令和の高校サッカーで大流行の「三種の神器」とは? カギは客観的データの見える化
高校サッカー界で、近年急速に浸透している3つのアイテムがあるという。「三種の神器」とも言えるそのひとつひとつを見ていくと、今どきの高校生プレーヤーの傾向もわかってきた。
【高校生も個々のプレーのデータ計測の時代】試合後のサッカー選手がユニフォームを脱いだ時などに、スポーツブラのような物を着けている姿をよく見かけないだろうか。
あのウェアの背中にはGPS機器が装着でき、走行距離、スプリントの回数、速度強度、乳酸参考値、歩数、さらに心拍数などの細かなデータがiPadなどの電子端末を通じてリアルタイムで見られる仕組みになっている。プロの世界では当たり前になっているアイテムだが、近年では育成年代でも見かける場面が多い。
育成年代でもGPS機器で選手個々のデータを取るチームが増えてきた
普及に一役買っているのは、サッカー選手で実業家の本田圭佑氏のSOLTILOを親会社とする『SOLTILO Knows』。
10年以上前から、ヨーロッパでは当たり前のようにGPSデバイスを使ったデータ計測が当たり前になっていたが、日本の育成年代には普及が進んでいなかった。「日本サッカーが世界に追いつくには、育成年代からデータ計測が当然でなければいけない」。本田氏はそう考えたが、プロ仕様のデバイスは高額で育成年代のクラブには手が出せない。
そこで、部活動でも導入できる金額、かつ誰でも扱いやすいように表記や操作性を工夫し、Wi-Fi環境がないグランドでも利用できるよう育成現場に特化して開発したのがKnowsのデバイスで、2018年から展開している。
Knowsを使えば運動中の情報が一目瞭然で、客観的な数値をもとに試合の振り返りが手軽になった。また、高円宮杯JFAU-18サッカープリンスリーグに所属するいくつかのチームのスプリント回数を見ると、1試合でチーム合計150〜160本を記録している。こうした数字が、チーム、選手のパフォーマンスを測る指針となるだけでなく、全国レベルで勝つには同等の数値を叩きださなければいけないというのがわかるだろう。
日常の練習から使用しスプリントを意識すると全体的にプレー速度が上がるので、状況判断やパスやトラップなどの質も高まる。また、今夏のインターハイ出場校には、乳酸参考値を選手交代の目安にしていたチームもあるという。
リリース直後から導入している富山第一高校の加納靖典監督は、「高校時代の小森飛絢(現・ジェフユナイテッド千葉)に『もっと走れ!』と言っていたところ、Knowsで見るとチームで一番走っていたのがわかりました。それぐらい主観とのズレがあるので、客観的なデータが見られるのはありがたいです」と語る。
使用料はレンタルの場合、1台月々1,400円から。「何を計測しているの? と、みなさんに興味を持ってもらえるよう、目立つようにあえてキャッチーなロゴを使用しています」(SOLTILO Knows伊藤剛氏)という、"計測中ロゴ"をユニフォームに入れると、無料で貸し出すサービスもしている。そうした導入しやすい手頃さと話題性もあり、現在高校年代で採用するチームは250以上にも及ぶ。
【試合撮影と分析は自動で行なう】試合分析のために必要な動画の撮影も、最新機器の導入が進んでいる。最近、育成年代の試合でよく見かけるのが、デンマーク製のスポーツAIカメラ『Veo Cam 2』だ。
高校サッカーの試合会場で多く見られるようになったAIカメラ
以前は手の空いた学生がタブレット端末やウェアラブルカメラで動画撮影していたが、映像の品質が安定しないケースも見られた。また育成年代のピッチは、プロのようにスタンドがない会場も珍しくない。会場脇に組まれたやぐらに登って撮影するなど手間がかかるのが難点だったが、Veo Cam 2はそうした悩みを解消できる。
機械の先端に2台のカメラが付いており、それぞれ左右の90°をカバーすることで180°すべてを撮影できるのが特徴。付属の三脚も最大7.4mまで伸びるので、例えばグラウンド周りを囲んでいる防球ネットの上まで伸ばして撮影もできる。これまで同じように撮影する場合は撮影する係、映像を確認する係の2人が必要だったが、Veo Cam 2を導入すれば置いておくだけで試合撮影の省力をできるのが大きなメリットだ。
また、撮影した動画をweb上にアップロードすればAIが分析し、シュート、ゴール、CKなどといった項目を自動でタグづけしてくれる。今までの分析ツールだと指導者が試合を見返して行なっていた作業だが、それをせずに済むため「本来の指導に集中できすごくラクになった」との声が多く聞かれるという。
