※この記事は2018年09月14日にBLOGOSで公開されたものです



男と女が夜通し痴話喧嘩を続ける、延々とののしりあう、ああ言えばこう言い返す、不毛な饒舌が止まらない、という映画「ウルフなシッシー」。この痴話喧嘩が陳腐でつたない直情的な言葉の横溢であれば、最後まで観ることはなかっただろう。

だが、男女互いに言葉の限りを尽くして吐き出す「ののしりあい」は、見始めたら目を逸らせなくなる。飛び交う言葉は他人事ではなく、不意に観る側をも突き刺す。痛い、この痛さのぶん笑いが貼り付いてくる。痛みと可笑しみの表裏一体。厄介だ。何しろ笑うたびに「おまえホントに笑えるのか」とブーメランが返ってくる。

この面白さは手放しで誰彼と勧められる類ではない。もしハマらなければ、嫌悪感だけをもたらす悪趣味な小品と言われそうだ。しかし、ハマればこの「ののしりあい」が、アンダーグラウンドな闇フィールドでひっそり開催される現役ののしり王者同士による決戦を、特等席で鑑賞するかのような時間が待っている。繰り返すがその鑑賞は、観る者に痛みと可笑しみを延々と食らわせる。

作品の概要を公式サイトから引く。

< 映画「ウルフなシッシー」公式サイトより INTRODUCTION >

愛なんて幻よ、夢はクソ。
前代未聞、80分ノンストップ泥酔エンタテインメント!

前作『さいなら、BAD SAMURAI』でカナザワ映画祭新人監督賞を受賞した大野大輔監督最新作。 またもや大野大輔が自ら主演し、近年、映画での活躍が著しい根矢涼香 (『獣道』『少女邂逅』等)と破局寸前の恋人同士を演じている。

果てしない敗者たちの泥試合。決して他人事ではない身につまされる会話。

お互いをなじり、なぐさめ、嫌悪し、求め、終わらない舌戦を繰り広げた愛すべきダメカップル2人の姿は、昨年度のTAMA NEW WAVEコンペティションの観客を魅了し、見事、グランプリ・ベスト女優賞・ベスト男優賞の3冠受賞という快挙を果たした。

2018年9月15日(土)、満を持して新宿K‘scinemaにて劇場公開!

https://aoyama-theater.jp/feature/if_sp_oono
なお、公開館である新宿K‘scinemaのサイトには「世紀の80分間ノンストップ痴話喧嘩!」と惹句が踊る。
< 映画「ウルフなシッシー」公式サイトより STORY>

とある秋の夜。小劇団所属のフリーター・アヤコは舞台オーディションに落選した憂さを晴らそうと親友・ミキと小洒落たバーにいた。ミキの婚約話を肴に酒席が盛り上がる最中、アヤコの“破局寸前”の彼氏でAV監督の辰夫が呼んでもいないのに姿を現す。空気の読めない辰夫によって険悪なムードに陥る3人。やがてミキが去り、泥酔したアヤコと辰夫は互いの不満を罵詈雑言と共に吐き出していく……。
上映時間は79分。映画の前半部で主人公である若い男女、マイナーな演劇オーディションにも見放される売れない舞台女優アヤコと、スカトロなどの癖(へき)に特化したAV監督を生業とする辰夫の人物背景を描き、このふたりが喧嘩に至る導火線が引かれる。

なので「80分間ノンストップ痴話喧嘩」は、正確には、辰夫がアヤコの気持ちを逆なでる、ある行為をして、アヤコが(大魔神覚醒のごとく)憤怒に充ちた「眼」でスクリーンを射貫く強烈なアップを見せたとき、ここをバトル開始のゴングとすれば「44分間ノンストップ痴話喧嘩」だ。

このバトルゾーンに突入すると、容赦なくギアは変則を開始し、アップダウンの予測がつかないジェットコースターに乗った状態となる。
< 映画「ウルフなシッシー」より >

アヤコ「まず、きょうのこと謝ってよ真剣に」
辰夫「ごめん」
アヤコ「何に?」
辰夫「(アヤコの居場所を突き止め押しかけた)GPSでしょ」
アヤコ「食事会をぶち壊したことだろ、まず最初に」
辰夫「ああ、すんません」
アヤコ「自分の口で言ってよ」
辰夫「ええ、きょうは」
アヤコ「正座」
辰夫「(正座して)ええ本日は、オノアヤコさんと…」
アヤコ「オオマベップ、オオマベップミキ。旧姓はクラタ」
辰夫「オオマベップミキさんとアヤコの食事会を、GPSを駆使して乱入し、ぶち壊してしまいました。大変申しわけない」
アヤコ「あとスカトロな」
辰夫「ああ…、一般の女性に向けてスカトロを口に出して…あぁ(笑)、(スカトロを)口に出すじゃねえ(笑)」
アヤコ「笑ってんじゃねえよ」
辰夫「ええ、スカトロという発言をしてしまいました。ホントにすみませんでした」
始まった。ここから44分間、延々ノンストップで痴話喧嘩だ。互いの言葉尻を掴み、ドツボの底に手を突っ込み、沈殿した汚泥を握りしめ、苛立ちで固めてぶつけあう。

