相続で富裕層による「税金対策」への逆風がにわかに吹いている。1つはマンション節税、もう1つは生前贈与に対してだ(写真:アフロ)

「『節税』も『相続税対策』も打ち出しづらくなった」

ある税理士法人のトップはそう嘆く。今までグレーゾーンだった相続の節税に対し、近年、暗雲が垂れ込め、顧客の資産家から戸惑いの声が上がっているからだ。公式サイトであれほど宣伝していた「節税」などの文字は、いつの間にか目立たなくなった。

 相続に逆風が吹いている。8月8日月曜発売の『週刊東洋経済』8月13日-20日号では「変わる相続」を特集。逆風の最大の理由となった「マンション節税の失敗」と「生前贈与の見直し」について取り上げている。

最高裁判所が”やり過ぎた節税”にNO


1つ目の逆風は、「マンション節税の失敗」である。

衝撃の判決が出たのは今年4月19日。最高裁判所が下したマンション節税をめぐる2件の事例である。相続人がはじいた相続財産の評価額を「低すぎる」として、国税当局が再評価。ともに億円単位の追徴課税を求められた。

これに納得できない相続人は提訴したが、最高裁は国税当局の処分を「適法」と認め、いずれも相続人サイドが敗れたのである。

不動産を活用した節税策はよくあるやり方。土地を評価する際、時価より低い路線価を使うため、不動産を購入して持つほうが現預金を持つより、相続財産を低く抑えられる。それを借金で賄えば、相続時、現預金や土地などプラスの財産から債務を差し引く“債務控除”も利用できる。賃貸用物件ならさらに節税効果は大きい。

ちなみに土地の地価には大きく3種類ある。国土交通省が出す公示地価、都道府県が出す基準地価、国税庁が出す路線価だ。時価(市場価格)に近いのは公示地価で、路線価は公示地価の80%程度の水準。路線価は主要な道路に面した土地が対象で、相続税や贈与税を算定する際に採用される。

いずれにせよ今回ばかりは、節税の程度が極端すぎたようだ。2件とも被相続人は80代から90代とかなり高齢の親で、億円単位の借金をしてマンションを買っていた。うち1件は相続税をゼロと評価し、相続(死亡)後に2棟のうち1棟が売却、現金化されている。

何より決定的だったのは、マンション購入の目的が実需や運用ではなく、“相続税対策”との証拠を残したこと。融資をするにあたって銀行内で回った稟議書には、「相続対策のため不動産購入を計画。購入費用につき、借り入れの依頼があったもの」と、はっきり明記されていた。

そのうえで、国税当局があえて行使したのが、例外規定である。本来、路線価による評価は、ベースとなる財産評価基本通達に基づく(通達評価)。が、同通達の総則6項では、「著しく不適当と認められる財産の価額は国税庁長官の指示を受けて評価する」と例外扱いし、国税庁の個別の鑑定による再評価につながった(鑑定評価)。

実務上では相続財産のうち、土地や家屋などの不動産は全体の4割を占め、最も多い。遺産分割で親族ともめるのも、相続税の支払いで頭を悩ませるのも、たいてい不動産絡みである。


とくに地価上昇時には不動産節税が利用されやすい。購入価格と時価の乖離が大きくなるので、税負担を大きく軽減できるからだ。

2012年からのアベノミクス効果による株価や地価の上昇時には、タワーマンションによる節税(タワマン節税)が増えたとされる。土地より建物の比率の大きいタワマンは、建物部分の評価に固定資産税評価額を使うため、購入価格の20〜30%の水準と、大幅に低くなりやすいからだ。

タワマンは高層ほど高値がつくことから、あえて高層階を買って節税に励むパターンもみられたという。参考までに全国にタワマンは1427棟ある(2021年12月末、東京カンテイ調べ)。

もっとも、相続税の申告において、路線価による評価も債務控除の利用も、一般的な手法だ。仮に、国税当局が今後も例外規定を頻繁に持ち出すようなら、不動産を活用した節税はやりにくくなる。

生前贈与がなくなり、相続も贈与も一緒に?

