フリーゲージトレインまだやるの? JRも拒否した30年払拭できぬデメリット 計画は存在
西九州新幹線が武雄温泉〜長崎間で開業しました。ただし博多へ直通せず、途中で乗り換えが必要です。この要因のひとつに「フリーゲージトレインの開発が頓挫した」ことが挙げられますが、軌間を変化させる車両はなぜ実用化できないのでしょうか。
始まりはスペインの国際列車
2022年9月23日(金)、長崎〜武雄温泉間に西九州新幹線が開業しました。しかし博多までダイレクトには行けず、武雄温泉駅で特急列車への乗り換えが必要です。計画時にはこの乗り換えの手間を省くために、新幹線と在来線とで軌間を変更できる「フリーゲージトレイン」の導入が検討されたものの、結果的には実現せず開業に至りました。フリーゲージトレインは実用化できないのでしょうか。
西九州新幹線「かもめ」。計画ではフリーゲージトレインの導入も検討された(画像:JR九州)。
そもそも、なぜゲージ(線路幅)が異なる鉄道があるのでしょうか。鉄道はゲージが広ければ安定性が増し、車両設計上有利です。1838年と昔の話ですが、イギリスのグレート・ウェスタン鉄道は、新幹線などが採用している標準軌(1435mm)を大きく上回る2140mmを採用したほどです。
しかし、大きなゲージを採用すると、トンネルや駅や鉄橋のスペースも大きくなり、建設費が高くなります。こうしたことから、狭いゲージ(狭軌)の鉄道も敷設されました。日本の在来線の1067mmもそのひとつです。
フリーゲージトレインの歴史は国際列車に端を発します。1968(昭和43)年、1668mmゲージのスペインは、1435mmゲージの隣国フランスに、特急列車「カタラン・タルゴ」を乗り入れさせるため、軌間可変仕様のタルゴIII-RDを登場させました。
それまで、スペインとフランスを結ぶ列車は国境で台車を交換していましたが、時間的制約など運行に大きな支障となっていました。そこでタルゴ社は、各軌間に対応した位置で車軸をロックする機構をもつ車両を実用化したのです。タルゴIII-RDが国境付近の駅に設けられた軌間可変装置を通過すると車軸のロックが外れ、変更後の軌間となったら再びロックする仕組みです。
日本でも試験車が製造された
日本は1435mmの新幹線と、1067mmの在来線が混在していますから、「カタラン・タルゴ」のようなフリーゲージトレインは魅力的です。実現すれば特に都市部で新線を建設しなくてもよく、建設費用を安くできます。山形・秋田新幹線のように、大掛かりな改軌や工事に伴う運休を行わなくても済みそうです。
スペイン国鉄のフリーゲージトレイン「タルゴ250」(画像:タルゴ)。
こうしたことから、1993(平成5)年に、住友金属工業がタルゴ社より軌間可変車軸のライセンスを取得し、フリーゲージトレイン開発が始まりました。翌1994(平成6)年より、鉄道総合技術研究所(通称JR総研)も、台車や軌間変換の研究を開始します。
JR総研は1998(平成10)年に、一次試験車両(GCT01)を製造しました。同車はJR山陰本線で100km/hの走行試験を行います。さらに2001(平成13)年、アメリカ・コロラド州にて、標準軌での高速耐久試験も実施します。
この際には、最高速度246km/h、累計走行距離60万km、軌間変換回数2000回を記録。同車は新下関保守基地で軌間変換試験をしつつ、JR日豊本線で最高速度130km/hの走行試験も行いました。山陽新幹線では最高速度210km/hも記録しました。
2006(平成18)年にGCT01は役目を終え、翌年に現在の「四国鉄道文化館」で保存されている二次試験車両が登場します。同車両による走行試験の結果2010(平成22)年、軌間可変技術評価委員会は「軌間可変機構の技術は確立した」との見解を示しました。
重量、最高速度、台車欠損… 相次ぐ問題
2011(平成23)年、JR予讃線で試験走行を開始します。JR四国で勤務していた四国鉄道文化館の加藤館長によると、「高速走行に耐えられるだけの、しっかりとした線路を準備した」とのことで、急曲線目標も達成し、耐久試験は順調に行くかに見えました。
しかし二次試験車は「車両が重く、線路を強化してもなお、負荷がかかり過ぎる」など、問題を抱えていました。先頭車両の自重は45t。同線の在来線特急電車8000系は1両平均36.6t、秋田新幹線のE6系電車は1両平均43.8tですから、かなりの重量級といえます。
フリーゲージトレインの二次試験車両は、四国鉄道文化館に保存されている(安藤昌季撮影)。
一次試験車よりも台車を軽量化したものの、それでも在来線の曲線区間で80km/hしか出せないなど、性能不足は明らかでした。最高速度270km/hを達成し、さらに台車換装も行ったのですが、車軸のぶれが発生する問題もあり、レール側をロングレールにするなどの対策も進めました。
その結果、在来線でも85〜130km/hで曲線走行できるようになり、フリーゲージトレインの技術的な目途は立ったと思われました。
2014(平成26)年、営業運転を見据えた三次試験車両が登場します。この車両では、1両辺り2tの軽量化が図られ、通常の新幹線並みの重量となりました。しかし当初の試験結果は良好でしたが、一部の車軸に問題が発生。改良され車軸の摩耗は1/100まで軽減されたものの、2016(平成28)年になっても問題が完全には解消されなかったため、国土交通省は「西九州新幹線にフリーゲージトレインは間に合わない」との見解を示しました。
近鉄橿原線や蒲蒲線での実現可能性は
また、運行側のJR九州も「車両関連費が通常車両の2倍かかり、年間50億円の負担増では採算性に問題がある」として、フリーゲージトレインの受け入れを拒否しました。ここに、長崎〜博多間の新在直通列車の計画は潰えたのでした。
もし実用化されたなら、北陸新幹線の敦賀開業時に、大阪方面から金沢方面への直通電車としての活用も検討されていましたが、2018(平成30)年にそれも断念されました。結果的にフリーゲージトレインには、「軌間変更に5分かかる(5分あれば乗り換えられる)」「新幹線区間で270km/hしか出せず山陽新幹線に乗り入れられない」「台車の摩耗が激しく、メンテナンスコストが通常の2倍」といった大きな問題が残っていたのです。
九州新幹線の球磨川橋梁を渡るフリーゲージトレインの三次試験車両(2014年11月、恵 知仁撮影)。
「カタラン・タルゴ」と異なり、新幹線は全ての台車にモーターがあり、軌間変換装置を設置する余地が少ないことも、実用化を阻みました。「カタラン・タルゴ」は1668mm⇔1435mmと15%の軌間幅を変換するだけですが、新幹線の1435mm⇔在来線の1067mmは26%の幅を変換することになり、それだけ無理な構造ということもあります。
なお、中国は高速鉄道での軌間変換技術を開発したと主張していますが、これは1524mm⇔1435mmと6%の軌間変更であるとともに、元々の軌間が広いため、軌間変更機器を配置しやすいことが要因のようです。
日本でのフリーゲージトレインは、近畿日本鉄道が京都・橿原線と吉野線の直通運転で、東京圏では計画中の蒲蒲線でも導入が検討されています。困難を極める実用化ですが、新幹線ほどの高速走行を行わない条件下では、ハードルが下がるとも考えられます。今後の研究開発に期待したいところです。