宇都宮LRT、8月開業時ダイヤが「控えめ」な事情
宇都宮駅東口に停車する芳賀・宇都宮LRTの車両(記者撮影)
北関東を代表する都市である栃木県宇都宮市。東北新幹線やJR各線が乗り入れる宇都宮駅の東口から2023年夏、黄色い次世代型路面電車「芳賀・宇都宮LRT」が走り始める。
同LRTは、JR宇都宮駅東口から市東部の清原工業団地などを経て、芳賀・高根沢工業団地(栃木県芳賀町)を結ぶ全長約14.6kmの路線。用地取得や工事の遅れなどで開業時期の延期を重ねていたが、2023年6月2日、ついに「8月26日開業」が正式発表された。
全路線を新設するLRTは国内で初の事例だ。宇都宮市の佐藤栄一市長は開業日発表の記者会見で、「具体的な整備に着手して以来、約5年にわたり国内初の新規LRT路線の敷設という誰も経験したことのない事業を進めてきた」とこれまでの経緯を述べ、開業日の選定については同日が“大安”であることから「日柄がよく夏休み中であり、多くの人に楽しんでもらえる」ことを理由に挙げた。
開業当初は「快速」なし
芳賀・宇都宮LRTの起点となるのはJR宇都宮駅の東口に位置する「宇都宮駅東口」停留場だ。東口駅前は、2022年8月にホテルや商業施設などが入る地上14階建ての複合施設「ウツノミヤテラス」、同年11月には交流拠点施設「ライトキューブ宇都宮」の開業などですっかり様相を一新した。LRTの停留場は、JR駅とこれらの施設を結ぶデッキに直結している。
現在はまだホームへは入れないが、すでに駅名標などが整備され、今にも乗客が乗り降りしそうな雰囲気だ。軌道は停留場を出ると広場をカーブし、駅前から延びる大通り「鬼怒通り」(栃木県道宇都宮向田線)を通って芳賀町方面へと向かう。6月からは運転士が路線や車両に慣れるための「習熟運転」も始まった。
宇都宮駅のデッキから見下ろしたLRTのホームと車両(記者撮影)
開業当初の運行は、ピーク時が約8分間隔、オフピーク時が約12分間隔。地方都市の路線としては高頻度だが、これまで市などが示していた運行計画ではそれぞれ約6分間隔、約10分間隔だったため、やや「控えめ」だ。所要時間も計画では普通(各駅停車)で全線約44分、快速は約37〜38分としていたが、開業当初は「目玉」といえる快速の運転はなく、普通の所要時間も「40分台後半」と若干ダウンした。
これらの理由について、運行会社の宇都宮ライトレールは「開業後の一定期間は運賃収受などに時間を要するため」と説明する。運賃は150〜400円で、車内で支払う形式。ICカード利用の場合はすべてのドアから乗り降り可能だが、現金の場合は最前のドアのみで降りる際に支払う。ICカード利用の定着が時間短縮のカギとなりそうだが、同社の担当者は「現金の収受だけでなく、ICカードもこれまで利用する機会があまりなかった人が多いと思われるため、慣れていただくまでは時間を要すると考えている」という。
将来的に運行間隔を計画で示していたピーク時6分・オフピーク時10分にするかは「可能かどうかを見極め、できるように努めたい」(同社)といい、現時点では「絶対に実施するとはいえない」という。
車内にはすべてのドアにICカードリーダーがある(撮影:梅谷秀司)
着工後2回の開業延期
芳賀・宇都宮LRTは2018年に工事着手して以来、これまで2回の開業延期を重ねてきた。当初は2022年3月の開業を予定していたが、用地取得の遅れなどから宇都宮市は2021年1月、時期を1年程度先延ばしすると発表。事業費も、当初の約458億円から684億円(宇都宮市・芳賀町分の合算)へと約200億円増加し、批判の声が相次いだ。
2回目の延期が明らかになったのは2022年夏。今度は一部区間の工事の遅れが理由だった。現場は交差点をまたぐ高架の区間で、市によると橋脚の建設に使う大型機械の調達難や建設作業員の不足などが影響したという。この結果、一度延期した2023年3月の開業も不可能となり、打ち出されたのが「2023年8月開業」だった。
予定より工事が遅れ、開業延期の要因となった野高谷交差点付近の高架橋工事現場=2022年6月(記者撮影)
だが、その後もトラブルが発生した。一部区間での試運転を開始した直後の2022年11月19日、宇都宮駅東口のカーブ付近で車両が脱線。けが人はなかったものの車両は一部が破損し、開業延期こそなかったものの再発防止の対策工事が必要となった。
工事着手後の開業延期はこの2回だが、計画段階から見ればさらに延期を重ねてきた経緯がある。市は2013年3月に「新交通システム」としてLRTの導入を明記した「東西基幹公共交通の実現に向けた基本方針」を策定。佐藤市長は2014年初頭の記者会見で「着工は2016年度を目標、2018〜19年あたりに開業できれば」と述べた。
LRTはインフラを宇都宮市と芳賀町が整備・保有し、開業後の運行は第三セクターの宇都宮ライトレールが担う「公設型上下分離」方式で運営するため、国に「軌道運送高度化実施計画」の認定を受ける必要がある。市・町とライトレールの3者が同計画を提出したのは2016年1月。同年9月に認定され、この時点では2019年12月の開業を目指していた。
だがその後、市は住民への説明の深度化などを進めたうえで2017年度着工、2022年度開業の方針を示し、当初見込まれていた2020年東京五輪開催前の開業は消えた。結果的には、2017年度末となる2018年3月に工事施工認可を受け、同年5月末に起工式、そして6月に本格的な工事が始まった。
かつて宇都宮駅東口にあった2022年度開業予定をアピールする看板=2018年(記者撮影)
予想どおりの需要はあるか
工事の遅れや試運転中の脱線などさまざまなトラブルを乗り越え、開業目前となったLRT。だが、今後も課題は少なくない。
市などが運行計画で示している需要予測は、平日1日当たり約1万6300人。市によると、これは2016年に軌道運送高度化実施計画を申請した際の数値という。コロナ禍により乗客数が以前と同レベルに戻らない鉄道が多い中、LRTの需要予測はコロナ前の数値から変えていない。市の担当者は、「コロナの影響は一過性の部分もあるので、とくに見直しはしていない」といい、「利用促進に向けた働きかけをしていきたい」と話す。
市がウェブサイトなどで公表しているLRTの運営収支は、需要が定着した開業後4年度の時点で年間約1.5億円の黒字化、9年で累積損失の解消を見込む。利用が予想を下回った場合、この見通しを達成できない可能性もある。過去に建設費の大幅増などがあっただけに、これが大きく後ろ倒しになれば新たな批判を招きかねない。マイカー社会の中で、いかに利用の定着を図っていくかが大きな課題だ。
市は駅西側へもLRTを延伸する計画で、2030年代の開業を目指している。沿線地域だけでなく、全国の交通関係者や自治体などの注目を集める芳賀・宇都宮LRT。起点となる宇都宮駅東口停留場の所在地は「宇都宮市宮みらい1番1」だ。今回の開業は、市が進める交通政策、そしてLRTという交通機関が国内に根付くかどうかの、まさに一丁目一番地といえるだろう。
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(小佐野 景寿 : 東洋経済 記者)