奥野一成のマネー&スポーツ講座(11)〜アルバイトのメリットとデメリット

 前回は、集英高校の野球部顧問を務めながら、家庭科の授業で生徒たちに投資について教えている奥野一成先生から、アルバイトに絡めて、「なぜ日本の時給は上がらないのか」という話を聞いた3年生の野球部女子マネージャー・佐々木由紀と新入部員の野球小僧・鈴木一郎。とはいえ、実際に高校生がアルバイトをするとなった時、選択肢がそう多いわけではない。「時給が高いところを選ぶ」のは難しいだろう。

 野球の次に「お金に興味がある」と公言する鈴木は納得がいかなかった。野球の練習を終えた3人のアルバイト談義は続く。

鈴木「だって、時給が安いからといって、働かなかったら、一銭にもならないじゃないですか。安いと思ったら、僕だったらもっと長い時間、働くことで収入を増やそうと思うだろうな」
由紀「野球をする時間がなくなっても?」
鈴木「それはちょっと......」
由紀「勉強する時間もとれないじゃない」
鈴木「......」

 そもそも高校生のアルバイトの実態はどうなっているのか。SMBCコンシューマーファイナンスがこの夏、15〜19歳の学生1000名を対象に行なった「10代の金銭感覚についての意識調査2022」と題したアンケート調査によると、高校生で「収入はお小遣いのみ」が 52.4%、「お小遣い以外の収入がある」が 28.9%だった。

 ひと月あたりの収入額を聞いたところ、平均 は1万1813 円(1年前より1160円増加)。1カ月のアルバイト代は平均 6961 円(1年前より267円増加)だった。調査では、コロナ禍の2021年より社会活動が活発化して、アルバイトをする若者が増えていると分析している。また、フリマアプリで収入を得ている者も増えていた。

奥野「そもそも、鈴木君はなぜそんなにアルバイトに興味があるんだい?」
鈴木「いますぐ必要というわけではなくても、やっぱりお金はあったほうがいいし。だって働くって、絶対的にいいことなんじゃないですか? 働いちゃダメなの?」

時間は平等に与えられた資産のひとつ

奥野「もちろん、あなたたちと同じ高校生でも、働かなければならない人はいる。家庭の事情で経済的に苦しくて、家族を助けるために、あるいは自分が学校に通い続けるために働かなければならないとしたら、これはもう働くしかない。

 でも、親にちゃんと収入があって、飛びきりの贅沢はできないとしても、子供たちがアルバイトなどで働かずに食べていける環境にあるならば、アルバイトをする前にちょっと考えたほうがいいと思うよ。

 別にアルバイトをするな、と言っているわけじゃないんだ。アルバイトで職業体験をするのは先生も賛成だよ。ただ、時給1000円を稼ぐために、つまり目先のお金を稼ぐことだけを目的にアルバイトをするのは、とてももったいないということを言いたいんだ。

 鈴木君も由紀さんもまだ若いから、時間なんて無限にあると思っているだろう。でも、僕くらいの年齢になるとわかるんだけど、人それぞれに与えられた人生の時間って、案外、短いものなんだ。

 そして、時間は誰にでも平等に与えられている資産のひとつであるのと同時に、この時間をどう使うかによって、将来、自分の得る果実に大きな違いが生じてくる。ここをしっかり考えてほしいんだ」

由紀さん「そもそも鈴木君はどんなアルバイトしようと思っているの?」
鈴木「え? そんなにスキルがあるわけじゃないから、とりあえず飲食とかかな〜」

奥野「飲食だって、本当のプロは高いスキルが求められるのだけれども、おそらく鈴木君が言っているのは、いつもアルバイトの募集をしている、ロードサイドのお店とかだよね。
では、そこで時給1000円のアルバイトをすることが、本当に鈴木君の将来のためになるのかどうかを考えてみようか。

 時給1000円で放課後に3時間働いたとしようか。これで1日あたり3000円の収入を得ることができる。土日は学校がないから、どちらか1日、6時間働くと6000円。1カ月はほぼ4週だから2万4000円。これに平日1週間あたり2日だけシフトを入れるとしたら、こちらも2万4000円。合計で4万8000円の収入になる。1年は12カ月だから、年収は57万6000円というところだね。

 高校生にすればなかなか大金であるように見えるかもしれないけれども、たとえば1年間、アルバイトをせずに英語の勉強を真剣にやって英検1級を取り、翌年、通訳のアルバイトをしたらどうなると思う?

