グーグルが保存に救いの手 カリフォルニアの超ビッグ建造物 もともと何だった? 今や国の史跡
アメリカ西海岸カリフォルニア州の空港には、100年前に作られた空中空母用の巨大格納庫が現存しています。アメリカの国定史跡にも選ばれた建物は現在、巨大企業グーグルの資金協力を得て修復が進められています。
飛行船空母を収容するための巨大施設
2023年2月上旬、2年前に仙台市上空を飛んだ気球と同じような飛行物体が再びアメリカやカナダ上空に出現し、最終的にアメリカ空軍の戦闘機によって撃墜される事態が発生しました。気球も当然ながら航空機の一種であるため、無断で外国上空を飛行すれば当たり前ですが領空侵犯になります。いまでこそ、軍用機というと固定翼機もしくはヘリコプター(回転翼機)を指しますが、100年ほど前には、気球や飛行船も軍用として多用されていました。
離陸のためハンガー・ワンの前をタキシングするNASAのC-141A「カイパー」空中天文台。1982年3月撮影(細谷泰正撮影)。
そのため、北米やヨーロッパの各地には、それらを収容するための巨大な格納庫が多数造られ、いくつかはいまでも見ることが可能です。そのうちの1か所、カリフォルニア州マウンテンビュー市にあるモフェット連邦飛行場には3棟の巨大な飛行船格納庫が残されています。なかでも代表的なものとしてアメリカの国定史跡に指定されているのが「ハンガー・ワン」です。
ハンガー・ワンは第2次世界大戦前の1933年に建設された飛行船用格納庫です。建設された理由は、アメリカ海軍が就役させた飛行船「マコン」(USS Macon)を収容するためですが、「マコン」自体、全長239.3m、胴体直径40.5mある巨人機であったことから、ハンガー・ワンも桁違いの全長345m、幅94mある巨大な建造物となりました。
なお、その高さから風の影響を受けやすく、それを低減するために丸みを帯びた形状をしています。ただ、あまりにも天井が高いので、雨天など気象状態によっては建物内に霧がかかるといわれるほど。ちなみに、飛行船の出し入れを考慮して、格納庫の両端は両開きの巨大な扉になっていました。
巨大かつ古い建物ゆえに国定史跡へ
「マコン」は世界最大級の飛行船として、アメリカ海軍では飛行船空母の名で運用されます。空母というだけあり、複葉戦闘機カーティスF9C「スパローホーク」を5機搭載可能でしたが、飛行隊の主な任務は偵察と哨戒だったといわれています。
ただ、「マコン」は1933年4月に進空したものの、2年後の1935年2月に墜落・喪失し、アメリカ海軍から抹消されます。こうして主を失ったハンガー・ワンはその後、普通の飛行機用格納庫として使われ続けました。
飛行船空母「マコン」。奥に完成間もないハンガー・ワンの姿が見える(画像:アメリカ空軍)。
一方、1930年に海軍航空基地として開設されたモフェット連邦飛行場も、1939年からはNASA(アメリカ航空中局)の前身にあたるNACA(国家航空諮問委員会)の研究所が併設されるようになります。第2次大戦後、同基地には西海岸における対潜哨戒部隊の本部が置かれ、多くの海軍哨戒飛行隊の基地となり、P-2VやP-3といった大型の陸上哨戒機が翼を並べる光景が見受けられるようになりますが、冷戦が終結し、1990年代になると国防予算削減のあおりを受け、海軍航空基地としての役割を終えることとなりました。
その結果、1994年に飛行場の管理はNASAへと移管。今では、カリフォルニア州兵航空隊の救難飛行隊や陸軍予備役部隊が使う地方の飛行場へと姿を変えているほか、IT大手のグーグルが同飛行場の土地400ヘクタールをリースするまでに至っています。
他方でハンガー・ワンについてはあまりにも巨大なため、壊されることなく航空基地(飛行場)の建物として使われ続けた結果、1994年2月には国定史跡の指定を受け、歴史的建造物の仲間入りをしています。
巨大格納庫の修復にグーグルが協力へ
ただ2003年に、同飛行場の近傍に広がる湿地帯の堆積物から有害な化学物質が検出されました。調査の結果、ハンガー・ワンに使われていた塗料に鉛やPCBが含まれていることが発覚。2010年からアメリカ海軍は、建物から鉛やPCB、アスベストなどを除去する作業を始めますが、無害化と建物の修復には多額の費用が必要なことが判明しました。
1983年2月に撮影されたハンガー・ワンの俯瞰写真。周りの建物や自動車と比較してその巨大さがわかる(画像:アメリカ国立公文書館)。
ここで、救いの手を差し伸べてくれたのがグーグルの首脳陣たちでした。同社が協力してくれたことで、資金面での憂いもなくなりハンガー・ワンの修復は順調に進むようになりました。
2023年現在、ハンガー・ワンは作業のために格納庫の外板が全て取り外され、骨組みだけの姿になっています。復旧作業は2025年には完了する予定で、グーグル社はその後60年間にわたり格納庫をリースする予定です。修復が完了した暁には、再びあの巨大な威容を眺めることができるでしょう。
その結果、ハンガー・ワンがシリコンバレーの新たなランドマークになることは間違いないと筆者(細谷泰正:航空評論家/元AOPA JAPAN理事)は想像しています。
ちなみに、冒頭に記したとおり、モフェット連邦飛行場には巨大な飛行船格納庫がハンガー・ワンのほかにも2棟あります。これらは「ハンガー・ツー」「ハンガー・スリー」と呼ばれていますが、この2棟も世界最大級の木造建築物であり、ハンガー・ワン同様、歴史的な価値を有しているといえるでしょう。