右手と両足を切断した山田千紘さん

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20歳の時に事故で右手と両足を失った山田千紘さん(31)は、両足に義足を履いて歩いており、エスカレーターも使う。右手につけている装飾義手は動かすことができず、左側に寄って左手で手すりを掴んで乗るようにしている。そのエスカレーターに立ち止まって乗っていたところ、「邪魔だよ」と注意されたことがあったという。

「片側を空ける」という「暗黙のルール」が原因で起きたことだった。謝りながら前へ通したものの、直後に「僕は悪いことをしたのかな?」と疑問を抱いた山田さん。その体験を機に、エスカレーターの在り方を考えた。一体何が起き、何を感じたのか。山田さんが語った。

【連載】山田千紘の「プラスを数える」〜手足3本失った僕が気づいたこと〜 (この連載では、身体障害の当事者である山田千紘さんが社会や日常の中で気づいたことなどを、自身の視点から述べています。)

「どけよ」舌打ちも

僕は両足義足で歩いていて、階段の上り下りもできるけど、エスカレーターがあれば楽なので使います。

エスカレーターには「片側を空ける」という「暗黙のルール」がありますね。一方は立ち止まって乗り、空けたもう一方は歩いていい、というのが多くの人の共通認識だと思います。これで疑問を感じた出来事がありました。

僕が住んでいる東京では、みんな左側に寄り、右側を空けるのが一般的です。僕は右手がなく、左手はあるので、エスカレーターでは左側に寄れる方が手すりを掴みやすく、バランスを取りやすいです。駆け上がったり駆け下りたりはしません。

関西へ行った時、みんな右側に寄って乗っていたので驚きました。他の人にならって僕も右側に寄って乗りますが、そうすると、左手を右側にクロスさせて手すりを掴む格好になります。乗ることはできるけど、左側に寄れる方が楽なのは間違いないです。

大阪を訪れた時のことでした。エスカレーターで多くの人が右側に寄っていたけど、左側で立ち止まって乗っている人も2〜3人いました。時々こういう状況になることがありますよね。「今このエスカレーターは左右どちらも立ち止まって乗っていいんだ」と思いました。すぐ後ろに人が並んでいるのも見えなかったので、僕は楽な左側に寄って、左手で手すりを掴んで乗りました。

そうしたら、乗る時には見えなかった人がすぐ後ろまで来ていて、「邪魔だよ。どけよ」と言われました。舌打ちもされました。僕は咄嗟に「すみません」と謝って、どうにかバランスを取りながら右側に避けて、通ってもらいました。その人は前の数人も同じようにどけていきました。

僕は半ズボンだったので、両足の義足は見えていたと思います。でも長袖だったので、装飾義手をつけているのは見えなかったかもしれません。エスカレーターだから「右手がなくて義手なので、左側の方が乗りやすいです」などと説明している時間もありませんでした。

その後、冷静になって思いました。「僕は悪いことをしたのか? どかないといけなかったのかな? 迷惑だった?」。さらに「そもそもエスカレーターって歩いて使うべきものなのだろうか」などと考えたら、モヤモヤしてしまいました。

エレベーターを使うことについては、車椅子やベビーカー利用者、高齢者など、もっとエレベーターの優先順位が高い人がいます。もちろんエレベーターに乗ることもありますが、僕はエスカレーターにも問題なく乗ることができるので、あれば使っています。

ルールを作るなら「必ず立ち止まって乗る」ことに統一するのがベストだと思う

この体験をして思ったのは、エスカレーターの全国統一ルールを公的に整備した方がいいのではないかということです。「必ず左側に寄って右側は空ける」とか、逆に「必ず右側に寄って左側は空ける」といったようにです。それが浸透すれば地域による違いなども気にしなくて済みます。

でも安全面を考えると、ルールを作るなら「必ず立ち止まって乗る」ことに統一するのがベストだと思います。先ほどのエピソードで、僕は体をぶつけられることはなかったけど、もし駆け上がってきた人が止まっていた人にぶつかり、倒してしまうようなことがあったら危険です。みんなが2列に並んで止まって乗れば、空けるスペースがなくなる分、多くの人がもっとスムーズに移動できるようにもなるはずです。

「止まって乗るものだ」というルールが広まれば、前の人にイライラすることもなくなり、みんな気持ち良く乗れるでしょう。そもそもエスカレーターは立ち止まって乗っても十分速いですし、歩かなくても上や下の階にはたどり着けます。歩いても、長くて数十秒しか変わらないのではないかと思います。

電車の乗り換えのためにエスカレーターで数秒を縮めたい人もいる、という声もあるかもしれません。その点で言うと、僕はこの体になって「走って時間を短縮する」ということができなくなりました。平地では歩くしかないし、階段では一段一段を丁寧に上り下りするしかありません。だから電車移動する際は、電車の時間を調べて、乗りたい電車に確実に間に合うように逆算して、余裕を持って目的地に着けるよう、家を出る時間を決めたり生活リズムを整えたりしています。乗り換えがあっても、移動中の数十秒のために焦る必要がそもそもないようにしています。

僕は体の関係で自然とこうした考え方になりましたが、メリットがあるのは僕に限らないと思います。それに、東京や大阪の電車だったら大体5〜10分に1本は来る。計画的に1本早い電車に乗るなどして余裕を持つことができれば、時間短縮のためにエスカレーターを駆け上がらなくてもいいはずです。できなくて急がざるを得ない人もいるかもしれないけど、それで他のエスカレーター利用者を押しのけるような行動をしていい理由にはならないと思います。

エスカレーターは「移動スピードを上げるためのもの」というよりは、「誰でも立ち止まったまま、安全で楽に階を上り下りできるもの」だと思っています。「そもそもエスカレーターって何のためのものなんだろう?」と、一度考えてみる機会にできればと思っています。

(構成:J-CASTニュース編集部 青木正典)