※この記事は2018年12月17日にBLOGOSで公開されたものです

「Hagex-day info」のブログで知られるHagexこと岡本顕一郎氏が亡くなってからまもなく半年。6月24日、「ITセミナー講師が福岡で刺殺される」という事件が発生したが、あの事件の被害者である。今年最大の「ネット事件」を挙げよ、と言われればこの件が挙げられるだろう。事件の詳細についてはここでは述べないが、刺殺犯の精神鑑定等も終了し、起訴されることになったほか、遺族の代理人が月命日にあたる10月24日にHagex-day infoを更新し、彼がもし生きていたら9月30日で42歳になったことや、同氏が生前に協力していたNHKドラマ『フェイクニュース』がオンエアされたことなどを報告。

・Hagex-day.infoを読んでくださっている皆様へ
http://hagex.hatenadiary.jp/entry/2018/10/24/132853 

 そして、ライブハウス・阿佐ヶ谷ロフトは、同氏が集めていた世界中のショットグラスを引き取っており、「お店で使ってくださるそうです。お立ち寄りの際はショットグラスで提供されるドリンクを注文してあげてください」と呼びかけた。締めの文章としては、遺族や関係者のプライバシーに配慮してほしい、とのお願いが書かれた。

 これから裁判も続くだろうが、2018年が終わる今、Hagex氏について書いておきたい。当然遺族の了承は取っている。ネット上の諍いから発生した殺人事件としては、恐らく日本では初めてのことだろうと西村博之氏(2ちゃんねる創設者)は事件の直後にツイートしている。


 同氏の仕事はサイバーセキュリティ等に関するもので、それに伴いネットウオッチもしていた。日本ハッカー協会のメンバーでもあり、サイバー攻撃やコンピュータの不正アクセスから身を守る、いわば「ホワイトハッカー」的な活動もしていた。彼のブログは膨大なネットウオッチから得たネタを紹介するほか、ネット著名人をおちょくったりする芸風もあった。

フサフサでイケメンだったHagex氏

 そんな彼と初めて会ったのは2014年5月27日だった。山本一郎氏とともに行っているライブハウス・阿佐ヶ谷ロフトAでの「2014年上半期ネットニュースMVP」にゲスト出演してもらったのだ。同氏はちょうど『2ch、発言小町、はてな、ヤフトピ ネット釣り師が人々をとりこにする手口はこんなに凄い』(アスキー新書)を発刊した直後だった。

 同書はネット釣り師の技術や特徴、そして「釣り」か否かをいかに見抜くかを事細かに書いた書籍ではあるが、「ネットでウケるもの」「ネットで炎上しがちなもの」を分析した書としての読み方もできる。私は同書発売以後、広報やマーケティング関連のセミナー講師をする場合は必ず参考図書として紹介してきた。それだけ同氏の長年にわたるネットウオッチ活動は鋭い分析をされていたのだ。

 同氏からおちょくられて怒っていた人もそれなりにはいるだろう。だが、そこには対象者への過度な罵倒はなく、矛盾点を突いたりする芸風だったようにも見られる。おちょくられた当人からすれば腹立たしいかもしれないが、彼には優しい面が非常にたくさんあった。彼と出会う前年、『秒速で一億稼ぐ男』として与沢翼氏が大ブレイクした。それにひっかけて「中川淳一郎氏は秒速で断酒していただきたい」というブログのエントリーを書いてくれた。私が酒で大失敗を犯してしまった時の話を取り上げ、断酒を勧めてくれたのだ。
http://hagex.hatenadiary.jp/entry/20130820/p10

 見ず知らずの男に対し、普通はこんなことを言えるものではない。その背景には私の普段からの発言や当時小学館と一緒にやっていたメルマガも購読してくれていたとともに、書籍も読んでくれていたことが伺える。今年9月2日、彼と縁のある場所で「偲ぶ会」を行った。約100人が訪れた会だったが、同氏の膨大な蔵書を来場者には形見分けとして渡した。その中には、彼に対してあまり良い感情は持っていないであろう人の本もあった。それを見てヘンな話ではあるが、「茶化すにしても勉強してから茶化していたんだな……」と思ったのだ。だからといって彼による揶揄を正当化する気は毛頭ないが、そうした相手と胸襟を開いて会話する機会が永遠に失われてしまったのはもったいないと感じてしまう。



 それは、同氏と会ったことがあるからよく分かるのだ。前出のイベントにしても、山本氏と私というクセのある二人組を相手に見事な博識ぶりを発揮し続けてきた。私が次々と繰り出すネット上の珍騒動について、的確なコメントを挟むとともに、補足情報もぶち込んでくれる。イベント終了後の楽屋で山本氏が「Hagexとか言っててハゲのブサイクが来るかと思ったら毛もあってイケメンじゃねーかよ!」と言っていたのを思い出す。その後も何度か同氏とはライブハウスでイベントをさせてもらうとともに、今年初頭は新たなるお願いをするに至った。

イベントの後任を快く引き受けてくれた

 山本氏と私は2017年12月の「ネットニュースMVP」をもってとりあえずは同イベントを最後にすることにした。もう8年間もやっており、そろそろこの貴重な場を後進に譲るタイミングだと考えたのだ。また、お互いに仕事が忙しくなり、しかも山本氏は介護や子育てもあるため準備も当日の登壇もキツくなってきたというのも理由だ。

