ビッグモーターの「黙殺戦略」も、終わりを告げようとしている(編集部撮影)

自動車保険の保険金不正請求問題に揺れる中古車販売大手・ビッグモーター。これまでどんな不祥事や疑惑にも「会見せず」「対応せず」「取材に答えず」の姿勢を貫いてきた同社だが、7月18日についに謝罪のプレスリリースを発表。同日には斉藤国交大臣が聞き取り調査を行う方針であることを明かすなど、「黙殺戦略」も、終わりを告げようとしている。

プレスリリースや企業の声明から、言葉の奥に隠された本音をひもとき、潜む矛盾や不都合を指摘する──。気鋭のPR戦略コンサルタント・下矢一良氏による連載第5回。

終焉を迎えつつある「完全黙殺」戦略

メディアに不祥事を指摘されても、SNSで炎上しても、一切反応しない「完全黙殺」を貫いてきたビッグモーター。この類稀なる「広報戦略」が機能してきたのには、3つの理由があった。

ひとつは「ビッグモーターが非上場であること」。株主総会や決算会見など、経営者が否応なく矢面に立たなくてはならない場面がないからだ。

もうひとつは「メディアが事実の裏取りをしようとしなかったから」。事実確認の取材はかなりの手間と費用がかかる。不祥事の当事者を探し出し、その加害者の証言が正しいことを裏付けるために、さらに複数の証言を得なくてはならない。場合によっては物証も必要だろう。訴訟リスクすら法務部門と検証しなくてはならない。

もし、ビッグモーター自身が一般企業同様に不祥事を認め、真摯な謝罪コメントを発表していたら、どうなっていただろうか。当事者が事実と認めているのだから、メディアは上記のような膨大な手間を要する事実確認をすることなく、記事にできる。ビッグモーターは「完全黙殺」を貫くことで、結果的にメディアに「事実確認取材」というハードルを課し、記事化を防いでいたのだ。

最後は「ビッグモーターの主要な顧客はネットの情報を見ない層であること」だ。ビッグモーターはラジオや新聞の折り込み広告を積極的に用いていた。つまり、主要顧客はこうした媒体の聴取者であり、購読者なのだろう。ネットの情報に接する層であれば、これまでもビッグモーターの不祥事や炎上を目にする機会は少なくなかった。顧客がネットに普段から親しんでいる層であれば、ビッグモーターはネット世論対策として何らかの反応を強いられていただろう。

(関連記事:ビッグモーター不正報道「完全黙殺」成功の諸事情

だが主要顧客はあくまで「ネットにほとんど接しない層」。それゆえ、ネット世論対策など必要なかったのだ。何らかのコメントを出すということは、ビッグモーターにとって、「寝た子を起こす」に等しい所業だったのだ。

このように絶妙なバランスの上で機能してきたビッグモーターの「完全黙殺」戦略だが、今、終焉を迎えつつある。

「完全黙殺」戦略は、何をきっかけに崩壊したのか。そして、今後、ビッグモーターをめぐる報道はどのような展開を見せていくのか。

かつてはテレビ東京の経済部記者として、現在は企業の広報PRを支援している者として、私の取材経験、そして広報PR戦略コンサルタントとしての経験を基に、ビッグモーターが迎えるであろう「極めて近い未来」を予測していきたい。

「会社ぐるみ」の衝撃的な不祥事

7月上旬、各メディアはビッグモーターによる保険金不正請求について、弁護士ら外部専門家による特別調査報告書の内容を次々と報じた。修理費用を水増しして保険金を不正に請求するため、以下のような行為が行われていたという。

・ヘッドライトのカバーを割る

・ドライバーで車体に傷をつける

・ろうそくやサンドペーパーで傷をつける

・ゴルフボールを靴下に入れたもので車をたたいて、傷を拡大させる

・リサイクル品で部品交換したのに、新品の代金を請求

・実際には行わなかった作業を施工したとして請求

しかもサンプル調査の対象となった2717件のうち、44%にあたる1198件が「何らかの不適切な行為が行われた疑いがある案件」として検出されたという。まさに「会社ぐるみ」と呼ぶにふさわしい衝撃的な不祥事だ。

