ちまたには「がんが消える」と称する食事法や代替療法が多数ある。本当にがんは消えるのか。内科医の名取宏さんは「標準医療以外のいわゆる代替療法で、臨床試験で効果が証明されたものはありません。一方で、きわめてまれながら、がんが自然退縮するケースはあります」という――。
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■「がんが消えた!」体験談はほぼウソ

世の中には、各種がんの標準医療以外に「がんが消える」と称する食事法や治療法が数多くあります。野菜ジュースで、玄米菜食で、塩で、精神統一で、温熱療法で……さまざまな方法でがんが消えたと、WEBサイトや書籍、雑誌、商品の通販ページなどに書かれています。こんなに種類があるのかと驚くほどです。がんが消える食事法がない理由は前回の記事の通りですが、治療法でも同じこと。標準医療以外のいわゆる代替療法で、きちんとした臨床試験で効果が証明されたものはありません。

がん治療は副作用や合併症を伴うことがありますから、自然にがんを消すことができれば、それに越したことはありません。患者さんのみならず、ご家族も、医師も看護師もみんながそう思うでしょう。私だってそう思います。

でも、がんが消えたとする体験談を詳しく検討すると、併用していた標準医療が効いたと考えられたり、もともとのがんという診断が疑わしかったり(別の病気だったのを誤診)、がんが消えたという根拠が不明確だったり(実際には消えていない)、ひどい場合は最初から捏造(ねつぞう)だったりすることさえあります。

■おおむね数万人に1人のがんが自然退縮する

とはいえ、「がんが消えた」という体験談のすべてが例外なく信頼できないわけではありません。「自然退縮」といって、とくに治療をしていないのに、がんが小さくなったり、消えてしまったりすることがあるからです。

それぞれの研究によっても差はありますが、おおむね数万人に1人のがんが自然退縮するとされています。いずれにせよきわめてまれで、正確な数字はわかりません。どのようながんでも自然退縮は起こることがありますが、がんの種類によって報告数には差があり、腎細胞がんや悪性黒色腫や神経芽細胞腫で起こりやすいようです。がんが消えたのちに再発することもありますが、そのまま治ってしまうこともあります。

このように自然にがんが消えることもあると知っておくと、「保険診療外の何らかの治療を行ったあとにがんが消えたという体験談」を聞いたとき、「その治療には効果があるに違いない」という誤った結論に飛びつかずに済みます。その治療が効いたのではなく、自然に消えてしまっただけかもしれません。特定の治療法に効果があることを証明するには、その治療法を行った患者さんと、その治療を行わなかった(もしくは別の治療を行った)患者さんとを比較する臨床試験が必要になります。そうした臨床試験による評価の結果、現時点で最善の治療法だと証明されているのが「標準医療」なのです。

■19世紀末の「コーリーの毒」による治療とは

「がんが消える」と称する代替医療を推す人たちは「標準医療を行う医師たちは、なぜ自然退縮を研究しないのか」などと言います。中には「抗がん剤で金もうけをするために、自然退縮の研究をしないようにしているんだ」といった陰謀論を唱える人もいるのです。

しかし実際のところ、がんの自然退縮は古くから研究されてきました。文献上の最初の言及は、紀元前1550年のエジプトのパピルスにさかのぼるそうです(※1)。近代医学における、がんの自然退縮を利用した治療法としては、19世紀末のウィリアム・コーリー医師が作った「コーリーの毒」がよく知られています(※2)。

当時から、がんの自然退縮は細菌感染後に起きやすいことが知られていました。コーリー医師は、皮膚の細菌感染症である「丹毒」により高熱に苦しめられた後に悪性腫瘍が消えた症例を発見し、患部にわざとレンサ球菌などの細菌を感染させて「丹毒」を起こし、がんを自然退縮させようとしました。しかし感染が起きなかったり、逆にあまりにも強い反応が起きたりで、うまくいきませんでした。19世紀末には、まだ抗菌薬が発明されていません。生きた細菌を使うのは大変危険で、感染が原因で死ぬ患者も出たのです。そこでコーリー医師は、生きた細菌を使うのではなく、細菌を加熱・殺菌した抽出液を治療に使いました。これが「コーリーの毒」です。

