同窓会は恋の始まり？憧れの人と再会し、後日ディナーへ。その帰り道、予想外の出来事が…
この世には、生まれながらにして満たされている人間がいる。
お嬢様OL・奥田梨子も、そのひとり。
実家は本郷。小学校から大学まで有名私立に通い、親のコネで法律事務所に就職。
愛くるしい容姿を持ち、裕福な家庭で甘やかされて育ってきた。
しかし、時の流れに身を任せ、気づけば31歳。
「今の私は…彼ナシ・夢ナシ・貯金ナシ。どうにかしなきゃ」
はたして梨子は、幸せになれるのか―？
親に守られ、上司には大切にされ、ぬくぬくと生きてきた梨子。職場の後輩に陰で『ナシ子』と呼ばれたことで、自分を変えようと決意する。まずは、同窓会で出会いを探そうと意気込むが…。
▶前回：「彼ナシ・夢ナシ・貯金ナシ」31歳・お嬢様OLが直面した現実
梨子は、ほろ酔いのまま席を立った。
親友の紀香が、すかさず「待ってよ」と立ち上がる。
「梨子、私同窓会は嫌だって言ったじゃない！行くならひとりで行って…」
紀香に追いかけられるように店の外に出て、梨子はつぶやいた。
「ねえ。同窓会に、彼、来るかな？」
「彼？」
「アンドリュー…」
「ああ、安藤先輩？テニス部だった、梨子の王子様ね」
高校時代の梨子は、学年がひとつ上の安藤、通称“アンドリュー”に夢中だった。
安藤と直接会話をしたことはなかったが、いつも遠くから彼の姿を見てうっとりしていたのだ。
「梨子、かなり憧れてたもんね。私はもう、安藤先輩の顔すら覚えてないけど…」
ただでさえ人数の多いテニス部の、やはり大勢いるダブルス控え選手のうちの1人。思い出せるはずがないと紀香は言う。
しかし梨子は、安藤のことを考えるだけで胸が高鳴るのだった。
「私、同窓会でアンドリューと奇跡の再会を果たす気がする！美しく成長した私を見初める彼に、実は少女のころから憧れでしたと打ち明けるの。気持ちを通じ合わせた2人はめくるめく…」
「そんな少女漫画みたいなこと、起きたら奇跡だわ」
紀香は、梨子と違って冷静な様子で、小さく笑った。
◆
同窓会当日。
梨子は、FOXEYのワンピースにVan Cleef ＆ Arpelsのブラックオニキスピアスとネックレス、Sergio Rossiのパンプスという、お金をかけた清楚系ファッションに身を包んだ。
「仕方ないから一緒に行く」と紀香が言ってくれたので、カフェで待ち合わせてから、2人で会場へと向かう。
会場は、ホテルの大広間。談笑する人々で、すでににぎやかだ。
「きゃー！梨子！？あっ紀香もいるんだ！」
到着するやいなや、同級生たちに囲まれた。みんな、女子高生に戻ったかのようにはしゃいでいる。
「久しぶり。聞いて！この前、紀香の結婚式行ったんだ！感動して泣いちゃった〜」
梨子が言うと、場が色めき立つ。
「へえ！梨子も続いちゃえば？パパと同じ弁護士事務所勤務なら、優良物件たくさんでしょ？」
「しかも職場が丸の内とか最高じゃん」
しばらく話し込んでから紀香に視線を配る。彼女は、早くも辟易した様子だ。
「紀香、大丈夫？」
小声で聞くと、紀香は「ちょっと飲み物を取りに行く」と言って、輪を外れてしまった。
◆
紀香が興奮した様子で梨子のもとへ駆け寄ってきたのは、その数分後のことだった。
「梨子、見つけた」
「え？」
「アンドリューよ。飲み物の列に並んでたら、たまたま目の前にいたの」
紀香に勢いよく手を掴まれ、そのまま安藤のところへ連れていかれる。
「安藤先輩！この子、私の同級生の奥田梨子です」
紀香は、耳元に顔を寄せてきた。
「これは千載一遇のチャンス。しっかりモノにするのよ」
そして梨子に「ちょっとお化粧室に」と言い残し、どこかへ行ってしまう。
― え、紀香、どこ行くの！？
梨子は、突然のことに気が動転する。しかし、とっさに笑顔を作った。
「奥田梨子です」
「安藤隆です。話をするのは初めて、かな。学年も違うから、僕のことなんて知らないだろうね」
はにかんで笑う姿に、テニスラケット片手にさわやかに汗をぬぐう少年の面影が重なる。
「いいえ。実は私、安藤先輩のこと…」
莉子の頭の中では、早くもウエディングベルが鳴り響いていた。
「ええっ！？じゃああの試合の時、梨子さんも見てくれてたの？」
「はい、柱の陰からそっと…」
安藤と昔話に花を咲かせ、梨子は夢見心地だった。
― どうしよう。こんなに順調にいくなんて。
「安藤先輩、今もテニスしているんですか？」
「今は、もっぱらゴルフだよ。仕事で付き合いのある弁護士先生たちとね。そうだ。梨子さんのお父さんって、弁護士先生だったよね？」
「は、はい。ご存じなんですか？」
突然安藤が言うので、仰天する。
― 話したこともない私の情報を、知ってくれてるなんて！すごい…！
「梨子さんのお父さんってさ、ゴルフする？」
「ゴルフですか…？昔はお付き合いでよく行っていましたが、最近は全然ですね」
「そうなんだ。ねえ、ここで再会できたのもなにかの縁だよ。またぜひ会いたいな」
