※この記事は2018年08月19日にBLOGOSで公開されたものです

オリンピックに向けて突然のように湧いて出た、日本でのサマータイム実施。

しかも、これまで議論されてきた1時間のサマータイムではなく、2時間のサマータイム。意図しないところから突然飛んできた、サマータイムという名前の銃弾に、様々な人達が戦々恐々としている。

特に様々なコンピュータシステムの保守管理をしている人たちは、間違いなくサマータイムが導入されないことを祈り続けているだろう。僕自身もサマータイムには反対であり、オリンピックになんでもかこつけて、様々なことを早急に決定してしまおうとする現政権の態度に、腹が立つ事この上ない。

さて、そうした中で財務大臣である麻生太郎氏が、サマータイムを推進したいと考えている旨の話題があるのだが、ちょっと一風変わった形である。それは朝日新聞に対する悪意を纏ってやってきたのである。

産経新聞が報じるに、麻生氏は1948年(昭和23年)に始まったサマータイムが1952年(昭和27年)に廃止されたのは、朝日新聞の責任だと主張したとのことである。(*1)

麻生氏は「俺の記憶だけど」とした上で「朝日はサマータイムを煽って書いた、しかし良くないからやめたほうがいいと報道した」と恨み節を炸裂させたという。

さらに、朝日新聞がやめるべきだと書いた理由について「明るいと飲みに行きにくいからだろう」と述べたという。

これを産経新聞は「(朝日新聞の)記者を狼狽させていた」と報じているのである。

さて、まず「北緯40度以上の国では日本以外はサマータイムをやっている」は事実だろうか?

日本で北緯40度以上というと、だいたい秋田と岩手の北部から北、つまり青森と北海道である。その他の日本の大多数の都市は北緯40度以下である。だいたい、首都を北緯35度の東京に置く日本を北緯40度以上の国と見なすのは無理がありすぎる。

また、北緯40度以上に首都があっても、ロシアやベラルーシ、アイスランド等、現在サマータイムを実施していない国もある。逆にメキシコやキューバ、ブラジルなど、北緯30度以下でもサマータイムを実施している国もあり、単純に夏の日照時間だけでサマータイムの有無が決まるわけではないようだ。(*2)

次に「熱中症で死者が出るなどの可能性を防ぐために」サマータイムを導入するという考え方はどうだろうか?

これについては気象予報士の森田正光氏がサマータイムを「意味がない」とした発言が参考になるだろう。

森田氏は日本では朝の2時間くらいずれても、温度としては1~2度しか違わないということを指摘し、導入コストに見合う効果はないと指摘したという。(*3)

付け加えるなら、たとえ時間を2時間早めたところで、一番日差しが強くなる正午前後の時間帯は、2時間のサマータイム下においても14時前後という労働時間の範囲内である。故にサマータイムは熱中症の予防にはならない。

では、朝日新聞はサマータイム廃止を煽ったかという点について。

朝日新聞記者の上丸洋一氏は、サマータイムが閣議決定された1948年4月から、廃止法が成立した1952年3月までのあいだに50本の関連記事が朝日新聞に掲載されたが、廃止を主張した記事は一本もないとの旨をツイートしている。(*4)

どうやら、朝日新聞がサマータイム廃止を煽ったという事実すら無いようだ。

さて、では戦後すぐに導入されたサマータイムが廃止されたのはなぜなのか。

それについては「荻上チキ・Session-22」が、記事になった麻生氏による主張の音声を放送した上で、明確に論じている。(*5) 番組では、当時の議事録を調べた上で、サマータイム廃止は決して朝日新聞などのマスメディアによる突き上げによる廃止ではなく、睡眠不足や労働時間が増えて過労に至る問題などがあり、廃止の声が議員の間でも高まり、中曽根康弘議員(当時)を代表としたサマータイム廃止法案がでるなどということがあり、結果、サマータイムは非効率的であるとして全会一致で廃止されたと報じた。 つまり議会制民主主義の働きによって、当時のサマータイムは廃止されたのである。

ちなみにその時の内閣は吉田茂内閣である。ああ、きっと麻生氏は吉田茂の業績を知らなかったのだろう。

誰にでも知らないことはある。知らないのなら仕方ない。麻生氏にも朝日新聞の記者にも知らないこと、調べていないことくらいあるよ。でも、あれ? 吉田茂の孫って……

さらに麻生氏が朝日新聞がサマータイム廃止を煽った理由として「新聞記者が明るい最中だと飲みに行きにくいから」と述べているが、それが本当だとするとサマータイムが実施されたときの経済効果に懸念が産まれるのではないか?