そして2つ目の逆風は、今後予想される「生前贈与の見直し」だ。

きっかけは2018年末に発表された2019年度税制改正大綱で、「資産移転の時期の選択に中立な制度」を構築する方向で“検討する”と書かれたこと。2020年度にも同様に“検討”と続いた後、2021年度と2022年度で“本格的な検討”へと表現が一段階上がる。「もしかしたら生前贈与がなくなるのでは?」と、税理士かいわいがざわついた。

それを表すのが同大綱で明記された、「相続税と贈与税の一体化」に向け「現行の暦年課税と相続時精算課税を見直す」、との一文だ。

暦年課税(暦年贈与)とは、1月1日から12月31日までの間、年間110万円までなら贈与税が非課税になる、生前贈与の王道である。

一方の相続時精算課税は、累計2500万円まで非課税。こちらのほうが金額は高いが、過去に贈与を受けた財産を相続(死亡)時にはすべて相続財産に加算しなければならず、課税対象になってしまう。贈与された後で評価額が下がっても、相続時には贈与時の価額で課税されるなど、デメリットも多い。ゆえに節税で選ばれるのは多くが暦年課税だ。

さらに、実際には110万円までの非課税枠だけでなく、相続税と贈与税の「税率差」を利用し、税負担を軽減するスキームも見逃せない。

例えば、財産6億円超をそのまま相続する場合、相続税の限界税率は55%。が、これを相続前に4500万円分ずつ贈与すると、贈与税の税率50%で済む。同様に財産4000万円を相続する場合、相続税率は20%だが、400万円ごとに分けて贈与すれば、贈与税率は15%でいい。


つまり、財産を分割して贈与することで、相続税の累進負担を回避でき、多額の財産を移転できるというわけ。早く長く贈与するほど、つまり、まだ子が若いうちから贈与されるほど、大きく節税できる構造になっている。過去のデータを見ても、受贈者(贈与を受ける者)が29歳までの場合、贈与額が2000万円超のほうが、同じく2000万円以下、1000万円以下より、何年も連続して贈与を受けていた、という実績もある。

しかし、こうした手法は格差の固定化につながると、政府はかねて問題視してきた。“本格的な検討”との表記は2年連続で続いている。最短なら2022年末、つまり今年末発表の2023年度税制改正大綱で踏み込んだとしても、おかしくない。

資産移転の時期に中立にするには、贈与税のうち、暦年課税を廃止し、相続時精算課税に一本化することだ。ただし暦年課税の課税人数は36万人と多い(2020年度)。「非課税枠の110万円をなくすのは政治的にいって非常に難しい。額を縮小するのも、そこまでやるのはどうか」と宮沢洋一・自民党税制調査会会長は胸の内を明かす。

現実的にありうるのは、暦年課税でも採用されている、相続加算の期間を延長することだろう。

現状の暦年課税も、相続前の3年間に贈与した財産は、相続時には相続財産に加算されている。これを5年間や10年間に延ばせば、実態は相続時精算課税に近づいてくる。ドイツでは10年間、フランスでは15年間が加算期間になっている。「期間を延ばすのは議論の対象になる」(宮沢会長)。

仮に10年間に延長ともなれば、親の死亡からさかのぼって10年間に行った贈与は、すべて相続扱いになってしまう。暦年課税の節税効果は大きく減殺されよう。

「格差是正」で富裕層から狙い撃ちされる

岸田文雄首相は「新しい資本主義」を掲げている。参議院選挙で勝利し、黄金の3年間を手に入れた今、成長より分配、財政規律の維持など、岸田カラーをこれから打ち出すだろう。マンション節税や生前贈与をはじめ、格差是正を大義に、まずは富裕層から狙い撃つ公算が高い。

ちなみに、米国では遺産税の非課税枠が1158万ドル(約15億円)もあり、課税割合はたった0.2%(日本は8%台)。遺産税に関わるのは超金持ちのみに過ぎない。富裕層から準富裕層、果ては中流層まで、広く相続税を心配する日本とは対照的だ。

今号では、節税“受難”時代に備えたあらゆる相続対策を網羅したので、お盆休みに帰省したら、ぜひ親子で話し合ってみてほしい。


(大野 和幸 : 東洋経済 記者)