「地方に住みたくても住めない」不動産のミスマッチが生み出す不幸 - 中川寛子
※この記事は2020年09月30日にBLOGOSで公開されたものです
地方に人の目が向いているという。各種アンケートでは住替え希望者の増加、地方移住への関心の高まりを示すものがいくつか公表されており、現場ではリゾート物件や空き家、郊外物件への問合せが増えているとも聞く。軽井沢やその他一部地域では売るものがないという声さえあるほどだ。
しかし、地方への住替えを実際の行動に結び付けるために足りないものがある。不動産だ。
地方における賃貸需要のミスマッチ
首都圏など都会に住んでいると、検索ひとつで幅広い価格帯の間取り、広さの物件が探せるのを当たり前だと思っているかもしれないが、日本全体でみるとそんな地域はそうは多くない。首都圏でさえ、ちょっと近郊に行けば賃貸住宅の多くは単身者向けのワンルーム、1Kで、多少あるとしたら新婚カップル向けの2DK、3DKくらいだ。
しかも、たいていはどの物件もほぼ同じ間取りと設備のハウスメーカー製アパートで、和室が中心となっており、築古物件も少なくない。ファミリー向けでは分譲賃貸という選択肢もあるが、そもそも分譲住宅がない地域もたくさんある。都会を離れると住宅、特に賃貸住宅の選択肢は非常に少ないのである。
と聞くと、地方には空き家がたくさんあるのでは? と思う人もいよう。それを使えば一石二鳥、問題が解決するではないかと。残念ながら、そこにも大きな勘違いがある。地方には空き家はあっても貸家はない。これは都会でも同じだが、空き家所有者には困っていない人が多く、空いていても人に貸す、売るという発想がないことが多いのである。
2015年に「解決!空き家問題」という著書を出した縁で、今でも空き家問題に取組む方々、行政に呼ばれて行くことがあるのだが、そこでいまだに問題とされているのは空き家所有者をどう動かすか。空き家活用に関するイベントでは参加者のほとんどが活用したい人で、所有者はいないこともしばしば。空き家を活用して地方に住みたい人に使ってもらえば一石二鳥なのは理論的にはその通りだが、実現には難易度の高いプランなのである。
家賃高くても人気 質を求める借主たち
だが、一方で郊外、地方でも質の高い賃貸物件があれば人は集まる。たとえば埼玉県入間市、駅から歩いて18分ほどの距離にジョンソンタウン(https://johnson-town.com/)と呼ばれる一画がある。かつてこの地にあったジョンソン米軍基地にちなんだ平屋一戸建ての米軍ハウスを中心にした住宅地で、賃料は2020年8月28日現在募集中の約90㎡が18万5000円。
周辺にはそもそもこの広さの賃貸一戸建てはほぼなく、とりあえず一戸建てというなら7~8万円で借りられる。相場からすると非常に高額なのだが、それでもジョンソンタウンは空きが出ると決まるのは早い。住戸のみならず、敷地内のデザイン、設備が優れている上、自宅で営業可、DIY可、大型犬も含めてペット可で、さらにバリアフリーなど他にない要件が揃っているからである。
これ以外にもこれまで取材してきた物件の中には地域の相場からすると高額、あるいは駅から遠いなど、地元の不動産会社には「絶対に無理」と言われながらも人気物件になっている例がいくつもある。コロナ禍でニーズが目立つようになったため、今になって郊外を取り上げる風潮があるが、実際にはこれまでも立地にかかわらず、質の高い物件にはニーズがあったのである。そして今後はもっと広い範囲で、そうした物件が選ばれるようになってくるはずである。
建物を見かけて「ここに住みたい!」
その好例が2020年4月に完成内覧会を開いた福島県郡山市のロカド香久山(http://www.bluestudio.jp/rentsale/rs010955.html)である。郡山駅からは車で12分。元々は奥州街道の宿場町があった小原田という地域に立地、中庭を囲んで3棟、全14戸が並ぶ集合住宅である。
建設するのは賃貸住宅という説明をしていたものの、周辺には賃貸住宅=ハウスメーカーの建物という認識があったためだろう、工事中には高齢者施設じゃないかという声も出ていたそうだ。実際、周辺は高度経済成長期に農地から宅地に転用されてきた地域で、住宅は一戸建てか、単身、新婚カップル向けのアパートの二択。
「家賃に10万円かけるなら家を建てたほうが賢明という地域」とは施主であるトラスホーム(https://www.truss-home.jp/)の古川広毅氏。古川家は江戸時代中期からこの地で農家を営んできており、祖父の代から賃貸住宅経営を開始。世代交代に当たって、これまでの均質で面白味のない賃貸住宅ではなく、地域の価値向上に寄与するものをと、近年郊外、地方で話題の物件を手がけるブルースタジオ(http://www.bluestudio.jp/)と組み、この地にこれまでなかった賃貸住宅を作った。
間取りは42.75㎡の1LDK~66.34㎡の2LDKで、賃料は8~11万円台。隣にある中古アパートよりは2万円高く、新築のハウスメーカーのアパートよりもやや高め、坪単価6000円は郡山の相場では最高値くらいというが、2020年8月現在、コンパクトな1LDK1戸を除き入居が決まっている。
「天井が高く、坪いくらという考えには収まらない空間で、かつ専有部分以外の中庭の価値など現場を見てもらわないと伝わらない部分の多い物件でしたが、今回はそのためのプロモーションがほぼできなかった。それでも、ここまで決まったのは評価されたことと思います」とブルースタジオの大島芳彦氏。
4月の内覧会後の1カ月ほどはコロナ禍のピークでもあり反響が少なかったが、近所のラーメン屋さんに来た人が建物を見かけて「ここに住みたい!」と申込みが入るなど、以降徐々に決まるように。面白いのは周辺の賃貸住宅と異なり、20~60代と幅広い年代の単身~夫婦世帯が入居を決めていること。中には戸建に住んでいるにも関わらず、セカンドハウスとして借りた例もあるそうだ。
地域の相場からすると高め、家を建てるレベルの家賃なのかもしれないが、実際にはきちんと決まっているのである。それに都心の感覚からすれば、このクオリティでこの家賃なら妥当、あるいはお手頃と思える。
地元目線では掘り起こせない地方のニーズ
大島氏はこの、内からと外からの見方、見え方の差を意識していないことが現在の郊外、地方でのニーズを無視した住宅供給に繋がっているという。
「長らくその地域にいる人と外からその土地に来た人では見るモノ、見えるモノは異なることがある。それを意識しないと、その地の良さを活かす、価値を上げることはできないし、外から来た人間を満足させる、地域のニーズを掘り起こす住宅にはなりません」
郊外、地方に目を向ける人が増え、住宅に多くを求めるようになった昨今である、そのニーズに合致した住宅の供給があれば、都心を離れる人も増えるだろうが、現状はまだまだ。古川氏のように地元の論理だけではダメだということに気づく不動産会社、土地所有者が増えなければということだろう。
もうひとつ、人口を増やしたいと考えるなら、行政も同様に不動産の数ではなく、質でミスマッチが起きている点を重要視すべきである。移住のハードルに仕事、収入を挙げる人が多いが、もうひとつ、住宅も大きな要素。土地勘のない土地でいきなり家を買う、建てる人はまずいない。それよりも、借りられる家、トライアルステイを受け入れる住宅を用意するなど、できることはあるはずだ。さらに言えば、このミスマッチは住宅に限ったことではない。それに気づくかどうかが、今後の郊外、地方の差を分けることになろう。