 通訳のアルバイトの時給はだいたい3000円くらいなんだ。ということは、さっきと同じような日数を働いた場合、1カ月で得られる収入はいくらになるかな。そう、14万8000円。年収にすると177万6000円だから、鈴木君が時給1000円のアルバイトを必死にこなしたとしても、あっという間にトータルの収入も逆転されてしまうんだ。

鈴木君「......」。
由紀さん「つまり、需要はたくさんあるけれども、供給の少ない仕事をするのがいいってことですね」

働くことはゲームに似ている

奥野「そのとおり。誰でもお金はほしいんだ。だから、1年後から働いて得られる時給3000円よりも、今すぐ働き始めて時給1000円を得るほうに目を奪われてしまいがちなんだけれども、これが大きな間違いなんだな。

 ちょっと考えればすぐにわかることだと思うんだけれども、目先の時給1000円に大勢の人が集まってくれば、そういう人たちを雇って働かせようとしている側からすれば、多少安い時給でもいいや、ってことになる。時給1000円で大勢人を雇えるとなったら、そのうち950円、900円というように、時給を下げられてしまうことだってあるかもしれないよね。

 でも、持っている人が少ない特殊なスキルを身につけていて、そのスキルを求める人が多ければ、これはもう無敵だよ。何しろ競争相手が少ないし、需要はいくらでもあるから、自分で時給を決められる。ちょっと専門的な言い方をすると、価格支配力を持つことができるんだ。

 これは投資にも一脈通じるところがあると思うな。他の会社がなかなか参入できない領域で高いシェアを握っている会社は、提供する製品・サービスの価格を自分でコントロールできる。つまり激しい価格競争に巻き込まれて、薄利多売に陥らずに済むから、業績が着実に伸びていくし、株価も上がっていく可能性が高いんだよ」

鈴木「あらかじめ決められた時給で働かされるのではなく、自分の武器を磨いて戦略的に働くってことですか」
由紀さん「なんだかロープレのゲームみたい」

奥野「そう思ったら、働くことも、今、勉強することも、少しは楽しく考えられるんじゃないかな。そう、働くってことはある意味、ゲーム的な側面があるのかもしれない。

 こんな言い方をすると『不謹慎だ』と怒る人もいそうだけど、自分というゲームの主人公がいて、さまざまな武器を獲得し、経験値を高めて、より強い敵をやっつける。それはビジネスや社会人生活全般に通じるところがあると思う。

 だから、飲食店で働くとしても、ただ社員から言われたとおりに働くのではなくて、『ここはこういうふうに改善してみてはどうでしょう』というように提案して、それが店舗を変えるきっかけになるような働き方をすれば、職業体験としては将来、きっと何かの役に立つと思うな。

 これ、インターンにも言えることなんだ。最近の大学生は就職活動の前にインターンといって、実際に会社で職業体験をするんだよね。それは会社側からすれば、優秀な学生に目をつけるための場でもあるんだけど、せっかくそういう場があるならば、本気で働いてみてはどうだろうというのが、先生の考えなんだ。

 たとえば建築士になるんだったら、大手建設会社でインターンをするのではなく、小さな設計事務所で働いてみる。大手企業だと、インターンは単なるお客様だけれども、小さな設計事務所は余裕がないから、インターンでも社員と同じように働かせてくれるし、小さい会社だと営業、経理、総務、経営に至るまで、ひとつの会社がどうやって動いているのか、全般を見渡すこともできる。これは実際に社会人になった時、ものすごい武器になるはずなんだ。

 単に使われるのではなく、自ら主体的に働く。そういうクセを身につける機会にできるなら、アルバイト、どんどんやりなさい」

奥野一成(おくの・かずしげ)
農林中金バリューインベストメンツ株式会社(NVIC) 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)。京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2014年から現職。バフェットの投資哲学に通ずる「長期厳選投資」を実践する日本では稀有なパイオニア。その投資哲学で高い運用実績を上げ続け、機関投資家向けファンドの運用総額は4000億を突破。更に多くの日本人を豊かにするために、機関投資家向けの巨大ファンドを「おおぶね」として個人にも開放している。著書に『教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』『投資家の思考法』など。