AIの前に万引きが消滅する? - 赤木智弘
※この記事は2018年10月21日にBLOGOSで公開されたものです
JR東日本とJR東日本スタートアップは、現在、JR赤羽駅のホームでAIを活用した無人決済店舗の実証実験を行っている。(*1)(*2)
期間は10月17日から2ヶ月程度を予定しており、営業時間は平日のみ10時から20時までとなっている。
近場なので18日に実際に行ってみた。
僕が行ったときは、直接は入れず、一度赤羽駅南改札口側のコンコースで10~20分ほど並び、整理券をもらって店舗の前へ。そこで精算の方法などの簡単な説明を受けた上で、入ることができた。
一度に買い物ができる人数は3人で、入場、精算ともにSuicaを利用している。僕はモバイルSuicaだったが、問題なく利用することができた。
中でSuicaに現金でのチャージを行うことはできないので、あらかじめ買い物できるだけの金額をチャージしておく必要がある。
あまり本格的に買い物をされて、欠品や補充が頻発しては困るためか、カゴなどの用意はなく、商品は手で持つなり、自分のカバンに入れるなりのスタイル。品揃えは「実験店舗」であるから非常に少ない。
並んだ商品を好きに取って、所定の位置で精算機にタッチすれば、手に持った商品が表示され、精算できる。精算のところにはレジ袋が用意されてあった。
僕が店内にいた時間は2分程度といったところだろう。
使ってみた感想としては、実際に使ってみたが、利用前に並ばなければならないことや、品揃えが圧倒的に不足していることを考えるに、今はまだ「そういう体験をするアトラクション」として考えるしかない。
商品を取っただけで、センサーが感知してくれるのは面白いが、有り体に言えばそれだけのことである。最終的にはSuicaをタッチして商品を買うのだから、感覚としては自動販売機と変わらない。
並ぶ時間が短かったのは良かったが、もし1時間以上並んでいたとしたら「時間の無駄だった」と毒づいたに違いない。
これがもし駅構内に1軒しかないKIOSKなら問題発生確定だが、赤羽駅構内には駅構内のショッピングセンターであるエキュート赤羽を始め、大小多くのKIOSKやNEWDAYS、そして駅そばの類があるので、関係のない利用者が特に困ることはないだろう。
さて、ここから本題。
そもそも無人化するだけなら、こんな大掛かりなAI設備は必要だろうか?
単純にキャッシュレスの無人店舗というだけなら、こんなAI設備がなくても十分に実現することはできる。
駅ホームでの実験ということで、同じ駅ホームでの販売であるKIOSKと比較するが、最近のKIOSKには店員と並んでセルフレジが併設されていることがある。
自分で商品についているバーコードをスキャンしてSuicaで商品代金を支払う。新聞など、ごく一部にバーコードがない商品が存在するが、その場合はタッチパネル入力で対応している。(*3)
単純に無人店舗を実現するだけなら、そこから人を排除すればいいのである。これで簡単に無人店舗の完成である。
ただ、そこで問題になってくるのは当然「万引き」である。
我々は万引きを「絶対悪」と考え、万引きが1件でも存在すれば、それはダメという判断を下しがちである。
しかし、店舗を運営する側からすれば万引きは「あることを前提として勘案しておくべきリスク」でしかない。つまり、万引きが発生しようとも、万引きによる損益を予め想定して、それが問題にならない利益が得られているのであれば、その程度の万引きは運営上は問題がないのである。
実際、今のKIOSKは、昔のように店員が見える範囲だけではなく、店のサイドにも商品が並んでいることが多い。
冷えたドリンクなどは、それを取るためにドアを開けると音が鳴る仕組みになっているが、特にそのような仕組みのない場所に置かれている常温の商品もたくさんある。
そもそも、昔と比べれば取り扱いの品も増えて、正面の棚も高くなり、店員の死角も増えている。人通りの多いホームでは、いちいち誰が商品を手に取ったか取らないかを見極めることは不可能だろう。
もちろん防犯カメラなどが設置されているであろうことは言うまでもないが、ある程度の万引きは最初から運営上のコストとして組み入れられているのであろう。
もし、AI設備が、そのあらかじめ組み入れられている万引きのコストと比べて、導入維持費が高ければ、むしろ設置のメリットは無いということになる。
