ハーバード大でも「入試差別」? 東京医科大との比較で考察する - 中野円佳
※この記事は2018年09月13日にBLOGOSで公開されたものです
ハーバード大と異なり東京医科大に弁解の余地はない
アジア系米国人の団体がハーバード大を相手に起こした民事訴訟に対して、米司法省は8月30日、ハーバード大の入学選考はアジア系米国人を差別しているとの訴えを支持する意見を示した。折しも、日本では東京医科大学が女子生徒や浪人年数の多い生徒を減点していた報道があったばかり。
何となく日本の医学部の問題に対して「なんだ、ハーバードでもやってるんじゃないか」「世界中どこも同じ」という空気が流れていないだろうか。この見方には、まず第一に司法省はアジア人の入学が過度に難しくなっていると判断した格好で、ハーバードがやっているからといって是認されるものではないというのが一つ。
これに加えて、この二つの問題は似たように見えてまったく別の性質を持っていることを指摘したい。ハーバードにアジア人が入りにくくなっているというのは、ダイバーシティを確保し、また大学入試段階に至るまでの様々な機会の不平等などに配慮したうえで、アフリカ系やヒスパニックなど、その他のマイノリティに対するポジティブアクションの結果である。これが「逆差別」になっているというものだ。
これに対して、日本の医学部の入試問題は、逆差別ではなく完全にマイノリティ側に対する純粋な差別であり、多様性の面では悪化させる方向にしか働かせないという意味では弁解の余地がないと思う。私もハーバードや米大学のアジア人に対するバイアスを支持するつもりはないが、日本の状況は比べようもなく恥ずかしい"ジェンダー後進国ぶり"を示していると思う。
正直に言って、これほどあからさまな差別が残っていることに衝撃を受けた。まるで、2014年前後に始まる数々の女性活躍関係のシンポジウム、ダイバーシティ推進関連のうねりが全くなかったパラレルワールドが存在していたかのようだ。
「意識的な差別」があからさまに残っていたことに痛恨の思い
私は、2015年に新聞記者を辞めてから、しばらく「女性活用ジャーナリスト」を名乗って発信をしていた。2012年末に立ち上がった安倍政権が女性活用(のちに女性活躍、1億総活躍、働き方改革と呼び方や方針が変わっていくが)を打ち出していたこともあり、その政策を批判的に見ることも含めて自分の役割と思っていた。
女性活躍推進法が施行される2016年4月ごろまでは、メディアも企業もこぞって女性活躍系のシンポジウムや特集を組んでおり、様々な議論に私も参加させてもらった。しかし、当初浮上していた「どうして女性を活躍させないといけないのか」といった初歩的な問いは徐々に愚問となっていき、あとは実際にどのように「男性が履いているゲタ」を女性にも履いてもらうかの実践に焦点は移っていったと思っていた。
その過程で、ダイバーシティ推進界隈では米Googleなどが社内研修で使った「アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)」というキーワードが浮上してくる。経済学などの実験で、まったく同じ履歴書を男性の名前にしたもの、女性の名前にしたもので評価してもらうと有意に差が出てしまうといった調査がされており、公平に人を評価することの難しさが認識されはじめたわけだ。
私は当時から「日本企業はまず無意識の偏見というより意識的な差別から変えないといけませんけどね」と添えてこのキーワードを紹介していた。でも、それにしても、東医の入試についての報道を見て、「意識的な差別」がここまであからさまに残っていたこと、女性医師についても取材した経験がありながら、それに気づけなかったことには痛恨の思いがした。
生活に直結する”医師不足”問題の根深さ
今私は教育社会学という領域で博士課程の学生もしているのだが、教育社会学は長年にわたり、入試や採用などの「選抜」において、いかに特定の階級が有利になるような構造やシステムが埋め込まれており、それがどのように隠蔽されているかを暴くような研究をしている。
その教育社会学者たちもびっくりではないか。隠蔽も何も、あきらかな属性主義。もちろん、この問題はそもそもの勤務医の長時間労働の環境に根っこがあり、国家資格で人数が限られている中で、単純に解決できる問題ではない。
大学入試という一見公平そうな枠組みでの減点という衝撃がありつつも、企業の採用活動でも似たような差別は残っているし、様々な問題がここに収れんして吹き出した形だとは思う。
しかも、聞けば友人の女性医師たちの意見は「多かれ少なかれあると思っていたので、むしろ世間が大騒ぎになってびっくり」「実際に女性医師が出産でいなくなり負担が増しているのは事実なので、わからなくもない」というもの。ある意味で問題の根深さを示している。
とはいえ、『白い巨塔』から変わらず、ずっと医療界は特殊だから、と手をこまねいてみているわけにはいかない。医師不足はまさに国全体の問題で、私たち自身の生活にも直結する。
数年前に私が取材した病院の中には、主治医制度を見直し、地元の開業医に当直に入ってもらうことなどで子育て中の女性医師のみならず全勤務医のワークライフバランスを改善していた事例もあった。今回の「大騒ぎ」を機に、ここの問題を本気で変えていかないと日本の未来はないと思う。