田臥勇太×比江島慎
「宇都宮ブレックス」コンビ対談 前編

男子バスケットボール日本代表が48年ぶりに自力で2024年のパリ五輪出場を決めた今夏の「FIBAバスケットボール ワールドカップ」。近年は世界の壁を越えられなかった日本が世界を相手に3勝し、目標としていたアジア1位を獲得できたのはなぜか。ベネズエラ戦で23得点の活躍を見せた比江島慎と、アスリート解説者として現地で大会を見た田臥勇太の"宇都宮ブレックス"コンビが振り返る――。


この夏のW杯を振り返った田臥勇太と比江島慎

【自国開催の盛り上がりが後押ししたW杯】

――それぞれの立場でのワールドカップ、お疲れ様でした。またパリ五輪の出場権獲得もおめでとうございます。グループフェイズの会場、沖縄の盛り上がりをどのように感じられましたか?

比江島 やはり自国開催ということもあって、盛り上がりは前回のワールドカップ(2019年。中国開催)よりも強く感じました。メディアの方にたくさん取り上げていただきましたし、多くの方が応援してくださる環境のなかでプレーできたことは本当に幸せでした。ブレックスでプレーする時も責任は伴いますけど、国を背負うことはそれ以上に責任が伴いますし、プレッシャーも感じます。その分、今回はブレックスのファンの皆さんだけではなく、日本全体が後押しをしてくれたので、いつも以上に心強かったです。

田臥 会場の熱気もすごかったですけど、沖縄の街中もワールドカップ一色でした。日本のファンの皆さんだけでなく、対戦相手のファンの皆さんなど海外からも多くこられていて、街自体がワールドカップの雰囲気になっていました。特別な空気感を感じましたね。

――結果は3勝2敗で、32チーム中19位でしたが、アジア1位という目標を達成しました。近年、世界の壁を乗り越えられなかった日本が目標を達せられたのは、これまでと何が変わったのでしょう?

比江島 変わった点は1つではないと思います。バスケットスタイルが違うこともありますが、Bリーグが始まって以降、国内のレベルも相当上がっていると感じますし、高いレベルを経験する機会も多くなっています。選手個々を見ても、今回は渡邊雄太(フェニックス・サンズ)がチームを引っ張ってくれて、そこに世界と戦う経験を積んできた若手も入ってきました。トム(・ホーバス)さんという実績のあるヘッドコーチがいたことも欠かせません。僕自身も技術が上がっていると感じますし、国際大会の経験も積ませてもらっているので、チームを引っ張れたところは大きかったと思います。

田臥 男子日本代表というチームが停滞したり、後退してなかったことが大きかったんだと思います。常に一歩一歩、階段をしっかり上っています。選手もコーチもプロセスを大事にしてきているからこそ、マコ(比江島)もそうだし、雄太も自分の経験をチームに還元できたんだと思います。他の選手やスタッフも自分ができることをきちんとやっていこうと、その一歩一歩をしっかりと積み重ねていったことがチームとしてマッチしたのでしょう。こういうことってめぐり合わせやタイミングがすごく大事で、選手やチームのプロセスに、沖縄開催という盛り上がり、トムさんが掲げる明確な日本のバスケットスタイルがうまく合致した。それが今回の結果につながったのだと思います。

比江島 そうですね。それらが本番でしっかりハマった感じはあります。

田臥 技術的なことを言えば、3ポイントシュートを徹底していましたよね。その徹底ぶりも日本っぽいなと感じました。どの国にもその国のバスケットスタイルがあるけど、日本は日本のバスケットをみんながやるという、ひとつの方向をみんなで向いていると感じました。

比江島 徹底することへの要求は間違いなく強かったです。何回も同じ練習を繰り返して、少しでもミスをしたり、乱れが生じると指摘される。よく言われるトムさんのフォーメーションの数の多さもそうですけど、ディフェンスの仕掛けも今までよりも多く用意していて、それを徹底することが僕たちのスタイルだったんです。

【経験に基づく平常心と、「比江島スイッチ」がマッチした瞬間】

――比江島選手個人に目を向けると、ベネズエラ戦での活躍がありました。あの試合に臨むメンタリティはどのようなものでしたか?

比江島 あの試合は予選の結果と、そこからの目標達成へのプロセスを考えた時、絶対に勝たなければいけない一戦でした。それで逆にみんなが少し気負いすぎていたところがあったのかもしれません。日本として決していいバスケットができていたわけではありませんでした。僕自身も絶対勝たなきゃいけないというマインドで入ってはいたんですけど、慌てることなく、また気負いすぎることもなく、常に平常心でいられた試合だったと思います。

 これまでの経験から、気負ってもいいことがないのはわかっていましたから。前回のワールドカップはまさにそうで、やらなきゃいけないというマインドが強すぎて、まったくいいプレーができなかったんです。そこからはBリーグの試合もそうですが、あまり気負いすぎることはなくなりました。

――そう話す比江島選手を田臥選手は、すごく優しい目でご覧になっていますね。

田臥 年々、彼なりにいろんな経験をしながら、感じているんだろうなということは、そばにいてわかるんです。そのなかでマコが自分自身でどう対処しながら、やっていこうとしているのか、彼なりのアプローチの仕方も近くにいてわかるので、そういう経験が糧になっていっているんだろうなと。それを今回はワールドカップという大舞台で力として発揮した。しかも、その発揮の仕方がとんでもない発揮の仕方だったのは、今までの経験があったからこそだと思います。だから、よかったなと思って、見ていたんです。

――ベネズエラ戦のあとだったでしょうか、比江島選手のことを「かわいくてしょうがない」とコメントをされていたのも、その思いからですか?