 しかしながらネットの話題をネタに皆で楽しく酒を飲むイベントというものの火は絶やしてはいけない、とも思った。完全にサブカルでアングラ臭のするヘンなイベントではあったのだが、それなりにお客さんは楽しんでくれていたと思う。また、1年間を振り返るという意味でもやる意義はあった。

 そこで、酔っ払った勢いで会場にいた二人の若い女性に「後継者になれ!」と言ってしまい、二人も「やります!」ということになった。それから2ヶ月後、会場と彼女達は交渉を重ねていたようだが、実際に3月末に開催することに至った。勢いで二人を後継者に指名してしまったものの、まだ25歳で大観衆(100人ほどだが)を前に物怖じすることなくできるか、或いは来てくれたお客さんの満足度を高めることができるかが突然不安になった。

 イベントのテーマは変わらず「ネット」だが、この二人ではネタは出せても深い分析をするほどの余裕はないと考えた。日曜夜の番組『Mr.サンデー』(フジテレビ系)でいえば、宮根誠司と椿原慶子はいるものの、木村太郎がいない状態である。やはりここは木村太郎的な人材を一人入れる必要がある。そんな時に様々な人物が頭に浮かんだ。

 火中の栗を拾わせるには徳力基彦氏が最適かとも思ったのだが、徳力氏は私よりも年上だ。せっかく若返りを図ったのだから、自分よりも年齢が低い人の方がいいだろう。それでいてネットの珍騒動にやたらと詳しい人は誰かと考えたらもうHagex氏しか頭にはなかった。そんな中、突如として同氏から新年会をやらないか、というメールを頂いた。前年私が書いた『ネットは基本、クソメディア』(角川新書)に同氏のブログを引用した部分があったのでそのお礼をしたい、とのことだった。いやいや、引用させていただきありがとう、ですよ、こちらからお礼したいですよ、ということで決定。

これまで何度か飲んだことはあったものの、サシ飲みは初めてのことだった。しかし、思いのほか会話は盛り上がり、ネット上の事件やら騒動、さらにはこれからHagexとしてではなく「岡本顕一郎」としての活動を増やし、執筆等にも力を入れるにはどうするか、といった相談もされた。同氏も元々は編集者なわけで、共通点は多い。非常に楽しい飲み会となったのだが、酔っ払って気が大きくなったこともあるのだろう。阿佐ヶ谷ロフトAのイベントに出てもらえないかを打診したのだ。その時のことを同氏は以下のようにブログに書いてくれた。

〈で、飲み始めて30分ぐらい経ったときに、中川氏はオイドンをじっと見て、「Hagexさん相談があるんだけど……さ」と深刻そうに語った。中川淳一郎氏44歳、おっさんだけど瞳はカワイイ、おっさんだけど手が白くて柔らかい…… そしてお金持ち(と推測)。え、もしかしてハゲ子に愛の告白!? と思っていたら、
「いや~ 今度の3月20日にこんなイベントをやるんだけど、出てくんない」とのオファーが!?〉

〈中川氏が指名したのは20代の女性2人。なんでもポプ子&ピピ美に似ているらしい。
しかし、指名したのは良いがちょっと不安になった淳ちゃん。
「若い女性ふたりは面白いけど、木村太郎的なおっさんもいた方いいんじゃねーの?」
と考えているときに、オイドンとの飲み会がぶち当たったわけだ。

中川氏にお願いされたら断るわけにはいかない。「もちろん、OKっす!」と即答。〉
・3月20日「ネットニュース「第1回モヤモヤ王」決定戦」に参戦します http://hagex.hatenadiary.jp/entry/2018/02/21/084004
 その日、私の“後継者”のうちの一人も呼び、Hagex氏と顔合わせをし、あとはもう一人の女性とHagex氏と三人でイベントを作っていった。当日、私は客席から観たが、頑張る若い二人と木村太郎然と解説をするHagexの組み合わせは楽しかった。Buzzfeedのnarumi氏とハフポスの渡辺一樹氏も加わり、「まずはHagex氏に頼んで良かった……」とつくづく思い、打ち上げも後日行った。

 Hagexが亡くなったのはこの2ヶ月後だった。

 そして、以後遺族や職場の同僚や元同僚、関係者、山本一郎氏、otsune氏と幹事団を結成し、9月2日の「偲ぶ会」に繋がる。縁のある人々の追悼スピーチではいずれも彼の能力の高さややさしさを称えるものだった。壁には在りし日の彼の写真が次々と映し出され、会場入り口には遺品が大量に並べられ、各人が持ち帰った。

 2018年6月24日以降もネットでは様々な諍いや珍騒動が多数発生した。そうした件があった時、Hagex-day-infoにアクセスすれば彼の見解が示され、「そうそう!」と膝を叩いたものだが、もうそれはできない。

「ネットウオッチ」というジャンルを仕事にした類稀なる人物の死をここに追悼するとともに、同氏が残したものの大きさを共有したくここにしたためました。安らかにお眠りください。本当に色々ありがとう。