艦齢108歳にもなる世界屈指の現役ベテラン船が2022年9月下旬、横浜に寄港しました。初めて来日したドイツ生まれのノルウェー帆船、乗ってみたら100年前の船とは思えないほど手入れが行き届いており、意外なほどハイテクでした。

ドイツで生まれた当初はまったく違う名前

 今から100年以上前に帝政時代のドイツで建造され、ノルウェー最大の帆船として活躍している「Statsraad Lehmkuhl(スターツロード・レムクル)」が2022年9月12日から15日にかけて横浜港に寄港しました。

 同船は建造当初から主にヨーロッパ周辺の海域で活動しているため、日本の港に入るのはもちろん初めて。今回、横浜港の新港ふ頭客船ターミナル(横浜ハンマーヘッド)に接岸した「スターツロード・レムクル」へ乗船できたので、その様子を紹介します。


横浜港に姿を見せたノルウェー帆船「スターツロード・レムクル」(深水千翔撮影)。

「スターツロード・レムクル」が来日した理由は、19か月かけて地球を一周する航海「ワン・オーシャン・エクスペディション」の一環です。

 2021年8月にノルウェーを出港した同船は、キューバのハバナやアメリカのニューヨーク、ブラジルのリオデジャネイロなどに立ち寄りつつ、南アメリカ最南端のホーン岬を回って太平洋側へと移動。パラオを経由して横浜に寄港しました。ちなみに、その後9月24日には那覇港に入港しています。

 同船は全長98m、幅12.6mの船体に3本のマストを備えた「バーク」と呼ばれる船型で、優美な船首楼が外観の特徴となっています。竣工は1914(大正3)年1月で、建造を手掛けたのはドイツ・ゲーステミュンデ(現ブレーマーハーフェン)の名門造船所ヨハンC.テクレンボルグ。竣工当初の船名は、オルデンブルク大公国の君主フリードリヒ・アウグストにちなんだ「Grossherzog Friedrich August(グローシェルツォーク・フリードリッヒ・アウグスト)」でした。

エンジン使わず風力だけで約20ノットを発揮

 船上に掲げられた銘板は1998(平成10)年に改装工事を行った際に取り付けられたもので、船名は竣工時のものではありませんが、同船を作り上げた造船所の名前も刻まれています。生まれ故郷であるドイツのブレーマーハーフェンと、現在の船籍港であるノルウェーのベルゲンという2つの地名は、第1次世界大戦で戦争賠償としてイギリスを経てノルウェーに渡った同船の波乱万丈な半生を象徴しているように感じました。

 綺麗にチーク材が敷き詰められた甲板からは、「スターツロード・レムクル」が大事に使われることが伺えます。風雨や塩水に晒される木の甲板は劣化のスピードも早く、特に客を乗せて安全に航行するためには、常にメンテナンスし続ける必要があります。船が美しい姿を保っているのは、船員が行う甲板清掃だけでなく、チーク材の張り替えやピッチの交換といった作業が定期的に行われている証といえるでしょう。


ノルウェー帆船「スターツロード・レムクル」の横浜入港の様子(深水千翔撮影)。

 一時期は財政難に直面し、売却の危機に陥った「スターツロード・レムクル」ですが、現在は船員教育やセーリング体験ツアー、クルージング、さらにはノルウェー海軍やオランダ海軍の士官教育などに活用されており、ノルウェーを代表する大型帆船として多くの人に支えられている様子が見てとれます。

 さて、「スターツロード・レムクル」はエンジンを使わず、帆走のみで最高19.5ノット(約36.1km/h)もの速力を出すことができます。パラオから横浜への航海では台風が接近する中、その風を利用して17ノット(約31.5km/h)のスピードで北上しました。

レーダーやAIS、電子海図で安全性もバッチリ

 大西洋向けといえる同船ですが、太平洋の風と波に揉まれつつも順調に航海を続け、初めて乗船した人もマストに登って帆を広げる作業を手伝ったとのことです。ちなみにメインマストの高さは喫水線から48m。実際に作業した人に話を聞いたところ、マストから見る景色が好きで何度も登るようになったそうで、「機会があればまた乗ってみたい」という感想を聞くことができました。

 航海に必要な計器は船尾楼甲板に設置されており、巨大な舵輪やエンジン・テレグラフ、ジャイロコンパスといった構成が船齢100年を超える帆船の雰囲気を魅力的なものにしていました。


ノルウェー帆船「スターツロード・レムクル」の銘板(深水千翔撮影)。

 しかし、それだけで終わらないのが「スターツロード・レムクル」。同船は主機関の交換など時代に合わせて改修を何度も受けており、2019年には帆走中に充電を行うハイブリッド発電機と組み合わせて排出ガス、エネルギー消費、騒音を大幅に削減するためバッテリーも搭載しました。もちろんレーダーや、AIS(船舶自動識別装置)、ECDIS(電子海図情報表示装置)も備えています。

 レトロな航海計器のすぐ近くにはコングスベルグが開発したスラスター制御システムや推進制御システムなどのコンソールが設置され、常に最新技術でアップデートされているということもわかるようになっています。

「スターツロード・レムクル」は那覇港を9月28日に出港した後、石垣島を経由し、フィリピンのマニラに向かいます。ノルウェーへの帰港は2023年4月を予定しているとのことです。青空に映える白い船体を持つ美しい帆船が、また日本を訪れる日が来ることを願っています。