※1 The spontaneous remission of cancer: Current insights and therapeutic significance
※2 Dr William Coley and tumour regression: a place in history or in the future

■自然退縮についての症例報告は1800件以上

がんの標準医療で行われる治療といえば、放射線治療、抗がん剤治療が思い浮かぶでしょう。最初に放射線治療が行われたのは、レントゲンがX線を発見した直後の1895年ごろ。最初にマスタードガスを応用した抗がん剤治療が行われたのは、第2次世界大戦後の1946年ごろでした。一方、最初に「コーリーの毒」が使われたのは1893年ですから、放射線治療や抗がん剤治療よりも古い歴史があります。しかしながら、コーリー医師の治療法の効果は不安定で、用量・用法が定まらず、なぜ効くのかもよくわからなかったため、普及しませんでした。

写真=iStock.com/NoonVirachada
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以降、自然退縮を利用した治療法の研究は下火になりましたが、自然退縮の症例報告は続いています。治療を受けている患者さんのがんが小さくなったり消えたりしても、自然退縮なのか、それとも治療の効果なのか区別がつきません。ですが、がんの治療を拒否したり、持病や高齢のために治療を差し控えていたりする患者さんもいます。そうした患者さんの中から自然退縮をした症例が報告されているのです。

がんになっても治療をしていない人の中から、さらに自然退縮が起きるのはとても珍しいことです。ただ、1年間に何十万人もの人ががんになるのですから、自然退縮する人の数はそれなりにいます。宝くじの当たる確率はとても低いですが、それでも全体で見れば高額当選する人もいるようなものです。がんの自然退縮の症例報告は、日本語の文献だけで1800件以上ありました。英語の文献を含めるともっと多くなります。

■新型コロナワクチン後に自然退縮した症例

症例報告では、一般書やインターネットによくある「がんが消えた」体験談とは違って、がんの進行度や診断の根拠が医学的に詳しく述べられています。細菌感染については、清潔な状況で手術が行われ、抗菌薬が使用されるようになり、がん患者さんがひどい感染症にかかることが少なくなったせいか、新しい文献では自然退縮との関連はあまり指摘されていないようです。

大変興味深い症例としては、「新型コロナワクチン接種後に転移性唾液腺がんが自然退縮した」という報告があります(※3)。その患者さんはモデルナ社製の2回目のワクチン接種を受け、発熱や倦怠(けんたい)感といった激しい副反応が出ました。その後、予定されていたがん治療の直前に受けたCT検査で肺の転移巣が縮小していたことがわかり、治療は中止されたそうです。その後のフォローアップでも、治療をしていないにもかかわらず転移巣は縮小を続け、がん組織には免疫細胞が多く観察されました。著者らはワクチンによって刺激された免疫系ががん細胞を攻撃したという仮説を提示しています。

ただし、これは一つの症例報告に過ぎず、ワクチンでがんが治ったと結論づけるのは誤りです。新型コロナワクチンは多くのがん患者さんが接種しましたが、ほとんどは自然退縮していません。でも感染症やワクチン接種後に高熱で苦しい思いをした見返りにがんが治るかもしれないというのは、希望のある話です。

※3 Spontaneous tumor regression following COVID-19 vaccination

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■がんに勝てない「免疫力を高める」代替医療

がんの自然退縮のメカニズムは複雑ですが、少なくともその一部に免疫が関係しているのは確かです(※4)。簡単に言えば、感染やワクチンなどのきっかけで活性化した免疫系が、病原体だけではなくがん細胞をも認識し、対処するようになるのでしょう。この仮説に基づけば、「コーリーの毒」は、がん細胞を攻撃する免疫系を刺激できたときに効果を発揮したと考えられます。