こうした報道を受けて、ビッグモーターは自動車保険の保険金不正請求問題で「当社板金部門における不適切な請求問題に関するお詫びとご報告」と題するプレスリリースを7月18日に発表した。


18日に出たプレスリリース。報道や大臣コメントが影響したか/出所:ビッグモーター公式サイト

このプレスリリースでは調査報告書の全容を公開している。わずか2週間前の7月5日、「特別調査委員会の調査報告書受領に関するお知らせ」と題したプレスリリースでは全部で400字にも満たないほど薄い内容、しかも保険金不正請求に関する報道を知らない者が見たら「何のことか、さっぱりわからない」内容だったのだが、様変わりしているのだ。


一方、超さっぱりしていた5日の「お知らせ」/出所:ビッグモーター公式サイト

私の知る限り、ビッグモーターがこれほど長文の、しかも「まともなプレスリリースの体裁」を取っているプレスリリースを出したのは初めてではないだろうか。これまでは「木で鼻をくくった」かのような文章だったのが、一変しているのだ。

蛇足ながら、約10日前の私の記事で7月5日のプレスリリースの問題点として指摘した「一般には馴染みのない『鈑金』という単語を使っている」「不安を抱く顧客の問い合わせ先すら掲載されていない」という問題点は改まっている。これらの点を見ると、この期に及んで、どこかのPR会社に助けを求めたのかもしれない。

なお、今回のプレスリリースに記載されたアドレスに東洋経済オンライン編集部が質問事項を送付したところ、「当社には、広報部門が存在せず、皆様にはご迷惑をおかけしましたことお詫び申し上げます」との返答があったことも付け加えておく。

ビッグモーターはこの2週間で「悔い改めた」のか?

では、ビッグモーターはこの2週間で「悔い改めて」調査報告書の公開に踏み切ったのか。そうではなく、私は公開せざるをえない状況に追い込まれたと見ている。

前述の通り、この1週間、ビッグモーターに関する調査報告書に関する記事がメディアを賑わせてきた。ビッグモーター自身は相も変わらず、「完全沈黙」を貫いているにもかかわらず、だ。

誰がメディアに情報を流しているのか。情報源は少しでも取材経験のある者なら、一瞬でわかる。情報源は確実に保険会社だと断言できる。しかも、自ら積極的にメディアに調査報告書の内容を「提供」していると、私は見ている。

当事者の口が堅い場合、周辺を洗うのは「取材の基本」だ。ビッグモーター自身が調査報告書の詳細を語らないのであれば、記者は当然、報告書を受け取る立場であり、かつ、ビッグモーターを庇う筋合いのない保険会社に当たる。

私が今回、保険会社が積極的に「情報提供」しているとにらんでいるのは、実に多くの報道機関が調査報告書の内容を詳細に報じているからだ。明らかに保険業界を専任で取材する記者を置いていないメディアまでも調査報告書の詳細を記事にしている。

これこそが普段、出入りしていない「一見の」記者にも情報提供している証左ではないだろうか。保険会社としてもビッグモーターのあまりに不誠実な情報公開の姿勢に、大いなる義憤を抱いているのかもしれない。

ビッグモーターをめぐる報道は今後どうなる?

さて、私は前回の記事でビッグモーターの不正が調査報告書によって認定されたことで、「完全黙殺」の綻びが生じたことを記した。手前味噌ながら、現在のところ、おおよそ想像通りの展開となっている。

(関連記事:ビッグモーター、不正の認定で「黙殺戦略」に綻び)

そこで、ビッグモーターに関する報道は今後、どのような展開を見せるのか。私の取材経験とPR戦略コンサルタントとしての経験を基に予測したい。結論から言うと、今後、ビッグモーターの不正報道ラッシュが起きると見ている。