本場デンマークでは5年前から流通し、日本でも輸入品をレンタルで提供する会社があったが、昨年9月からはサッカーショップKAMOを展開する加茂商事株式会社が日本で唯一のVeo正規販売代理店として販売開始。
ユーロ価格であるため為替によって変動はあるが、カメラと三脚、トラベルケースなどを含めて約27万円。加えてAI分析は一番安いプランで年間約12万円。これまでの労力を考えると、お手頃価格であるため好評を博している。
約1年間ですでに数百台以上を販売しているが、その8割近くが高校年代のチーム。緑色の三角形の物体がグラウンドに置いてあると目立つため、「その機械は何? どこで買ったの?」と気にする指導者が増えていき、広まっている。
【血液検査によって一人ひとりに合ったサプリメントを提供】育成年代のピッチ外で広がりを見せるのが、『NORM株式会社』が展開するアスリート専用のサプリメントだ。
創業は2019年12月。もともと鹿児島県でサプリメントの開発、販売を手掛けていた松元康太郎社長が、当時オランダでプレーしていた元日本代表の小林祐希(現・北海道コンサドーレ札幌)と出会ったのが、商品開発のきっかけだった。専属シェフをつけるなど栄養面まで気遣い、サッカーに打ち込む小林の姿に感動し、「日の丸を背負うようなトップアスリートのためのサプリメントを開発したい」と思ったという。
開発にあたって世界中の商品を調べたが、大半が運動を嗜む一般人に合わせた物で、プレー強度の高いプロアスリートに適した成分の配合や品質の物はなかった。
「100点のサプリメントを作りたい」。そう考えた松元氏が大学の教授やさまざまなスポーツ選手に携わる管理栄養士、薬剤師と打ち合わせを重ねて開発を進め、2021年4月から商品を展開。現在はサッカー日本代表の田中碧、オリックス・バファローズの宮城大弥、リオ五輪4×100mリレー銀メダリストのケンブリッジ飛鳥など、各ジャンルの一流アスリートが多数愛用している。
ただ、成人したプロと学生では、摂る成分が変わってくる。学生年代で多いのが、身体をもっと大きくしたいという悩みと、スポーツ神経痛だ。また、サッカーの"走るスポーツ"という特徴のなかで、育成年代の選手は貧血も起こしやすいという。そうした悩みを解決するため、昨年からは学生専用のサプリメントも展開。血液検査の結果によって、選手に応じた商品の組み合わせを提示している。
選手個々に合わせたアスリート専用サプリメントが浸透してきている
サービス展開を始めて1年ほどだが、今年の末にはサプリメント提供先が高校年代のサッカー部だけで200チームを超える見込みだ。猛スピードで広まっている理由の一つは圧倒的な安さ。一般の人が買うと送料と消費税が合わさり1商品5,000円を超えるが、学生には業界最安値に近い3,000円で販売している。月に1度、NORMと契約するチーム単位で受注。まとめて発送することで送料を削るのと、小売店を挟まず自社のネット販売に絞っているためにできる価格だ。
3つのアイテムに共通しているのが、"見える化"だ。
サッカーの育成年代を取材していると、指導者から「今の子どもは客観的なデータがあると頑張れる」との声をよく聞く。
今夏のインターハイでもそうした事例は見られた。神戸弘陵学園高校の登録メンバーの平均体重が64kgだったのに対し、1回戦で対戦した青森山田高校の平均体重は72kg。数値として全国トップレベルとの差を見せられ、神戸弘陵は大会後今まで以上に食事の質にこだわり、筋トレに励む選手が増えたという。
インターハイで準優勝した桐光学園高校のコーチングも同様だ。尚志高校との準々決勝で鈴木勝大監督は「3分、集中!」「今から10分、走れ」と、具体的な数字を用いて指示していたのだが、その理由についてこう明かす。
「今の子には具体的に伝えないと『うるさいな』となる(笑)。ただ『走れ』と言うと、『何分走るんですか?』と言われるので、具体的に伝えています。具体的な数字を言うと、アクションを起こしやすいし、スイッチが入りやすいんです」
『SOLTILO Knows』による個々のデータ計測も、『Veo Cam 2』でのプレー解析も、『NORM』の血液検査に基づくサプリメントも、パフォーマンス向上のための客観的な数字を求める選手たちのニーズがあって、広まっている。
令和の高校サッカーの"三種の神器"とも言える3つのアイテムは、今どきの高校生の性格にばっちりハマっていたということだろう。