第一生命経済研究所では、サマータイムが実施されると家庭で過ごす時間が少なくなり、娯楽や外食、交通機関などの利用が増えると論じている。(*6)

しかし飲みに行きにくいなら、これらの経済効果も減算する必要があるだろう。麻生氏の発言はむしろサマータイムを実施しない理由になり得る。そのことを麻生氏は自覚していないとみえる。

そしてなにより、もし麻生氏が言う通り、朝日新聞が日本のサマータイムを廃止したのなら、我々は「朝日新聞GJ!」と翼賛するしか無い。少なくともネットで見る限り、自民党に心酔している人たちでも、サマータイム導入に関してだけは反対だと言う人達をよく見かける。麻生氏にはそうした反対意見の存在が見えていないのではないか。

有り体に言えば、麻生氏が朝日新聞記者に向けて主張したことのほとんどは「口からデマカセ」と言っていいレベルである。

つまり、麻生氏は自分では何も調べていないことを棚に上げて、朝日の記者に対して「朝日新聞はいつも調べていない」などと放言を吐きまくった挙げ句「俺の記憶では」と正確でないことを責任逃れした上で、ウラも根拠もないデマカセの言説で朝日新聞の記者に対して高圧的に迫ったのである。政治家以前に人間としても無責任であると言えよう。

さらに、ファクトチェックもせず「俺たちの麻生さんが朝日の記者をやり込めた!」と喜んで記事にした産経新聞の報道機関としての責任感のなさも問題である。

調べれば麻生氏の発言に根拠が無いことはすぐに分かる。当時の議事録を引っ張ってくる能力や、当時の朝日新聞の縮刷版を調べる能力がなくても、サマータイム実施国の北緯くらいはネットで簡単に調べられる。それすら調べず、麻生氏のデマカセをそのまま記事にした産経新聞の姿勢は、批判されるべきだろう。

インターネットでは、とにかく朝日新聞を叩けばそれを翼賛する人が現れる。産経新聞としては、そうした人たちからの称賛を得るために、この記事を配信したのだろう。

しかし残念ながら、インターネットでは麻生氏を好きな人でも、サマータイム導入に関してだけは別だと言う人が多いのだ。調べても麻生氏の発言に賛同的な人はほとんどおらず、普段自民党を好む人も、この記事に関してだけは反発しているか、やり過ごすかをしているようだ。

今回の発言は、麻生氏の大臣としての素質を明確に示すものであると、僕は考えている。思いつきで口からデマカセを吐いて、日本人の多くに苦労をかけるようなことをしでかす大臣では困るのだ。

メディアは、このデマカセ発言の責任を厳しく追求し、麻生氏に表舞台からの退場を求めるべきである。

*1:昭和のサマータイム廃止「朝日新聞の責任」、麻生氏「記者が飲みに行きにくくなるからだろ?」(産経ニュース)https://www.sankei.com/politics/news/180815/plt1808150025-n1.html
*2:サマータイムについて(Time-J.net)https://www.time-j.net/uc/dst/
*3:サマータイムに気象予報士も反対 「時間を繰り上げても気温は1~2度しか違わない。アジアでは気候的に無理」「意味がない」(キャリコネニュース BLOGOS)http://blogos.com/article/318533/
*4: "麻生財務相「サマータイムつぶしたのは、朝日だろう?ああん?調べて聞いてんのか?」 夏時間が閣議決定された1948年4月から、全会一致で廃止法が成立した52年3月までの間、ちょうど50本の関連記事が朝日新聞に掲載されているが、廃止を主張した記事は1本もない。これが事実。"(Twitter 上丸洋一)https://twitter.com/jomaruyan/status/1030384152565039106
*5:【音声配信】「昭和のサマータイム廃止は朝日新聞の責任だぞ」麻生大臣の当該発言をノーカット配信。その内容を荻上チキが検証▼2018年8月15日(水)放送分(TBSラジオ「荻上チキ・Session-22」)https://www.tbsradio.jp/284029
*6:経済効果7000億円も=夏時間、消費にプラス-エコノミスト(時事ドットコム)https://www.jiji.com/jc/article?k=2018080201261&g=smm