3つのターミナルの「ワンターミナル化」構想を公表するなど、変化のときを迎えつつある成田空港。実はかつて、ターミナルをどう使うかをめぐり、空港内に緊張感が漂ったことがあります。

かつてはANA・JALともに「第2ターミナル」使用

 NAA(成田国際空港株式会社)は2022年9月、利便性向上のため成田空港の3つある旅客ターミナルを1つにする「ワンターミナル」の方針を明らかにしました。もし実現した場合、航空会社ごとにターミナルをどう使い分けるのか、これから議論も進んでいくことでしょう。

 実はいまから20年ほど前、まだ第3旅客ターミナルのない頃、第1、2旅客ターミナルを使う航空会社の再配置を巡り、当時公団だったNAAと航空会社の間でちょっとした緊張がありました。


成田空港(乗りものニュース編集部撮影)。

 航空会社の再配置にNAAが乗り出したのは、2000年でした。前年にANA(全日空)が世界的な航空連合「スターアライアンス」に加盟し、念願だった2本目の平行滑走路も、2002年の供用を目指し建設中でした。

 世界のさまざまな航空会社とコードシェア(共同運航)を行い、マイレージサービスやラウンジサービスなどの提供を連携できる航空連合に加盟したとはいえ、当時、ANAは第2旅客ターミナルを使い、同じアライアンスを組むユナイテッド航空は第1ターミナルに入居していました。

 ANAとユナイテッドはあくまで一例ですが、当時、旅客便の4割近くは共同運航便で、その共同運航便のうち6割以上が異なるターミナルに乗り入れていました。そのため、旅客が迷わないか、間違ってしまわないかといった心配の声が大きくなったのです。

 加えて、当時の成田空港の年間空港利用者数の6割が第2ターミナルを使っているなど、利用率にも偏りが。もし再配置をしなければ、ターミナル間の旅客数の差は将来1.5倍に広がるとされてもいました。――このような将来を鑑み、2000年は再配置へアクションを起こす時だったのです。

ターミナル再配置が難航したワケ

 ただ成田空港のターミナルの乗り入れ先の再配置については、すぐに話し合いがまとまったわけではありません。

 というのも、第1ターミナルはリニューアルが進められていたとはいえ、建設時期は第2ターミナルより14年も前です。また、上空から見ると角張った扇形をしている第1ターミナルは「出発ロビー前の道路がカーブしていて使いにくい」との声もあり、直線的な形状をしている第2ターミナルから移るのを渋る声もありました。


成田空港第2ターミナル(乗りものニュース編集部撮影)。

 そこに航空業界にとっての大きな危機も“向かい風”となります。NAAが引っ越しの最終提案を示したのは2001年5月。その4か月後に起きたのが、アメリカの同時多発テロです。

 これにより、世界の航空便の旅客数は大きく落ち込みました。そのような状況であったことから、「生き残りに力を注ぐ中、先々の計画を今出されても」と、難渋し続けた航空会社も。ターミナル引っ越しは、とうぜん航空会社にとっても引っ越した後の旅客への宣伝費をはじめ、大きな出費をともないます。NAAと航空会社の交渉は緊張感が漂っていたようです。

最終的にはターミナルの振り分け、どうなった?

 とはいえ、第1ターミナルの改修が終わりグランドオープンした2006年6月、第2ターミナルから17社が第1の南ウイングへ引っ越して再配置は始まり、翌年4月に完了しました。


成田空港第1ターミナル(乗りものニュース編集部撮影)。

 振り返れば、成田空港自体の建設が始まったのは1969年。この当時は、世界中の航空会社が国境を越えて業務提携をするとは、予想もつかなかったでしょう。

 もしかするとNAAが構想している「ワンターミナル」は、この再配置で苦労したことも背景にあるのかもしれません。成田空港は現在、2029年3月末までに3本目の滑走路を建設して機能の強化を目指しています。「ワンターミナル」には、将来へ柔軟に対応できる拡張性も盛り込んでほしいと思います。