クラスター起こしたイケメン人狼 舞台関係者の努力を台無しにする「密」はなぜ起きた - 松田健次

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※この記事は2020年07月22日にBLOGOSで公開されたものです

多くの業種がまだまだ先の見えないコロナに翻弄されて喘いでいる。「人を集める」「人が集まる」ことで成り立つエンタメ、中でも劇場公演はまさにその突端にある。2月、3月から公演中止の波が押し寄せ、4月の緊急事態宣言により完全自粛、5月下旬に自粛解除となって6月から徐々に劇場が開き始め、様々な模索が始まったばかりだ。

ガイドラインに示された観客数の上限(現在はキャパの5割)を確かめながら、何をどうすれば安全に対して「ベター」なのか、関係者はナーバスの渦中にある。

そして、この状況でどうすれば興行の収支が成立するのか。中止にしても経費損失、開催しても収支赤字、行くも退くもマイナスを背負うという声は多い。中には、配信での集客拡大が当たって大きな興収を得たというイベントの話も聞くが、それもまだまだ「水もの」で、一週間ごとに世間の空気が変わり、こうすればいいという指針はすぐにぐらつく。上から下まで手さぐりの様相だ。

いずれにしても劇場公演は多くのリスクを背負った茨の道にある。それでも「中止」ではなく「開催」を選ぶのは、公演を点ではなく線で捉えて将来へつなぐ「投資」の意味を含んだ開催が多いからではないだろうか。

その中で、集団感染を発生させてしまった新宿シアターモリエールでの舞台『THE★JINRO―イケメン人狼アイドルは誰だ!!―』(6/30~7/5)は、果たしてどういう主意で公演開催に至ったのか・・・。

舞台上には同時に13人の出演者

「イケメン人狼」が開催された新宿シアターモリエールはキャパ186名。いわゆる小劇場だ。舞台の間口(幅)は5間で、奥行きは2~3間である。

・幅5間×1.8m→9m
・奥行き3間×1.8m→5.4m

この公演を観た観客のコメントを引用すると、「ステージでは出演者が半円状に13人並んでいて1人1人の間に透明のパーテーションがあり接触を回避していた。しかし舞台では衝立を無視して接触をしていた」という。

つまり「幅9m×奥5.4m」の舞台に13人が半円状に並んだということだ。実際にやってみれば瞭然だが、これは平常時においても舞台上に人がけっこう詰まった状態だろう。

役者と役者の間にパーテーションを置いたというが、マスクをしてない口からセリフが飛び交う空間で、それがどれほどの役割を果たしたのか・・・。イメージとしては「一蘭」状態、黙々とラーメンをすするには「あり」だろうが、役者同士がセリフを交わしあう空間としては難を感じる。NHK「クローズアップ現代」あたりで検証したCG映像を見せてほしい。

「人狼」というゲームを舞台公演として成立させるのにそれなりの人数が必要だったのだろうが、やはり「13人」はかなり無理スジだ。加えて「楽屋が密だった」という報告があり、モリエールの楽屋を自分も見たことがあるが、あの楽屋スペースや裏のスペースに少なくとも13人、スタッフも行き交うだろうし、これは密というより過密である。

出演者を減らす工夫はできなかったのか

他にも、公演中の換気、出演者の体調管理、物販スペースの配慮、出待ちファンの対応など、様々な問題点が上がっている。

そこで思うのは2点――

1、演出変更で(舞台上の)出演者を減らす工夫はできなかったのか?
2、公演そのものを撤退して再検討する対応はできなかったのか?

「1」に関しては、この公演の宣伝ビジュアルを見ればわかるが、複数のイケメン俳優たちがファンを集めるタイプの公演であり、また、人狼というゲームを成立させるのに必要な人数もあって、限られた時間の中で大胆な演出変更は「無理」の部類だったのだろう。

「2」に関しては、例えば公演の内容と規模(演出・出演者数・観客数)をそのまま変えず、劇場を変更して新たにサイズの大きな劇場を借りるという方法だ。経費は加算するが、劇場空間が広がることで安全性を高めるという志向である。

とはいえ、多くの人数が関わる舞台公演を一度中止にすると、出演者&スタッフ&劇場のスケジュールを再調整することは大変で、先延ばしすれば経費もかさんでくる。「1」と「2」の狭間で結局、そのまま決行という雪中行軍がされてしまったのだろうか。

これは「イケメン人狼」公演だけの問題ではない。多少ムリスジでも「開催決行」という選択は、周りを見渡せば今まさにあちこちで現在進行形なのではないか?

落語公演を主催したからこそわかるコロナ対策の難しさ

と、「イケメン人狼」に対してクチバシをつついてしまうのにはワケもあり、自分は書く仕事と共に落語公演を年間10公演ほど企画制作していて、実はこの「イケメン人狼」公演(6/30~7/5)ともかぶる7月4日に東京・霞が関のイイノホールで「お暑いさなかに冬噺~新作でいこう!~」(出演:三遊亭白鳥・柳家喬太郎・林家彦いち・寒空はだか)という公演を主催、同時期の他劇場での出来事に近さを感じてしまうのだ。

内容は違えど、劇場に観客を集めて公演をするという枠は一緒だ。それもあるので、ひとつの別例として、自分が辿った公演開催までのプロセスを書き記しておきたい。

劇場の日程は1年前に予約。出演者のブッキングも1年前に完了。通常であれば前売開始が2~3ヶ月前からだが、今回はコロナの影響を受けて公演中止を視野に入れながら、宣伝と前売を先送りする半端な状態が続いた。

その中で4月~5月の自粛期間中に、「無観客」の「有料ライブ配信」による落語公演が現れるようになり、その選択肢を念頭に置きつつも5月中旬までは開催未定という逡巡の日々となった。

