ホタテガイ(写真:筆者提供)

中国が日本産水産物の輸入を8月24日から全面停止しました。東京電力が福島第一原子力発電所にたまる処理水を薄めて海に放出を始めたためです。

水産物の最大の輸出先は中国です。2022年は3873億円の輸出金額に対して871億円(シェア22.5%、農水省)に上っています。品目別ではホタテが最も多く467億円、次いでナマコが79億円、カツオ・マグロ類が40億円などとなっています。また香港でも規制の強化が始まっています。香港向けは755億円(19.5%、同)と、両国で1626億円と42%もの輸出シェアを占めています。

一方で、皮肉にも世界最大の水産物の輸入市場である欧州連合(EU)は、8月に、福島第一原発事故後に導入した日本食品に対する輸入規制を撤廃しました(イギリスは6月にすでに規制を撤廃)。それならば「EU向けに輸出すればよいではないか」と思うかもしれません。ところが、そういう体制になっていないことをお話しします。

客観的に見たトリチウムの排出量は?

ところで、その是非については論じませんが、話題になっているトリチウムの排出量について見てみましょう。国際原子力機関(IAEA)は、処理水の海洋放出は「国際的な安全基準に合致」とする調査報告書を公表しています。今回の福島第一原発のトリチウムの年間排出量は、事故前の管理目標と同じ22兆ベクレル未満が予定されています。

なお経済産業省によると、中国では秦山第三原発が約143兆ベクレルと福島第一原発が予定する6.5倍の放出量があります。韓国でも月城原発が3.2倍。欧米ではさらに多く、フランスのラ・アーグ再処理施設は454.5倍、カナダのブルースA・B原発は54倍など、さらに巨大な排出量になっているのです。今回対象となる排出量について、まずは客観的な数字で捉えることも重要ではないでしょうか。


世界の水産物輸入量(出所)水産白書

上のグラフは世界の水産物の輸入数量データです。天然と養殖を合わせた世界の生産量は約2億トンです。グラフで読み取れる輸入数量は約4000万トン。水産物全体の生産量の約2割が、国際取引により輸入されていて、その数量は増加傾向にあることが一目でわかります。

なお下から2番目の赤が中国で、1番下の紫がEUとイギリスの合計となります。EUとイギリスを合わせた輸入数量は、加盟国が27カ国と多いこともありますが、中国よりもはるかに大きいことがわかります。

EUとイギリス向けは、今後、放射性物質の検査証明書や産地証明書の添付も不要になり、本来であれば輸出しやすくなるはずです。

主要国の水産物の輸出入金額のグラフを見ると、数量だけでなく輸入金額においても、EUとイギリスの合計は、中国より大きいことがわかります。


主要国の水産物の輸出入金額(出所)水産白書

これらのデータを見ると、中国向けに輸出できないのであれば、EU・イギリスに向けて輸出することで対処できそうにも見えますが、そうはいかない事情があります。

EU向けの輸出が限定される理由


水産加工業等における対EU・対米輸出認定施設数の推移(出所)水産白書

日本の水産物の輸入基準は、EUに比べて緩く、比較的容易に輸入ができます。日本は輸入する際に、EU側の施設に対して条件を課していません。

ところでEUから水産物の輸入は容易であっても、輸出となるとEU基準の食品衛生管理認証「HACCP」の認可を取得した施設からでないと輸出ができません。

上の赤の折れ線グラフは、「EU HACCP」の施設認可数の推移を示しています。アメリカ向けの輸出についてもアメリカ基準のHACCPが必要なのですが、EU HACCPの認可のほうが厳しいことは、認可数の推移が物語っています。

日本では、EUへ輸出できる「施設認可」(EU HACCP)を取得している水産加工場は、まだあまり多くありません。一方で、日本に水産物を輸出している中国、タイなどの水産加工場は、EU向けの施設認可を持っているか取得できる工場ばかりです。

日本向けに輸出しているこれらの工場は、もともと日本人の指導を受けて生産ラインが組み立てられたり、品質管理が行われたりしていることが多いです。日本人が指導した工場なのに、肝心の日本の水産加工場の大半は、EU向けの施設認可をもっておらず、取得も難しいという現象が起きています。

なぜ日本の水産加工場に設備投資できないのか?

