「ラジオを止めるな!」放送作家とshow must go onの精神 - 西原健太郎
※この記事は2018年08月31日にBLOGOSで公開されたものです
夏の終わりが少しずつ見えてきた今日この頃、みなさんいかがお過ごしでしょうか?私はというと、10月に渡米を控え、新たなコンテンツを作る準備に追われる日々を過ごしています。ところで、コンテンツといえば、最近映画業界を賑わせている、あのコンテンツ。
ネタバレに関わるのであえて名前は挙げませんが、私も公開直後に観に行きました。エンタメ業界で仕事をする人、エンタメ業界で仕事をしたい人には刺激になる作品なので、是非観て欲しいです。あの作品は、エンタメ業界の「show must go on」の精神が、一つのテーマになっています。show must go onとは、直訳すると「ショーを続けなければならない」という意味ですが、放送作家にとってのshow must go onについて、今回は書いてみようかと思います。
何があってもショーは止められない
私はイベントやラジオの台本を書くことが多いのですが(2017年7月のコラム参照)、まず、イベントにおけるshow must go onは、まさに原文のままであり、「ショーを止めるわけには行かない」「何があってもイベントを続けなければならない」という状況を指します。もちろん、事故が起こったりした場合はイベントは中止になりますが、イベントが始まったら、どんなハプニングが起きても基本的には止まることはありません。「ちょっと失敗したのでやり直し」というわけには行かないのです。ハプニングは無いに越したことはありません。もちろん、ハプニングが起こらないように丁寧に台本を書いたり、入念に打ち合わせ・リハーサルを行うのが普通なのですが、それでも何かしらのハプニングが起こるものです。
例えば、イベントでゲームコーナーをやったとき、出演者が台本を読み飛ばしてしまい、ゲームのルールなど、大事な要素をお客さんに伝え忘れてしまったとしましょう。そのままイベントを進めると、お客さんにとって意味不明なイベントになってしまうという状況が生まれた場合、イベントスタッフである我々はどうするのか…。
まず最初にしなければいけないことは、出演者に台本を読み飛ばしたことを伝え、訂正を入れるという事です。その方法として一番適切なのは、スケッチブックやプロンプ(ステージ出演者だけに見えるモニター)を使って、カンペ(カンニングペーパー)を出すという方法です。
かつてプロンプが無い時代は、ステージ上でハプニングが起きた時、イベントの台本を書いている作家や、舞台を取り仕切る舞台監督は、スケッチブックに文字を書いて、出演者にだけ見えるように見せて、イベントの軌道修正を行っていました。スタッフが書く文字が汚くて、出演者にうまく伝わらない…みたいなこともたまにありましたが、それが一番確実な方法でした。現在はプロンプがあるイベントが増えたので、文字で随時出演者に指示を伝えることができるようになり、イベントの進行もスムーズになりました。
サプライズの変更は大仕事
しかし、スケッチブックやプロンプでは伝わらない、伝えにくい状況も存在します。例えば、舞台に登壇している出演者の中で、誰かに内緒の演出(サプライズ演出)があった場合、プロンプなどで伝えると出演者全員に伝わってしまうので、プロンプは使えません。さらに、そのサプライズ演出の準備が間に合わないなどのハプニングが起きた場合…咄嗟の判断が必要になります。まさにshow must go onの状況です。スタッフは、サプライズ演出の仕掛け人だけに状況を伝える方法を考えなくてはなりません。私が過去に行ったイベントでも、こんな状況が実際にありました。その時は、仕掛け人が司会者ではなく出演者の中に紛れ込んでいました。なので、サプライズ企画の前に行った別のコーナーの最中、台本には無い、仕掛け人を一旦ステージからはけさせる演出を急遽用意しました。そして、その間に軌道修正を行いました。幸いその方法は功を奏し、無事サプライズ演出は成功しました。イベントを止めるわけにはいかない。まさにshow must go onの瞬間でした。
生放送は常にshow must go on
一方、ラジオにおけるshow must go onは、主に生放送の現場で起こります。そして、イベントよりもさらに過酷な状況で起こります。イベントの場合、時間の制限はあるものの、ラジオに比べるとそこまでシビアな状況はありません。イベントの準備が間に合わない場合は、開演を5分遅らせたりすることも可能です。(本来はあってはならないのですが…)しかし、ラジオの生放送の場合、時間は最もシビアな問題になります。生放送は時間が来ると始まり、時間が来ると必ず終わります。どんな状況でも時間以内に準備を完了していないといけないし、伝えるべき情報があるならば、時間以内に必ず入れ込まないといけません。
また、特にラジオの場合は、流れる「音」についてもシビアに考えなければなりません。ラジオ業界では、無音の状態が数秒以上続くことを「放送事故」と呼んでおり、一番やってはいけない事とされています。我々ラジオスタッフは、放送事故が起こらないように、常日頃から様々な対策をしていますが、それでも想定外のハプニングは起こるもの。台本が生放送中に行方不明になる、想定していたBGMが出ない、マイクのスイッチが切れている、演出用小道具が生放送中に壊れる…など、生放送中には様々なハプニングが起こり得ます。
その時、スタッフはshow must go onの精神で生放送を乗り切る為、全力を出します。放送作家的には、咄嗟の閃き・アイデアで状況を乗り切ります。例えば、生放送中に演出用小道具が壊れたならば、目の前にあるもので、代わりが出来ないかと考えます。音が出ないなら、自分で音を鳴らせないかを考えます。なんなら自分の体を使って音を鳴らします。なりふり構ってはいられません。放送事故を起こさない。放送を止めない。ラジオにおけるshow must go onの瞬間です。
show must go onの精神は、エンタメ業界で働く人達の根底には必ずあります。
様々なハプニングを乗り切る時に、我々は知恵を出し合い、協力します。普段一緒に仕事をしない人でも、その状況に居合わせたら、協力しない人はいないでしょう。show must go onは、助け合いの精神でもあるのです。そしてハプニングを共に乗り切った時、現場は言いようもない達成感に包まれます。絆が強まる瞬間でもあります。ハプニングは起こらないに越したことはないのですが、show must go onの精神があるから、この業界は面白いのだと私は思います。