そして、自粛解除の芽が見えてきた5月下旬、「限定数の観客あり」と「有料ライブ配信」を組み合わせた方向で開催に動き、5月25日の緊急事態宣言解除を経て「開催」を決定した。

青空広がる東京上空にブルーインパルスが航跡を描き、河野防衛大臣の自分アピールも尾を引いた5月29日、劇場(イイノホール)側と打合せを実施。先方も観客を入れる劇場公演はこれが最初になるとのことで、公演に向けての安全対策をひとつずつ確認しあうことから準備が始まった。

まだ世間では、幾つかのコンビニがレジと客の間の仕切りに透明ビニールをぶら下げ始めたばかり。放送局などで使われ始めたがっしりとした透明アクリル板は特注品扱い。だが、アクリル板は劇場受付の必需品になるだろうと劇場側がリサーチしたら、製作業者にはどこも注文殺到中で入手待ちになっていた。

入場者の検温用におでこに近づけるタイプの検温器はすでに確保。さらに多くの人を短時間に検温できる、映像感知の非接触型検温システムが導入可能かリサーチ。タイプによって数十万円から百万円台という高額機材だが、これから株主総会のシーズンに向けて導入されるかもしれないという情報が劇場側から差し込まれる。

客席に設ける空席が寂しくならないよう空席にクマのぬいぐるみを置くべきかどうかという話は、落語だけに「熊さん」というシャレが通じる間もなく却下となった。

スタッフが着用するためのフェイスシールドも、いざ入手へ動くと、自粛解除のタイミングで飲食やサービスのあらゆる業種でフェイスシールド需要が集中し、一時期のマスク不足のように売り切れ店が続出となった。しばし確保に手間取ったが必要数を入手しホッとした。

そうして、感染症対策に関わる準備をしながら、

・チケット料金はお釣りが出にくい価格にして当日清算の手間を減らす
・チケットはもぎらず視認する
・入場時の手渡しが通例だった公演パンフやチラシを無しにする
・ロビー物販はしない

などなど、言われてみれば「なるほど」という対応を各方面の他公演から情報を集めてアップデートしていった。

動員は500席から約130席に縮小

チケットの予約受付を開始したのは公演本番2週間前。平時であれば前売開始は最低でも2ヶ月前からなので綱渡りの実施でもあった。

ソーシャルディスタンスの確保により、全体のキャパを500席から約130席に縮小。全席のチケットを主催者が一括で把握できる程度の規模になったことも大きいが、あらかじめチケット予約者全員に「この予約はいつでもキャンセルOKです。キャンセル料は発生しません。その際はどうぞ主催者宛にメールでお知らせください」と伝えていた。

そうして、6月末から7月にかけて東京の感染者数が日に日に増加し始めると、状況不安や体調不安から10名程のキャンセル連絡が続いた。キャンセルは収支の視点で見ればマイナスだが、安全確保の視点で見ればプラスでもあった。

公演当日は、キャパ500名のイイノホールに126名の入場、客席内に映像配信担当のスタッフ4名が常駐する形で、落語公演「お暑いさなかに冬噺~新作でいこう!~」は開催され、結果的に無事に公演を終えることができた。いや、収支は無事ではなかった(半泣)。

とはいえここで、改めて「イケメン人狼」と「落語公演」の大きな違いに触れておきたい。落語は舞台上に演者が1人だ。舞台上に13人が並ぶ演劇的な空間と比べた場合、安全面でのアドバンテージがあることは確かだ。

それでも内心、「もしも何か起きたら」という不安と背中合わせであり、舞台でも客席でも会場ロビーでも目に見えないリスクを恐れながらの公演実施だった。

飛沫ゼロの映画は安全なのでは?

劇場公演は何が安全で、どこからそうでないのか、そんなことを考えていたら下記のランキングができてしまった。うーん、科学性も学術性もさほどない個人的雑想だから、息抜き程度に眺めてみてください。

< 劇場エンタメ 安全度ランキング >

1位  映画          (飛沫ゼロ)
2位  パントマイム      (基本無言だから)
3位  ソロ楽器演奏      (とくに安全なのは虚無僧の尺八)
4位  ストリップ       (客席側に課題多し)
5位  奇術イリュージョン   (テーブルマジックは密なので除く)
6位  朗読          (本が飛沫のシールドになる)
7位  腹話術         (口が半閉じなので飛沫が飛びにくい)
8位  落語・講談・漫談    (ウケるよりスベるほうが飛沫少なく安全性上昇)
9位  浪曲          (三味線を弾く曲師のかけ声少なめで安全性上昇)
10位  漫才          (ツッコミが声を張らないほうが安全性上昇)

11位以下は割愛するが、そこに並ぶであろう演劇や音楽やダンスなど複数の人数を要する公演は、舞台上の人数や演出にいかにして安全性を注いでいけるかという実践の試し合いが続くだろう。すでに現在、パルコ劇場で公演している三谷幸喜の脚本・演出による舞台「大地」は、「Social Distancing Version」と銘打って、セットや役者の動きに3密を避ける工夫を組み込んでいることがアピールされていた。

そうして、劇場エンタメの現場で多くの関係者が闘いを始め、より安全な道を拓こうとしている。それゆえに「イケメン人狼」で起きたことを端折って「なにやら小劇場は危ない」という短絡イメージで括ることを拒否しなければならない。

そこで実際に何をどうしたから問題が起きたのか・・・、その事実を「つぶさに」「つまびらかに」してリスクの在り処を明らかにする。その情報を劇場エンタメに関わる人々が共有する。そういう情報の積み重ねこそが、劇場エンタメ全体のシールドを地道に厚くしていくのだと思う。