ロコ・ソラーレの吉田知那美が明かす北京五輪銀メダルの舞台裏「ダサさを受け入れたことでロコらしく楽しい試合ができた」
ロコ・ソラーレの吉田知那美がこれまでの人生で影響を受けた「言葉」や「格言」にスポットを当てた連載。今回は、2022年北京五輪で銀メダルを獲得し、凱旋帰国した際のリモート会見で発した言葉の真意に迫る――。
吉田知那美にちなんだ『32の言葉』
連載◆第12エンド
「より速く、より高く、より強く」をモットーとするオリンピックですけど、
「より弱く、よりカッコ悪く、よりダサく」ても、
チームとしてやりたいカーリング、プレーを突き詰めれば、
メダルを手にすることができるんだな。
(吉田知那美/2022年2月、北京五輪後の帰国リモート会見にて)
今年8月のアドヴィックスカップで優勝したロコ・ソラーレ。10月末には2026年冬季五輪への第一歩である、パンコンチネンタル選手権に日本代表として出場する
北京五輪シーズンだった2021−2022は、北海道銀行フォルティウス(当時)さんとのオリンピックトライアルから始まり、五輪世界最終予選も「負けたら五輪への挑戦が終わる」という、とても強いプレッシャーとともに過ごす日々でした。そして、そのプレッシャーは私のたくさんの弱さを表面化してくれました。
そのひとつが"らしさ"への迷いでした。
振り返れば、私たちは2018年の平昌五輪でメダルを獲得して、日本を代表するカーリングチームのひとつになったという意識が初めて芽生えたことで、私も自身で言動や見え方を過剰に意識してしまっていたように思います。
オリンピックの創始者ピエール・ド・クーベルタン男爵が提唱するオリンピズムと、アンリ・ディドン神父が説いた「より速く、より高く、より強く」という言葉を汲み取り間違えて、強くカッコよくあろうとしていましたし、「笑いながらふざけてプレーしている」「カーリングなんて誰でもできる」といった目に見えない誰かの評価を気にしてしまっていた時もありました。"ロコらしさ"を捨ててまで、「より強いロコを見せよう」と一生懸命に弱さを隠していたりしました。
しかし実際のオリンピズムとは、「スポーツを通して、人々が無意識のうちに抱えている他者、他国への偏見を減らし、自分と異なる人々を受け入れ、尊重し生きることを学ぶ。そのオリンピックの歩みが世界平和へ貢献すると信じる」という理念のもと、他者と比較しての優劣・正負ではなく、基準はあくまで自分自身にある。私はそう受け取っています。
だから、このシーズン、多くの格好つけた負け試合を経験したことにより、本当の強さとは"らしさ"なんだと気づきました。
北京五輪も開幕してみれば、カッコいいことなんてほとんどなくて、劇的に勝つゲームもあれば、自分たちのよさを出すことができずに負けてしまった試合もありました。それでも、強がったり、自分たちの弱さを否定したりせず、「それも私たちなんです。すいません。でも明日は今日よりいい試合をします」と毎日、ニュートラルな状態で戦っていました。
特にラウンドロビン(総当たりの予選)最終戦で負けてしまい、プレーオフに進出できないと勘違いし、悔しさを言葉にしながら涙を流していたら、ギリギリでプレーオフ進出が決まっていたことを伝えられ、その瞬間からうれし泣きに変わり、腰が砕けている場面は、今でも映像で見返すと「ダサいなあ。めっちゃカッコ悪いなあ」と赤面するくらいです。ですが、そのダサさを受け入れたことで、世界最強を決めるオリンピックで最後までロコらしく、気持ちよく心から楽しい試合ができたのかなと考えている部分もあります。
あれからもう1年半が経ち、今シーズンから世界的にも、国内でも、大会の成績が次の2026年ミラノ・コルティナダンペッツォオリンピック出場に関わってきます。でも私たちは、五輪シーズンに身をもって学んだように、他者にどう見えているか、何かになりたい、どの試合で勝ちたい、というよりも、場合によっては「ダサくて、弱くて、情けない、そのままのロコ・ソラーレらしくあり続けたい」と思っています。
強いチーム、カッコいいチームは国内外に本当にたくさんあって、彼らや彼女らとカーリングするのは選手として最大の喜びのひとつです。でも、コピーがオリジナルに勝ることは絶対にありえなくて、強いチームがあっても、憧れの選手がいても、それをコピーしても最高で2位にしかなれない。それは、ここ数年で学んだことです。
世界一はコピーでは叶えられない大きな目標ですので、"ロコオリジナル"を突き詰めていって、それがたとえ世界一弱そうな姿であっても、その延長線上にオリンピックの舞台があるとうれしい。今はそう思っています。
吉田知那美(よしだ・ちなみ)
1991年7月26日生まれ。北海道北見市出身。幼少の頃からカーリングをはじめ、常呂中学校時代に日本選手権で3位になるなどして脚光を浴びる。2011年、北海道銀行フォルティウス(当時)入り。2014年ソチ五輪に出場し、5位入賞に貢献。その後、2014年6月にロコ ・ソラーレに加入。2016年世界選手権で準優勝という快挙を遂げると、2018年平昌五輪で銅メダル、2022年北京五輪で銀メダルを獲得した。2022年夏に結婚。趣味は料理で特技は食べっぷりと飲みっぷり