コーリー医師は、免疫療法の先駆者として知られているものの、残念ながら初期の免疫療法は発展しませんでした。私たち人間の体に備わった免疫が、がんを退縮させる可能性は確かにあります。代替療法を行う人たち、ビジネスにしている人たちが「免疫アップ」を売り物にするのは、そのせいでしょう。

でも、やみくもに免疫系を刺激するだけでは、がんを退縮させることはできなかったのです。まして、最近はやっているような「免疫力」を高めると称する代替医療を行ったり、体を温めたり、玄米を食べたりするだけでは、がん細胞に勝てるほど免疫系を活性化させることはできません。

※4 Meta-analysis of regression of advanced solid tumors in patients receiving placebo or no anti-cancer therapy in prospective trials

■肝動脈が詰まって肝細胞がんが小さくなった可能性

自然退縮には、免疫以外の関与もあるようです。私自身は自然退縮した患者さんを診た経験がありませんが、同僚が肝細胞がんの自然退縮の症例報告をしていました。何が自然退縮のきっかけだったのかはわかりませんが、少なくともその症例では特別な食事法や代替医療や感染症やワクチンとの関連はなかったそうです。経過中に発熱はありましたが、自然退縮の前に感染が起きたというより、悪性腫瘍が壊死したことによって起こった発熱であると考えられました。

仮説はこうです。がん細胞は生きているので、酸素や栄養を必要とします。肝細胞がんに酸素や栄養を運んでいるのは肝動脈ですが、動脈硬化や血栓などで自然に動脈が詰まることがあります。この患者さんの場合は、肝動脈がたまたま詰まって肝細胞がんが壊死し、運よく自然退縮したのかもしれません。

心臓の動脈が詰まれば心筋梗塞、脳の動脈が詰まれば脳梗塞と、動脈が詰まると致命的な症状が出ることもありますが、肝臓の正常な組織は肝動脈以外に門脈という血管からも酸素や栄養を受けているため、肝動脈が詰まっても大丈夫なのです。肝細胞がんは動脈だけから酸素や栄養を受けている一方、正常な肝組織は門脈からも酸素や栄養を受けている性質を利用して、カテーテルを通じて肝細胞がんに酸素を運ぶ血管を閉塞させる腫瘍塞栓術は標準治療になっています。

■自然退縮に賭けるのではなく治療を受けるべき

がんが「劇的に寛解した症例」には、「抜本的に食事を変える」「治療法は自分で決める」などの共通点があったと主張する本もありますが、医学論文にはなっておらず、どのくらい信憑性があるかはわかりません。少なくとも医学論文を参照した範囲内では、自然退縮した症例に明らかな共通点は知られていません。

写真=iStock.com/Kayoko Hayashi
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自然退縮が起きる確率は非常に低いため、標準医療を行わず自然退縮だけに期待することは決しておすすめしません。意図的に自然退縮を起こすのは、あまりにも難しいことです。というよりも、意図的に自然退縮を起こすことができれば、それは必ず標準治療になります。また、がんの標準医療を受けた後に、がんが小さくなったり治ったりした場合は自然退縮ではなく治療効果でしょう。

しかし、見方を変えると、がんの標準治療を受けている患者さんたちの中にも一定の割合で自然退縮は起きているけれども、治療効果であると誤認されているのかもしれません。治療を受けるか、それとも自然退縮に賭けるかの二者択一ではなく、標準治療を受けた上で、自然退縮にも期待するというのが、賢い選択だと私は思います。つらいがん治療を乗り越えるためには、希望を持つことも大切なことです。

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名取 宏(なとり・ひろむ)
内科医
医学部を卒業後、大学病院勤務、大学院などを経て、現在は福岡県の市中病院に勤務。診療のかたわら、インターネット上で医療・健康情報の見極め方を発信している。ハンドルネームは、NATROM(なとろむ)。著書に『新装版「ニセ医学」に騙されないために』『最善の健康法』(ともに内外出版社)、共著書に『今日から使える薬局栄養指導Q&A』(金芳堂)がある。
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(内科医 名取 宏)