菅政権を早期崩壊に追い込むかもしれない敵基地攻撃能力としての「米中距離ミサイル」配備 - 木村正人
※この記事は2020年09月15日にBLOGOSで公開されたものです
自民党総裁選は安倍路線を継承する菅氏の圧勝
[ロンドン発]自民党総裁選で安倍路線の継承を訴えた菅義偉官房長官(71)が14日、新総裁に選出されました。国会議員票393票と地方票141票(各都道府県3票)の計534票のうち377票を獲得して圧勝しました。16日召集の臨時国会で第99代首相に指名され、組閣します。
菅氏の任期は安倍首相の残り任期である来年9月末までですが、岸田文雄政調会長(63)は89票、石破茂元幹事長(63)は68票にとどまったことから、国政選挙で敗北するなど予想外のことが起きない限り、菅政権が短命に終わることはなくなったのではないでしょうか。
その理由を4つ挙げると――。
(1)ナンバー2の不在
自民党内7派閥のうち5派閥からの支持を集めており、ライバルの岸田、石破両氏への支持が地方票も含め広がりませんでした。
(2)衆参のねじれがない
自民・公明を合わせて参院245議席中142議席(58%)を保有しており、政権基盤が極めて安定しています。参院自民党にかつての村上正邦氏、青木幹雄氏のような「参院のドン」と呼ばれる存在が見当たらず、菅氏に抗える人がいません。
(3)経済政策アベノミクスは維持
日銀による金融緩和は維持。消費税増税について菅氏は「将来的なことを考えたら行政改革を徹底して消費税は引き上げざるを得ない」と発言したものの、一夜にして「安倍首相がかつて、今後10年ぐらい上げる必要はないと発言している。私も同じ考えだ」と軌道修正しました。
新型コロナウイルス・パンデミックによって急激に落ち込んだ経済はこれから回復に向かいます。財政拡大路線が継続される中で、菅氏の仕事ぶりを見ると成長戦略は安倍政権より期待できるのではないでしょうか。
(4)対米関係
日本でもイギリスでも同盟国アメリカの意思に反する外交・安全保障政策を採った政権は必ずと言って良いほど崩壊します。菅氏は安倍外交を継承し、日米同盟を最重視する方針を鮮明にしていますが、アメリカの対中政策が大きくぶれる中、米中間の板挟みになる恐れがあります。
菅氏「外交は安倍首相にご相談させていただく」
菅氏は自民党総裁選の公開討論会で「外交は継続が大事」と強調した上で「安倍首相の首脳外交というのは本当に素晴らしい。そうしたことは私にはできない。安倍首相にご相談させていただきながら行っていくことになる」と発言したことが海外でも報じられました。
衝動的なドナルド・トランプ米大統領とあれだけ良好な関係を築くことができた政治指導者は世界を見渡しても安倍首相の右に出る者はいません。激変する国際情勢を考えると、変なプライドにこだわらず使えるリソースは何でも使った方が賢明です。
しかし、あまりにも正直過ぎる菅氏の発言に海外メディアも驚いたのではないでしょうか。購買力で見たアメリカ経済と中国経済はすでに逆転しており、新型コロナウイルスによる混乱で中国経済と米経済の差はさらに広がっています。軍事力における中国の台頭も侮れません。
安倍晋三首相は11日に安全保障談話を発表。「平和安全法制を成立させ日米同盟はより強固なものとなった。自由で開かれたインド太平洋の考え方に基づき諸外国との協力関係を構築し、わが国周辺の環境をより平和なものとすべく努力してきた」と7年8カ月の実績を強調しました。
そして「イージス・アショアの配備プロセスの停止については代替として取り得る方策について検討を進めている。抑止力を高め、わが国への弾道ミサイルなどによる攻撃の可能性を一層低下させていくことが必要ではないか。今年末までにあるべき方策を示す」と語りました。
「敵基地攻撃能力」とは
首相談話が念頭に置く「敵基地攻撃能力」が菅政権を早期崩壊に追い込む恐れは否定できません。敵基地攻撃能力は表向き北朝鮮の核ミサイルを想定していますが、実は中国とアメリカの間の中距離ミサイルの「ギャップ」を埋めるという隠された狙いがあるからです。
今後、中国は、真っ先に菅氏擁立に動いて流れを作った親中派の二階俊博自民党幹事長や、連立を組む公明党を通じて揺さぶりをかけてくることは十分に考えられます。公明党は、敵基地攻撃能力の保有は専守防衛の原則の形骸化につながるとして強い懸念を示しています。
敵基地攻撃能力とはいったい何を指しているのでしょうか。最新鋭ステルス戦闘機F35による空対地の攻撃能力のことでしょうか。アメリカの中距離ミサイルを日本の国土に配備することではないかと筆者はみています。
2019年8月、アメリカが旧ソ連と1987年に締結した中距離核戦力全廃(INF)条約が失効しました。アメリカが条約から撤退したのはロシアによる9M729ミサイルシステムの開発が表向きの理由ですが、背景には条約に署名していない中国のミサイル増強がありました。
INF条約は射程500~5500キロメートルの地上発射型ミサイル(核搭載を含む)の配備を禁止していました。17年時点で中国人民解放軍ロケット軍は2000発以上の弾道ミサイルと巡航ミサイルを保有しており、中国が署名国ならその95%がINF条約違反でした。
米中距離ミサイルのアジア配備「日本は当然の候補」
米テンプル大学日本キャンパスのジェームズ・ブラウン准教授は英王立防衛安全保障研究所(RUSI)への論評で、アメリカの中距離ミサイルの配備について「公式に提案された場所はないが、日本は当然の候補」と指摘しています。
ブラウン准教授によると、アメリカはグアムに配備できる射程3000~4000キロメートルの地上発射型弾道ミサイルを開発しているとみられますが、精度も費用対効果も高い射程約1000キロメートルの地上発射型巡航ミサイルの場合、東シナ海に接する日本列島が適しているそうです。
1970年代から80年代にかけ、旧ソ連がSS20(中距離弾道)ミサイルを旧東欧に配備したのに対抗してアメリカも準中距離弾道ミサイル、パーシングIIや巡航ミサイルを西欧に配備、「ミサイル危機」と呼ばれました。と同時にアメリカは旧ソ連にINF条約の受け入れを説得しました。
中距離ミサイルのアジア配備にも同じ効果が期待できるという声もあります。河野太郎防衛相は昨年11月、英紙フィナンシャル・タイムズのインタビューで、アメリカがアジア配備を求める中距離ミサイルについて日本がホスト国になる可能性はさして大きくないと語っています。
安倍首相は安全保障談話で「専守防衛の考え方や日米の基本的な役割分担を変えることはない。助け合うことのできる同盟はその絆を強くする」と改めて強調しました。米中距離ミサイルの日本配備を受け入れると言っているように聞こえたのは筆者だけでしょうか。
対中強硬路線を突き進むトランプ大統領と、米中冷戦を否定している民主党候補のジョー・バイデン前米副大統領のいずれが11月の米大統領選で勝っても、中国の経済成長と軍備拡張が続く限り、南シナ海、東シナ海の緊張は高まることはあっても和らぐことはないでしょう。
敵基地攻撃能力を巡る中国のプロパガンダ攻勢と日本国内左派の拒絶反応が予想される中で、菅氏にとって、在日米軍駐留経費問題と並んで、アメリカの中距離ミサイルのアジア配備をどうハンドリングしていくかは大きな難関となりそうです。