(こく)なところがあるだろう、と。マイボールにする時間を作る、簡単に失わないというのは、J1で勝つためには必要な要素にもなりますので」
できることを増やそうとしているからと言って、結果に目をつぶるわけではない。坂本の表情が厳しくなる。目の前には誰もいないが、彼は頭を下げた。
「2022年は2018年以降で最高の成績の順位で終え、それをベースに上積みをしていこうと考えました。ただ、相手が我々を研究してくるのは当然で、湘南はこうやってくるからこうしよう、というゲームが今年は増えた印象です。いい成績で終わった翌年にどういう戦いが待っているのかについて、私の想定が甘かったと反省しています」
ピッチ内では変化を求めつつ、編成の軸はブレない。獲得のオファーが届いた選手は、タイミングを考慮しつつ送り出すというものだ。
【戻るならまた湘南で、と思ってもらえるように】今夏の移籍市場では、チームトップの9得点を挙げていたFW町野修斗が、ドイツ2部のホルシュタイン・キールへ旅立った。ここ数年だけでもDF山根視来(→川崎)、MF齊藤未月(→ルビン・カザン/ロシア→ガンバ大阪→神戸)、MF鈴木冬一(→ローザンヌ・スポルト/スイス)、MF田中聡(→コルトレイク/ベルギー)らを国内外のクラブへ送り出している。
齊藤は2021年から期限付き移籍中で、田中は2022年8月から1年間の期限付き移籍を経て今夏に復帰した。また、2020年の高校卒業と同時にスイスのシオンへ期限付き移籍したFW若月大和は、2022年から湘南の一員としてプレーしている。
主力選手の移籍を認めながら、チームの成績を維持向上させることには、どのチームも頭を悩ませる。坂本も「そこは本当に難しいですね」とうなずいた。
「選手が移籍したら代わりの選手を獲るか、というのはいつも議論しています。そのうえで言うと、他クラブと競合するような選手を獲るためには、湘南の色を作り上げないといけない。
そのひとつとして、本人が望むタイミングとクラブがある程度許容できるタイミングで、いいオファーがあれば送り出すというスタンスは持っています。Jリーグへ戻ってくるならまた湘南で、と選手が思ってくれる送り出し方も大事にしています」
町野に代わる得点源として、J2の清水エスパルスからディサロ燦シルヴァーノ、J3のY.S.C.C.横浜から福田翔生を完全移籍で獲得した。ディサロはJ1昇格争いを演じるチームで、定位置を掴めずにいた。福田はJ2で21試合11得点の結果を残していた。
「下のカテゴリーから来た彼らは、やってやるぞという強いモチベーションを持っています。我々はクロス数がJ1の上位ですが、その数ほど得点が入っていない。ディサロはクロスに合わせるのがうまいワンタッチゴーラーで、人間性もすごくいい。福田はどちらかと言うとおとなしいタイプですが、ピッチでは人が変わったようにチームを鼓舞できる。
そういった個々の特徴を踏まえつつ、チームの方向性や一体感を重視して、獲得しました。ここまで9得点の大橋祐紀も期待を抱かせてくれます。彼は在籍年数も長いですし、このクラブのためにという気持ちも強いので」
【数年後に間違っていなかったと言えるように】選手の獲得については、経営規模と密接にリンクする。
2022年度の湘南の売上げは24億円強だ。経営規模を拡大してきているものの、同年度のJ1クラブでもっとも規模が小さく、同年のJ2に組み込んでも上から6番目となっている。
「我々は35億円規模の予算を目指していますので、勝つための企業努力を続けていく。Jリーグはアジアで勝てるクラブを作っていく方針を打ち出していて、これから格差が生まれていくことも想定される。そういうなかで、上位クラブに追随していく気概を持っています」
残り5試合の対戦相手は、京都サンガ、神戸、名古屋グランパス、横浜FC、それにFC東京となっている。12月3日の最終節が終わった瞬間、湘南はどのような立場にいるのだろう。
坂本が表情を引き締めた。それまでも引き締まった表情で話していたが、瞳に宿る決意の色がより濃くなっている。
「サッカー的にできることは増えていて、増えたなかで走力は維持している。あとはそれを、どう勝ち点に結びつけるか。そこの難しさは感じていますが、何年後に振り返った時に、間違っていなかったと言えるようにするために、今が本当に大事です」
自分たちのスタイルに満足しない。
過去に満足しない。
未来へ向かっていることに満足しない。
今を大事にして、未来へつなげる。
未来へ向けてやっていることに満足せず、目前の結果にこだわる。
現状を受け入れて、今やるべきことを自分たちに問いかける。
坂本が言う。代表取締役社長の決意は、クラブの総意と言っていいだろう。
「今やるべきことは、勝つことです。残り5試合で、ひとつでも上の順位を目指すことです」