※この記事は2018年10月30日にBLOGOSで公開されたものです

「安くてすぐに酔える」「コスパが良い」と人気を集めるストロング系チューハイ。

1本を飲み終える頃には、しっかり酔えるというお得感がある一方で、これまで飲んでいたアルコール度数3%前後のチューハイと同じペースで何本も飲んでしまい、翌朝、なんとなく頭がボーっとしたり、軽い二日酔い状態になってしまったりした経験がある人も多いのではないでしょうか?

何も考えずこのまま飲み続けると、気づいたらアルコール依存症になってしまうかも…?

そんな不安がよぎり、東京アルコール医療総合センター長の垣渕洋一医師にお話を伺いました。【取材:石川奈津美】

ストロング系チューハイは「新たなアル中御用達」

ここ数年、コンビニの棚でストロングゼロなどを目にする機会がぐっと増えました。

味の種類も柑橘系からビター系までどんどん増え続け、飲料会社が幅広い層をターゲットにしているのがわかります。

サントリーが2017年に行った調査では、ストロング系チューハイが分類されるRTD(Ready to Drink・そのまますぐ飲める)市場は10年連続で伸び続け、過去最大規模に達しています。

また、調査では「宅飲み」が増加していることが明らかになっています。1年前と比較して「自宅でお酒を飲む機会が増えた」と回答した人は30.9%と前年の24.4%に比べ大幅に増加。

さらに、このうちRTD・ビール類を併飲する人で「アルコール度数が高いものを以前よりも飲むようになった」と答えた割合は42.1%(前年39.4%)に達し、「宅飲み」でより高いアルコール度数のお酒を飲む傾向にあることがわかります。

垣渕医師は、「ここ2、3年で患者さんと話しているときにも、ストロング系チューハイの話を良く聞くようになりました」と話します。

「アルコール依存症になる人の場合、元々高価格帯の良いお酒を飲んでいても、飲み続けていくうちにだんだん経済的に苦しくなったり、飲酒量が増えてくると、コスパを意識します。そして、より安いお酒を飲むようになります。

以前から患者さんの話でよく飲むお酒として挙がったのは、4リットルペットボトルの甲類焼酎と紙パックの安価な日本酒の2つでした。つまり、「安くて大容量」のお酒です。

そこに最近、ストロング系チューハイが加わり、アルコール依存症の方の御用達のお酒になっているなという印象です。

ここの病院は開放病棟で外出することができるので、入院中に外出し、近くのコンビニでお酒を買って飲んでしまう患者さんがいるんです。

その後、患者さんから許可を得た上で、買ってしまったそのお酒をお預かりして処分するのですが、ストロング系チューハイが本当に増えました。コスパを意識するため、特にアルコール度数が高い9%が人気ですね」

アルコールで「無礼講」が許されてきた歴史

垣渕医師は、「アルコールは“薬”だということを認識することが必要です」と強調します。

「アルコールには、人間が抑えを効かせている前頭葉の機能を脱抑制するなど、薬理作用があります。不安を取るし、気分は晴れるし、痛みも取れる。つまり、嫌なことを忘れることができるわけです。

日本人は元々「シラフでシャイな民族だ」といわれており、このお酒の作用を使い時々抑制を取って「無礼講」をすることで、普段がまんして生活していることのバランスを取ってきたという歴史があります。

たとえば、会社でシラフな状態で上司のネクタイをつかんで『お前ばかやろう』と言うと、懲戒ものですよね。でも、職場の飲み会でたくさん飲んで酔っ払った後に同じことをしても、次の日、『すみません…覚えていないんです』となると、しょうがないねと許されることがあります。

これは一例ですが、シラフでは言えない本音を、お酒の力を使って相手に伝えることは良い面もあり、一概に「アルコールは飲まないほうが良い」とは言い切れません。

私は、依存症の人が増えた原因の1つは日本が経済的に豊かになったことによって、アルコールの値段が相対的に安くなったことにあると思っています。

昔は今よりも相対的にお酒の価格が高かったので、アルコール依存症まで飲める人というのはある程度裕福ではないとできませんでした。なので、そういった『無礼講』も昔はハレの日など特別な日限定で起こることでした。

でも、今は特別な日以外でも、それこそ24時間いくらでも飲めて好きなときに酔えるようになった。つまり、アルコール依存症という病気が大衆化したのです」。

「なんとなく晩酌」の裏にある心理

ストロング系チューハイではなくても、なんとなく毎日晩酌をするのが習慣になっているのですが、それも危ないのでしょうか…?