理由のひとつめだが、今回のビッグモーターの不正は調査報告書の内容が明らかになった今となっては、記者にとって取材しやすい案件ということだ。

というのも、調査報告書の公開「前」であれば、記者は「どの店舗でどんな不正があったか」を最初から調べなくてはならない。だが調査報告書で判明しているだけでも、全体の4割以上の店舗で不正があったという。つまり、どの店舗を取材しても高確率で「不正の実態」にたどり着くことができるということだ。記者としては、調査報告書の内容をなぞるだけでよいということになる。

そして、もうひとつは政府による動きが活発化することだ。ビッグモーターが遅ればせながら調査報告書の内容を公開した日の朝に開かれた、斉藤鉄夫・国交大臣の記者会見でのやりとりに注目したい。

国交省ホームページによると、大臣記者会見で以下の質疑がなされたという。

(記者)

(略)国土交通省としての受け止めと、この事案に対して、対処を検討されているのかについてお聞かせください。

(大臣)

(略)国土交通省としては、今般の報告書に係る事案に関して、道路運送車両法に違反する疑いがないか、今後、同社からヒアリングを行うこととしており、その結果を踏まえ、適切に対応していきます。(中略)もしそういうことがあったとしたら言語道断の話だと思います。我々も直接会社からヒアリングを行って、適切に対応していきます。

ビッグモーターをめぐる報道の今後を占ううえで、この大臣会見で私が着目したポイントが2点ある。

ひとつは記者の質問の仕方だ。記者は「この事案に対して、対処を検討されているのか」と尋ねている。こう聞かれて「特に考えていません」と答える大臣などいない。記者として「調査のうえ、処分を検討する」という答えを引き出そうとする質問、つまりこの問題に「火をつけようとしている」のだ。

もうひとつのポイントは、斉藤大臣が明確に「ヒアリングを行って、適切に対応」すると回答している点だ。しかも「道路運送車両法違反」という具体的な法律まで挙げている。これは大臣が記者に聞かれて、咄嗟に答えられる内容ではない。大臣会見の前に、国交省として厳しい処分を行うという方針が事実上、決まっていると見るべきだろう。

この質問をした国交省記者クラブの記者も官僚に事前取材し、処分の感触を得たうえで、大臣に質問したのではないだろうか。

国交省による調査、そして処分が確定的となった現状。こうなるとメディアの報道連鎖はもはや止まらない。まず「立ち入り調査」がメディアで大々的に報じられることになる。国交省による調査結果と処分内容も同様だ。

国交省による指導には不正請求された被害者への返金も含まれることになるだろう。当然、メディアとしては被害者の声を集めることになる。不正に加担した元社員の声も取材したいところだ。

一切表に出てない兼重宏行社長は、メディアにとって「幻の存在」だ。つまり、その肉声を取れれば「ニュースバリューが高い」ということになる。カメラ前での「初」コメントを求めて、ビッグモーター本社や社長の自宅に張り込む記者も出るかもしれない。

ビッグモーターは極めて難しい局面を迎えるだろう

さらにビッグモーターにとって「不運」なのは、今が7月ということだろう。7月、そして8月はメディアの世界では「夏枯れ」などと言われる季節だ。

夏は企業の新製品発表なども少なく、国会も閉会している。記者にとって、夏は報じる材料が「枯れる」季節なのだ。そんなニュースの閑散期の、今回の不正である。ほかに報じるべき材料が少ないので、おのずと大きく扱われることになる。

しかもビッグモーターの今回の対応はメディアからの「ツッコミどころ」が多い。これだけの大々的な不祥事を起こしたにもかかわらず、処分は「社長が報酬100%を1年間返上」「副社長は報酬50%を3カ月返上」などにとどまっている。誰も辞めず、降格すらされないのだ。

長年、「完全黙殺」によって、危機を顕在化させることを「結果的に」防いできたビッグモーター。だが、いったん開いた「パンドラの箱」はもはや閉じることはない。報道に追い込まれる形で、経営的にも極めて難しい局面を迎えるのではないか。

(下矢 一良 : PR戦略コンサルタント)