おそらく、千賀滉大(ニューヨーク・メッツ/30歳)は「新人王」も「サイ・ヤング賞」も受賞できないだろう。

 昨年の8月下旬にメジャーデビューしたコービン・キャロル(アリゾナ・ダイヤモンドバックス/23歳)は今シーズン、ルーキー史上初の「25本塁打&50盗塁」を達成したのみならず、出塁率.362とOPS.868を記録した。また、三塁打10本はルーキーかどうかを問わず、ナ・リーグで最も多かった。

 サイ・ヤング賞を手にする投手は、新人王ほど明白ではないものの、ブレイク・スネル(サンディエゴ・パドレス/30歳)が有力候補に挙げられ、防御率2.25は群を抜いて低い。ナ・リーグで規定投球回以上の20人中、スネル以外の19人は防御率2.95以上だ。


千賀滉大はルーキーながら突出した成績を残した

 それでも、千賀がすばらしいメジャーリーグ1年目を過ごしたことは、間違いない。

 29登板の166.1イニングで記録した防御率2.98は、ナ・リーグでスネルに次ぐ2位。奪三振率10.93と被打率.208は、4位と3位に位置する。ほかのシーズンであれば、1981年のフェルナンド・バレンズエラ(当時ロサンゼルス・ドジャース)に続く史上ふたり目の新人王&サイ・ヤング賞となっても、おかしくない気がする。

 今のところ、来シーズンに関する不安は見当たらない。

 前半は4.72だった与四球率が、後半は3.52まで下がった。奪三振率は11.34→10.45、被打率は.204→.212なので、同水準に近い。防御率は3.31→2.58。与四球率と同様に、大きく向上した。

 スタットキャストのデータを見ると、目につくのはスウィーパーの減少だ。投球全体に占める割合は、4月が16.6%、5月は7.7%だったが、6月以降の4カ月はいずれも3.0%に満たない。

 スタットキャストはスライダーを2球種に分け、横方向の動きが大きく、落差の小さいスライダーをスウィーパー(それ以外をスライダー)としている。具体的には、大谷翔平がWBCの決勝でマイク・トラウトを空振りさせ、優勝を決めた球がスウィーパーだ。

【メッツが本気で優勝を狙うのは2025年?】

 千賀の場合、スウィーパーをほとんど投げなくなったことが、与四球率の改善につながった可能性は高い。

 ただ、来シーズン、千賀が今シーズンの後半と同水準の投球をしても、今シーズンの12勝を上回る白星を手にできるかどうかは、わからない。

 昨オフのFA市場で、メッツは5億ドル(約745億円)近い金額を費やした。そのほかにも高年俸の選手が何人かいるため、今シーズンの開幕時の年俸総額は3億ドル(約447億円)を軽く超えた。にもかかわらず、ポストシーズン進出を逃しただけでなく、勝ち越すことすらできなかった(今季成績75勝87敗/ナ・リーグ東地区4位)。

 それも、シーズン終盤の失速ではない。早くから低迷し、夏のトレード市場では売り手に回った。

 手放したのは、先発投手のマックス・シャーザー(→テキサス・レンジャーズ/39歳)とジャスティン・バーランダー(→ヒューストン・アストロズ/40歳)だけではない。リリーフ投手のデビッド・ロバートソン(→マイアミ・マーリンズ/38歳)とドミニク・レオン(→ロサンゼルス・エンゼルス〜シアトル・マリナーズ/31歳)、外野手のマーク・カナ(→ミルウォーキー・ブルワーズ/34歳)とトミー・ファム(→ダイヤモンドバックス/35歳)も放出した。

 ここから4〜5年をかけて、再建を行なうとは考えにくい。

 遊撃手のフランシスコ・リンドーア(29歳)は来シーズンが10年3億4100万ドル(約508億1000万円)の契約4年目、外野手のスターリング・マルテ(34歳)は4年7800万ドル(約116億2000万円)の3年目、クローザーのエドウィン・ディアス(29歳)は5年1億200万ドル(約152億円)の2年目、外野手のブランドン・ニモ(30歳)は8年1億6200万ドル(約241億3000万円)の2年目、千賀は5年7500万ドル(約111億7000万円)の2年目だ。

 だが、シャーザーは移籍直後の会見で、トレード拒否権を行使しなかった理由として「メッツは2024年ではなく2025年か2026年にペナント争いをするつもりでいる」と語った。そのとおりなら──シャーザーにトレードを受け入れさせるための嘘でなければ──メッツの来シーズンは「つなぎ」となる。最初からポストシーズン進出をあきらめるわけではないにしても、それよりも2025年以降に重点を置くということだ。

【エース放出で先発ローテーションは千賀の孤軍奮闘】

 メッツの動きはシャーザーの発言を裏づけているように見える。レギュラーシーズンの終了を待たず、メッツはミルウォーキー・ブルワーズからデビッド・スターンズを招き、ベースボール運営部門の長とした。そしてバック・ショーウォルター監督を解任した。

 スターンズはメッツ、MLB機構、クリーブランド・インディアンズ(現ガーディアンズ)を経て、2013〜2015年にヒューストン・アストロズでGM補佐を務めたあと、ブルワーズのGMに就任した。ブルワーズがポストシーズンに進んだのは、スターンズにとって3シーズン目の2018年だ。以降、ポストシーズン進出を逃したのは昨年しかいない。

 資金が潤沢なメッツにおいては、ポストシーズンの常連となるまでの道のりを短縮できるはずだ。けれども、就任直後の今オフだけで実現するのは難しい。金で勝利を買えないことは、今シーズンのメッツが証明している。

 シャーザーとバーランダーを放出したことからもわかるように、メッツのローテーションには、いくつもの穴が空いている。先発投手をひとり加えて千賀と並べても、盤石にはならない。大谷が東海岸のチームでプレーする気になればメッツが大枚を投じても不思議はないが、来シーズンの大谷はマウンドには上がらない。

 とはいえ、ナ・リーグ東地区に君臨するアトランタ・ブレーブス(昨季104勝58敗)をしのぐのは困難でも、うまくいけばメッツはワイルドカードをゲットできる。2025年以降に向けた布石として、今オフに長期契約で先発投手を迎え入れるかもしれず、大型補強がなくてもプラスの要素はある。

 クローザーのエドウィン・ディアスはWBCで左ひざを痛め、今シーズンを棒に振った。25本塁打を記録した新人捕手のフランシスコ・アルバレス(21歳)は2年目のジンクスにハマらなければ、30本塁打も期待できる。今季5月7日の時点でアルバレスのホームランは1本だった。前半に全休のホセ・キンタナ(34歳)も、後半は先発13登板で防御率3.57と悪くなかった。

【千賀に来シーズン求められる「中4日」の登板】

 また、来シーズン終了後にFAとなる一塁手のピート・アロンソ(28歳)について、スターンズは就任会見で「開幕戦の一塁手として見ている」と語った。契約延長には触れておらず、来シーズン途中にトレードの可能性は低くないが、夏を迎えてもポストシーズン進出を狙える位置にいれば、放出することはないだろう。

 もちろん、メッツが来年のポストシーズンにたどり着くには、千賀のさらなる働きが不可欠だ。今シーズン、中4日の登板は3度しかなく、ほかはいずれも中5日以上だった。今シーズンのナ・リーグで先発登板が千賀より多い30登板以上の21人中17人(81.0%)は、中4日の登板が3分の1以上を占めている。

 ハードルは上がるが、そこでも健康を維持すれば、ポストシーズン初登板とともに日本人投手初のサイ・ヤング賞も見えてくるはずだ。