自動販売機が外にあればすぐに襲撃されて中のお金が抜き取られるような地域ならともかく、ひとまず今のところはそれなりに治安の良いと言われる日本において、このAI技術が、万引き抑止のコストよりも安くならなければならないというハードルは思ったより高く、本格導入はなかなか難しいと思われる。
ただ、僕が万引きとAI設備の関係で面白いと思うのは、このような設備が導入された店では、万引き行為が単なる「購買行為」となり、犯罪としては無意味になるという点である。
万引きは、客が店の商品をこっそり服の中やカバンに隠し、精算時にそれを買ったものとして申告しないことによって生じる。 一方で、このシステムが確実に動いたとすれば、客が店の商品を人に見られないように隠して持ち出したとしても、AIがそれを認識さえしていれば、ちゃんと購入物として精算できるのである。つまり万引きという犯罪行為が最初から成立しないのである。
逆に客はAIが買わないものを買ったものと誤認した場合、必要以上のお金を支払うことを避けるために「自分はそれを持ち出していない」ことを証明する必要が発生する。いわば、客と店舗の立場が逆になってしまう。
ひょっとしたらこれを店舗側が悪用し「大量の商品を買った客に、買ってない商品の代金をこっそり加える」ような事件も起こるのではないか。
AI装置が設置された店舗では、むしろ客の側が買った商品を正しく認識して、AIの間違いから自衛しなければならないということになる。
実際、この実験店舗で一番面倒だったことは、精算時に自分の買った商品と精算機で表示された商品が一致するかを確認する行為だった。買った商品はたったの4品だったが、モバイルSuicaを精算機にタッチして、パッと出てきた買ったもの一覧と突き合わせるのは意外と苦痛だった。
もしこれが間違っていれば、自分が万引き犯になりかねないし、逆に無駄にお金を損しかねないのだ。精算のボタンを押す前にちょっと「うっ、本当に大丈夫なのか?」と緊張を感じてしまった。精算の確定を客に任せることは、最初に思っていたより大きな負担であったと、実体験で感じた。
もし間違えて万引き犯になったら、実験店舗の周りにいる多くの関係者に取り押さえられただろう。そしてこの店舗を利用しに来た、新しもの好きや、僕と同じようなライターに写真をバンバン撮られただろう。実際並んでいても「多分関係者だなー」という人が多かった。
実は、このBLOGOSに寄稿されている記事の写真に僕の後ろ姿が写ったりしているのである。(笑)(*4)
脱線はここまで。
一方で「セルフレジ」ではこれが全く気にならない。なぜかと考えてみると、こちらは精算時にバーコードを読み取らせながら、一品一品、自分の好きな順番で、買ったものと認識された商品が正しいかを直接突き合わせて確認できているのである。実験店舗ではこれを一括でやらなければならないから面倒だし、本当にあっているか、いまいち不安なのだ。
僕はこの不安がある限り、AIが買ったものを自動認識する形での無人店舗は流行らないと考えている。
そうした無人店舗ではなく、万引き抑止のシステムとして、セルフレジや有人レジと共用する形で、客に一品一品確認の上で精算しながら、最後に店を出る手前で「この商品の精算をお忘れではないですか?」とカバンに入れた商品を精算させるような運用になる可能性の方が高いのではないだろうか。
格差問題側から見ると、こうしたAIによる様々な無人化を、就労先を失わせる「格差の増大要素」として警戒してしまう部分もあるのだが、商品の補充や細かい部分の清掃などに人手はこれからも必要になるだろうし、僕自身はあまりそれを気にしても仕方ないと考えている。
それよりは、技術の発展が人々の生活をどのように変化させていくか。それをできるだけ読み解いていきたいと考えている。
*1:AIを活用した無人決済店舗の実証実験第二弾を赤羽駅で実施(JR東日本スタートアップ株式会社)http://jrestartup.co.jp/news/2018/10/379/
*2:JR赤羽駅ホームで無人店舗の実証実験 バッグに商品を入れてもAIが認識(エキサイトニュース)
*3:KIOSK セルフレジの使い方講座(エキナカポータル)https://www.j-retail.jp/brand/KIOSK/kessai/self_regi.html
*4:赤羽駅のハイテク売店に行ってきた~人工知能は人手不足を救うか(上伊由毘男 BLOGOS)http://blogos.com/article/332616/