すると安藤は、誰かを見つけたのか「あ、ちょっと失礼するね」と言った。
「これ、僕の名刺。絶対連絡してね」
安藤は名刺を差し出し、足早に立ち去ってしまった。
◆
同窓会のあと、梨子は、先ほど待ち合わせたカフェに紀香を誘った。
「実はあのあと、アンドリューとね…」
安藤とのやりとりを、細かく再現するように話す。
「さっき、その名刺に書いてあった連絡先にメールしてみたの。そしたら、見てこれ」
梨子は、紀香にスマホを見せた。
「ん？ちゃんと返信が来たってわけね？こっそりアンドリューって呼んでたことは言った…？」
「まさか！さすがにそれは言ってないよ。ほら、見てよここ。『今度お食事でもしましょう』って書いてある。どうしよう！好き♡」
興奮が、なかなかさめない。
もらった名刺を目の前でひらひらさせると「その名刺、見せて」と紀香が手を伸ばしてきた。
「ふーん、安藤先輩、あの外資系コンサルのシニアマネージャーなんだ。名刺はハイスぺアピールか、もしくは…」
紀香は、そこまで言って突然口をつぐむ。
「え？なに？」
「ううん、なんでもない」
紀香はなにも答えず、不自然な様子で話題を切り替えた。
数日後。
仕事帰りの梨子は、アンドリュー、もとい安藤隆と、青山のガストロパブのテーブルに向かい合って座っていた。
「じゃあ、梨子さんは日本女子大を卒業した後、お父さんと同じ法律事務所にずっと勤めてるんだ」
「はい。児童書の出版社に行こうかと思ったんですが、就職活動が難しくて…。結局父の勧めで、今の職場に勤めてます。安藤先輩は？」
「僕は今3社目。早稲田を卒業した後、日系の銀行に就職してから他の外資コンサルに移って、そのあと今のポジションに転職したんだ」
2人は、お互いのことを話した。
― まるで、高校時代からの時間を埋めているみたい。間違いない、アンドリューこそ運命の人だ。
デザートのブラウニーを食べ終え、コーヒーを飲む頃には、梨子はそう確信していた。
気づけば、ラストオーダーの時間になっていた。
「安藤先輩といると、時間があっという間に経っちゃいます。もっともっと安藤先輩のこと知りたいです」
「そうだね。僕も、もっと話したいことがたくさんあるよ」
名残惜しくも、お店を出ることにする。
安藤は、梨子が化粧室に行っている間に会計を済ませていた。そして、お店の出口でドアを押さえて微笑んでいる。
― エスコートまでスマート。これは次のデート…いいえ、帰り道で付き合うことになるかも！
梨子は、お礼を言い、店の外に出る。
「アプリでタクシー呼んだから、そろそろ来ると思う」
安藤が言った途端に、本当にタクシーが来た。その手際のよさに、梨子はまたしても感動してしまう。
「さあ、梨子さん乗って。ご実家は本郷って言ってたっけ？運転手さん、僕先に降りるので、そのあと本郷まで行っていただけますか？」
― なんなら今日、両親に挨拶してもらってもいいですよ。なんてね。
梨子はいそいそとタクシーに乗り込んだ。
「安藤先輩、そろそろ私たちLINEを交換…」
タクシーの中で梨子が切り出すと、同じタイミングで安藤も、梨子の方を向いた。
「梨子さん」
先ほどとは打って変わって、まじめな顔つきだ。
― えっ、このふとした間、そしてこのまなざし。もしかして…？
「僕、今の会社に転職したばかりで、すごく大切な時期なんだ。今ある人脈を全部使って、プロジェクトで存在感を出したいと思っている。だから、ぜひ梨子さんには、お父さんの奥田先生を紹介してほしいんだ」
「…え？」
梨子は固まる。自分で思っていたよりも、低い声が出た。
「僕の経歴はさっき話した通りだよ。ぜひよろしくね。あ、運転手さん、そこの交差点で僕降ります。ここまでで一旦、領収書お願いできます？」
― なんだ、そういうこと。
1人タクシーに残った梨子は、LINEを開くと、紀香に顛末を報告する。
『梨子：というわけで、完全に仕事目的。LINEも聞けず恋愛要素ナシでした。失礼しちゃう！』
『紀香：最初に名刺渡してきたって聞いたとき、ちょっと心配してたんだ…。きっと同窓会も人脈作りで来たんだね。アンドリューとお父さん、つなげる必要なんてないからね！』
― 紀香、わかってたのに言わないでいてくれたんだ。
ため息をついたとき、母からの不在着信に気づいた。
電話をかけなおす。
「あ、お母さん？いま帰っているところ。ごはんは外で食べたから大丈夫よ。え、クリスマスピーチがあるの？食べる！デザートのブラウニーが甘すぎて、口直ししたいと思ってたの」
母に桃をむいておいてもらうよう頼むと、梨子は腕を組み、座席に身を沈めた。
― もしかして私、恋愛市場に参加することすら難しいの？
今夜の展開は、梨子にとってまったくの想定外だった。梨子は“アンドリュー”に、現実の厳しさを教えられたのだった。
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恋がだめなら仕事！梨子の暴走に、上司や同僚は…？