なぜ中国や東南アジアの水産加工場にはできて、日本の多くの工場はできないのでしょうか? それには大きく分けて2つの理由があります。

1つ目は、日本の場合は、設備が非常に古いことにあります。EU向けの認可を取るためには、建物ごと造りかえるような改築が要求されることがあります。一方で、中国や東南アジアの加工場は日本より新しく、初めからEU向けに輸出もできる前提で建設されているという違いがあるのです。

それでも国としても水産物の輸出を強く促進している環境で、かつ中国や香港への輸出が暗礁に乗り上げても、市場が大きいEU向けを進めるのは容易ではありません。

その大きな理由は将来性にあると考えられます。国内の水産加工業者のもともとの強みは豊富な国内水産物の水揚げでした。しかしながら、その肝心の水揚げが減り続けています。

このような環境下で、大きな設備投資を伴うEU向けの輸出は容易には進みません。例外的にEU向けの輸出が進んでいる代表格は北海道のホタテ加工です。ホタテは資源管理がうまくいっていることにより、水産業では例外的に収益力があるので、早くからEU向けに舵が切れているのです。

EU向け輸出の2つ目の障害

中国向けの輸出がダメなら、もっと市場が大きいEUへ」が難しい2つ目の理由、それは水産物に対するサステナビリティについてです。

EUは、サステナビリティに関して感度が高い市場です。特に流通業や外食産業といった、水産物の売り先が、持続性がない水産物を受け入れない傾向が鮮明です。

このため、売れない水産物は価値が低くなるため漁業者も資源管理に敏感です。さらに消費者の感度も高いです。流通業としてもサステナブルではない水産物は受け入れないといった、資源の持続性へ向けて競争が起きています。

日本でも、イオン、セブン&アイ・ホールディングス、生協といった流通業で、MSC(海のエコラベル)などの、国際的な水産エコラベルの扱いを増やすことを通じて、水産物の持続性を推進する競争が起きています。

サステナビリティを前面に打ち出す傾向が続くのは、とても良い傾向です。しかしながらこれからは、その中身も問われることになります。実際には水産資源の持続性につながっていないのに、それをうたって輸出していた場合はどうなるでしょうか?

そのような場合は、「グリーンウォッシュ」や「SDGsウォッシュ」だとして、環境団体や消費者団体から、非常に厳しい批判を受けるリスクが高まります。そのとき「内容をよく知らなかった」は通用しないことでしょう。

それではどうすればいいのか?

水産物の貿易金額は年々増加しています。2022年は3873億円と過去最高金額を更新しています。日本政府としても輸出を増やしたい意向です。しかしながら、現在のように中国・香港で4割といった輸出先が偏った比率はリスクが高いです。

2014年にロシアがクリミア半島に侵攻後、世界第2位の水産物輸出国ノルウェーは、ロシアの輸入禁止政策により、隣国でもある最大の輸出先を失いました。しかしながら、ロシア向けがなくなっても輸出は増え続け、2022年は約2兆円と過去最大の輸出金額を更新し続けています。

輸出が止まってしまうリスク回避のためには、欧米をはじめ販売先が偏らないように分散することが重要です。ただし、欧米市場では水産資源の持続性が問われる市場なので、科学的根拠に基づく資源管理がされていることが条件となります。

資源管理ができて初めて、同じ土俵で自国水産物が安定して輸出できるようになります。また資源の持続性が確保できれば、必要な設備投資を進められるバックグラウンドができることになります。そして好循環が生まれ、かつてのように水産業が成長産業化していくことになるのです。

(片野 歩 : 水産会社社員)