そんな身も蓋も無い言葉の合間に、痴話喧嘩ならではの情がふと漏れるような言葉も挟まれる。だがそれも束の間、返す言葉でもろく吹っ飛ぶ。
< 映画「ウルフなシッシー」より >

アヤコ「…感謝してるよ」
辰夫「ふん、深夜に瞳孔開いた状態で言われてもね」
アヤコ「辰ちゃんだってあたしといても何も得しないでしょ。減るもんばかりでさ」
辰夫「いや、その自覚があるならさ、そう思ってんだったら、(役者の)夢捨てる前にパチンコ捨てろや」
アヤコ「は? ちょ、待って、今その話じゃなくない?」
辰夫「いいや、一番深刻な問題そこだろ。俺と別れんのも役者やめんのも、おまえが好きでそうしたいなら、そうするべきなのかもしんないよ、俯瞰で見ればな。でもな、でもな! 依存症抱えたままじゃ、どこで何やったって結果同じだろ」
アヤコ「ちょっと待って、あたしがパチンコ中毒って言いたいわけ?」 辰夫「きょうも行ったろ」
アヤコ「は? オーディションだったって言ってんじゃん、きょう」
辰夫「オーディション終わったの何時だよ、オオマベップさんとすぐ会ったわけじゃねえだろうがよ」
アヤコ「かっ、取り調べされてるよ…(パチンコ行ったの)あの2~3時間ね」
辰夫「ほらな、ほらな、匂いでわかるよ。おまえの服に2~3時間分のヤニがしみついてんだよ」
アヤコ「1円台だもん」
辰夫「だもんじゃねえじゃん、気休めだろそんなの。パイポにもなってねえよ…勝った?」
アヤコ「あ?トントン。時間つぶしてただけだから」
辰夫「出た出た、中毒だ中毒。ふつうの人間なら時間つぶしに喫茶店とか本屋行ったりするんだよ」 
アヤコ「バイブガン見してる人間がふつうとか言うなよ」
辰夫「バイブ?」
アヤコ「見たんだよ。三回目のデートでアルタ前集合して、早めに着いたらおまえアダルトショップでバイブの品定めしてたべ」
辰夫「覚えてねえけど」
アヤコ「あんたはあんたで中毒じゃん」 
辰夫「おれは中毒じゃねえよ、職業病だよ」
アヤコ「病気は病気でしょ」
辰夫「オレはその病気で飯が食えてんだよ。おまえの病気は金も時間もムダにしてんだろ」
ねちねちとマウントを取りあいながら、ふたりの攻守はめくるめく入れ替わる。こうして夜を徹して、アヤコと辰夫がののしりあい、ディスりあいのスパイラルを展開する。互いに繰り出すフレーズが、何と言うか、相手の急所によく刺さるよう執拗に研磨されていて、1ターンごとに互いの臓腑にぶすっと刺さる音が聞こえてくるようだ。

なお、引用した台詞は氷山の一角だ。この氷山には負の名言がざくざくと埋まっている。脚本は監督と主演も務める大野大輔。よくもまあこれだけの罵詈雑言を数珠つないだものだ。このフレーズのキレと構成がこの痴話喧嘩を揺るぎないエンターテインメントに引き上げている。

そして、劇中フレーズが不意に観る側も突き刺して来るから面倒きわまりない。安易に「面白い」と言いきれない。言えるなら「笑える、けど、覚悟したほうがいい、覚悟を、覚悟覚悟」だろうか。とくにアヤコと辰夫の同世代となる20代後半~30代には要注意だ。笑ってるうちに身につまされてメンタルをやられるかもしれない。

だが、夜は明けて朝が来る。朝は必ず来る。スーパーボランティアの精神とは程遠いが、そういう映画だ。この一夜を乗り越えたとき、アヤコと辰夫と自分自身がどうなっているか。これはもう…。

わずか2週間の公開期間を見逃すな

2018年の日本映画を代表する二作、「万引き家族」は社会の底辺で結びつくしかなかった疑似家族を通して現代に向きあった。「カメラを止めるな!」は低予算にひるまない創作熱で映画界に一大奇跡を起こした。

この2作の肝である「底」とか「低」を「ウルフなシッシー」はどちらも内包してたりする。公開はくしくも「カメラを止めるな!」と同じ新宿K‘scinema。上映期間は9月15日(土)~28(金)とわずか2週間。しかも1日1回の19時上映のみ。限られた場だが、アヤコと辰夫の一夜の行方を見届け、「ののしりあい」と「罵り愛」の歪んだ狭間に身を置くことは、閉塞感とか不寛容とか格差とか、そういう七面倒に覆われた同時代ならではの映画体験になるだろう。

「カメラを止めるな!」が起こしたインディーズの旋風が、「ウルフなシッシー」などの他の低予算映画にも追い風をもたらすのか。「ウルフなシッシー」はその風を受けるに値する作品だ。2017年TAMA NEW WAVEコンペティション「グランプリ」「ベスト女優賞」「ベスト男優賞」の3冠受賞という高評価を信じていい。アヤコ役の根矢涼香、辰夫役の大野大輔、どちらもクセとクソにまみれた役をリアルな輪郭で描き出している。

<追記>
「ウルフなシッシー」――、このタイトルが飲み込みづらければ「カメラを止めるな!」よろしく「痴話ゲンカを止めるな!」をサブタイトルや通称にしても、時期的には許されるだろう。