田臥 実況の方から「かわいいですか?」と聞かれたので。

比江島 言わされただけでしょう(笑)。

田臥 かわいいだけじゃ済まされないくらいの活躍をしてくれていたので、あの時は「かわいくてしょうがないですよ」と言ったら、ちょっとそこをピックアップされちゃって(笑)。でも、それもマコが活躍してくれたからこそです。僕はただ、普段の思いを口にしただけなので。

――あの場面でその「とんでもない活躍ができた」比江島選手のプレーぶりをどのように見ますか?

田臥 あの大舞台で、しかも大事な場面で活躍できてしまうところも比江島慎だなと思います。ただ、雄太や富樫(勇樹/千葉ジェッツ)が言っていたように、マコならできるということは僕たちも知っていましたし、本人も絶対わかっていたと思います。あの試合だけにフォーカスされがちですけど、日本代表の強化試合や合宿に行ってきたあとに「どうだった?」と聞いたりすると、彼なりに感じるところがあるのがわかるんです。そうした日々を経てのベネズエラ戦だったので、あの活躍は、繰り返しになりますが、積み重ねがちゃんと結果に出たんだと思います。もちろん、さすがだなと思いますよね。

比江島 もともと自信はあったんです。世界だろうがどこだろうが、やれる自信はあった。世界で勝つためには自分の活躍が必要になると信じてやってきたんです。でも、いろいろ考えるところがあったのも事実です。最年長でしたし、周りの状況を見ながらプレーをしていたところもありました。もちろん攻めようと思ったら攻められるというマインドはあったんですけど、自分の性格的にも追い込まれた時というか、ああいう場面にならないとやらない性格でもあるので(笑)。そうしたいろんなものが積み重なって、ベネズエラ戦はやらなきゃいけないというマインドになったんです。

―― 渡邊選手とか富樫選手も「普段からやって」みたいなことを言っていましたが、田臥選手としても同じことを言いたいですか? それとも「いや、マコはこれでいいんじゃない」という感じですか?

田臥 両方ですね(笑)。たぶん本人もわかっていると思います。絶対的にできるものがある以上、あとはマコがやるだけだし、僕は信じています。やはり彼のことはずっと見てきたし、一緒にやってきて、彼のよさ、すごさはよく知っている。そういう意味ではこれからも楽しみです。

比江島 田臥さんはいつもそう言ってくれるんで......はい、頑張ります。

【ベネズエラ戦の活躍の裏に田臥の励ましあり?】

――大会期間中、連絡は取り合っていましたか? 

田臥 試合が終わったあとは「お疲れさま」というメッセージを送ったりしましたが、それ以外はないですね。大会期間中より、合宿から帰ってきたり、強化試合のあとのほうが、そこでの感触を聞いたりしていました。プレーを見れば、今のチームの状況でどのようにプレーしているか、きっとこういうマインドでやっているんだろうなというのはわかるので、戻ってきた時にマコのペースを尊重しながら、ちょっと感覚を聞いたりしていましたね。

比江島 やはり自信がないわけです......いや、自分のプレーには自信があるし、世界には絶対僕が必要だってわかっているんですけど、アジアの国々を相手にした強化試合のあとは田臥さんに「ヤバいです。僕、落ちるかもしれないです」とか言うわけですよ。

田臥 言うわけですよ、じゃないよ(笑)

比江島 「ヤバい。ちょっと落ちるっすわ」って言うと、田臥さんは「絶対大丈夫。絶対大丈夫」って言ってくれるので、「あ、大丈夫だ」と思えるんです。いつも慰めてもらって、背中を押してもらうので、いつも感謝しています。

――ベネズエラ戦の活躍のうち何割かは田臥選手の力が大きいですね。

比江島 本当にそうです。

田臥 そんなことはない。それはマコの積み重ねだよ。

後編「田臥勇太&比江島慎はW杯での若手の活躍をどう感じたか」>>

Profile
田臥勇太(たぶせ ゆうた)
1980年10月5日生まれ。神奈川県出身。ポジションPG(ポイントガード)。
バスケの名門・能代工(現・能代科学技術高校)時代には史上初の「9冠」を達成。その後も第一線で活躍を続け、2004年にはフェニックス・サンズと契約し、日本人初となるNBAのコートに立った。2008年に日本に復帰をするとリンク栃木ブレックスと契約。移籍をすることなく現在も宇都宮ブレックスで、精神的支柱としてチームを支えている。

比江島慎(ひえじま まこと)
1990年8月11日生まれ。福岡県出身。ポジションSG(シューティングガード)。
青山学院大卒業後、アイシンシーホース三河に入団し、2019年からは宇都宮ブレックスでプレーしている。日本代表としては、青学大4年の時に初選出。2016年のオリンピック予選や2019年W杯、2021年に開催された東京オリンピックにも出場し、今年のW杯では最年長として、プレーでチームを牽引した。