「アルコールが薬である以上は、そこに期待している役割、メリットが必ずあるんですね。だから、『なんとなく毎日晩酌』という背景には、自分では意識していなくても、仕事がきついとか、頑張ったからご褒美が欲しいとか、飲むと癒されるといったことへの期待があります。そしてそれは全て、薬が担っている役割なんです。

ただ、こうした“自己治療”として飲酒を続けていくと、週に3日以上で1日に1合以上(清酒換算)飲酒をする『習慣飲酒』になっていきます。

さらに耐性がついていくと、毎日大量の飲酒をする『脅迫飲酒』へと進行し、最終的には起きている間ずっと飲酒をする『連続飲酒』に陥ってしまいます。こうすると、合併症だけではなく、仕事にもいけなくなり、家族関係も崩壊してしまいます」。

いつでもどこでも、気軽にお酒に手が届くようになったいま、アルコール依存症に陥る可能性は多くの人にあるのではないでしょうか。

垣渕医師は、「まず、自分がどれくらい飲んでいるのかという現状を把握して紙に書き出してみるだけでも変わってきますよ」と話します。

スクリーニングテスト「AUDIT」では、現在の自身の飲酒習慣をチェックすることができるそうです。

AUDIT
https://www.asahibeer.co.jp/csr/tekisei/self_check/audit.html
“AUDIT は、6カ国(ノルウェー、オーストラリア、ケニア、ブルガリア、メキシコ、アメリカ)の調査研究に基づいて作成されたアルコール症スクリーニングテストで、人種や性別による差が少ないとされています。 このテストはAUDITのなかでもCore AUDITと呼ばれる10項目の質問にお答えいただき、アルコール依存症や将来の危険性を判定するものです。(”あなたとお酒の関係をセルフチェック!” アサヒビールHP. (参照2018-10-16)

「例えば、ストロング系チューハイ9%のロング缶(500ミリ)に含まれるアルコールの量は36グラム。厚生労働省の指標では、成人男性は1日の目安を20グラムとしているので、1本飲むだけで倍近くオーバーしています。女性だと男性の約半分が目安なので、3倍以上超えてしまっていますね。

全員とは言い切れませんが、これを毎日飲み続けると、耐性がつくスピードは上がりますし、依存度が高くなるまでの期間が短縮される可能性は非常に高いと言えるでしょう」

「飲むのをやめる」のではなく「置き換える」

それでもついつい飲むのをやめられないこともあると思います。どうすればよいのでしょうか?

垣渕医師は「飲酒への依存度を減らすためには、『飲むのをやめる』という意識ではなく、お酒に負わせていた役割をどのように『置き換えるのか』ということがカギになってくる」と話します。

「ストレスというのは元々、物体の外側からかかった圧力で歪みが生じている状態を指す物理学分野の用語ですが、それに対抗してストレスがかかっても病気にならないという能力をレジリエンスといいます。

つまり、依存症になる人はレジリエンスが弱いか、その人のレジリエンスを超えるような苛酷な環境にいるからお酒を薬として使わなくてはいけないという状況です。

そのレジリエンスの力を高めるために、治療では患者さんには自助グループに行っていただいて、シラフの状態で話してストレスを打ち明けてもらうようにしています。そうすると脳が癒されて、お酒を飲まずに家に帰れるようになります。

この置き換え方法は人によって様々です。家族がいて、子供と遊ぶことで仕事のストレスが軽減される人もいる一方で、本当は子供は欲しくなかったけれどもできてしまったという人は家に帰ること自体がストレスという人もいます。実際に、『帰る前にお酒を飲んで酔えば、帰宅後も家族が近寄ってこない』という理由でお酒を飲んでいるうちに依存症になってしまった人もいるぐらいですから。

仕事を頑張った・我慢した場合のご褒美は欲しい。でも、そこでお酒ではない“何か”を行うということが大切です。ジムに行くなど運動にトライしてもいいですし、シラフの状態で愚痴を聞いてもらう相手を見つけるだけでも変わってくるのではないでしょうか」。