迷惑動画を増やすな! - 赤木智弘
※この記事は2018年08月12日にBLOGOSで公開されたものです
今月10~12日にかけて、3日間で計50万人以上が集まる特大イベント、コミックマーケット94(以下、コミケ)が東京ビッグサイトで開催されている。
コミケには大量の一般参加者がやってくるが、コミケでは徹夜で会場に並ぶことを禁じており、公共交通機関での来場を呼びかけている。というわけで、東京ビッグサイトの最寄り駅である、りんかい線の国際展示場駅では、始発参加者が少しでも早く入場待機列に並ぼうと、参加者たちがダッシュする光景が見られる。
最近ではこの光景は半ば名物化し、改札脇にはダッシュする参加者たちを撮影しようとする人の群れができる。
そうした中で、今回、あるYouTuberが改札からダッシュしてくる参加者めがけてわざと逆走し、走ってくる人にぶつかるところを撮影するという問題があったという。(*1)
該当動画を見ると、動画冒頭で自己紹介した男が、参加者とぶつかる様子が映っており、その後は改札の中に入り駅員に混じって誘導の真似をするなど、ふざけている様子が配信されていた。
当人は「ぶつかる気はなかった」と謝罪をしているらしいが、向こうが走ってくることが明らかな状況で、そこをわざわざ逆走しているのだから「ぶつかっても仕方ない、むしろぶつかったほうが面白い動画が撮れる」と思っていたと考えるほうが普通だろう。
この男の行為が卑劣なのは、この配信者の行為が迷惑行為である一方で、コミケに向かうために駅構内を走る参加者もまた迷惑行為を行っている引け目の存在を前提にしているからだ。
なので、単純に男の行為を、コミケ参加者側に立って批判すれば「でも、駅員が注意しているのに、走る方も迷惑行為でしょ、どっちもどっち」という反論を受けてしまうのである。もちろんこの男もそうした味方の反応があることを見越して、この動画を撮影しているのであろうことは間違いがない。
確かに、駅構内を走ることは迷惑である。りんかい線もこの毎回のダッシュに対しては注意、警戒をしている。(*2)
しかし、だからといって「相手が迷惑行為をしているのだから、その相手が迷惑を被っても問題ない」と考えるのは論外だ。また、男の行為によって迷惑を受けたのはダッシュしてくる人たちだけではない。トラブルや事故に発展しかねない、りんかい線の側に対しても著しく迷惑な行為なのである。
故に、この男の行為は「迷惑をかけている始発ダッシュ野郎に、逆に迷惑をかけてやった」のではなく「他人の迷惑行為に便乗し、さらなる迷惑行為をした」に過ぎない。
今回は、怪我人が出なかったから良かったものの、もしこの逆走により、だれかが転倒、打ちどころが悪く、障害が残ったり、果ては死亡事故につながったとしたら、この男や撮影者は、果たして責任を取ることができたのだろうか?
世界における「素人動画投稿」の元祖は、伝説のお笑い番組「8時だよ全員集合」の後番組として、加藤茶と志村けんの二人をメインとして始まった「カトちゃんケンちゃんごきげんテレビ」で放送されていた「おもしろビデオコーナー」であると言われている。
内容的にはラジオ番組や雑誌でも定番だった、ハガキや写真での素人投稿を映像に拡大したものであるが、このコーナーが先進的だったのは、普及が始まったばかりで、まだまだ高価だった家庭用ビデオカメラの貸出しまでして、楽しい素人映像を集めていたことである。
つまり「たまたまカメラを回していたら、面白いものが映った」というよりも、テレビカメラという高価な玩具を使って、「身の回りの面白いことや投稿したいことを、積極的に狙って撮影してください」という呼びかけをしていたのである。
なお、このコーナーが評価され、カンヌで開催される国際テレビ見本市MIPTVでは「世界のテレビを変えた50作」に選出された。また、このコーナーをフォーマットとしたアメリカの番組「America’s Funniest Home Videos」は25年以上も放送され続け、長寿番組となっている。もちろんこのコーナーによってなされた「面白いことを狙って撮影する」という素人映像の位置づけが、YouTubeをはじめとした現在の動画投稿サイトに引き継がれているのは言うまでもない。(*3)(*4)
ただ、もちろんいくら狙って作られた面白い映像とはいえ、テレビ番組においては、今回のようなあまりに危険だったり、ヘイトスピーチなどの差別的な意図を含むような問題のある映像は、スタッフの目を通すことによって放送から排除される。
一方で、動画を選ぶ人がおらず、作り手=配信者である動画配信サイトでは、時折こうした問題を含む動画が投稿されてしまう。また、それが明確に規約に違反しない限り、放置されてしまう。
しかも中には、そうした問題のある表現を面白がって支持してしまうユーザーも居る。そうなると、その配信者は増長し、ますます問題のある動画を投稿し始めたり、またそれを見た人が自分もと、動画投稿をしてしまう。そうして「迷惑YouTuber」などは増え続けてしまうのである。
ではなぜ、そうした投稿者が増え続けるかといえば、YouTubeに動画を投稿して、たくさん見てもらうことができれば、お金が手に入るからだ。
こうした動画配信者は、動画再生数を伸ばすことで、お金を儲けたり有名になろうとしている。しかし、今はかつてほど配信で簡単にお金を稼ぐことができなくなった。再生数あたりで得られるお金はわずかだし、また競争相手も多くなった。そうした中で、能のない配信者は、こうした「過激な動画」を配信することで目立とうとしてしまうのである。
かつての「おでんツンツン男」や「ヤマト運輸にチェーンソー男」がそうであるように、今回の問題もまた、過激な動画を配信して一山当てようとした連中の迷惑行為である。
そして、こうしてニュースになるような迷惑な動画撮影や動画配信行為は、氷山の一角なのである。
たくさんの人が動画を投稿する中で、配信サイトが的確に問題のある動画を削除することは難しいだろう。しかし、アフィリエイト報酬を支払う際の登録における審査を厳しくするなど、迷惑行為の投稿自体は減らせなくとも、少なくとも迷惑行為をお金に変えるような活動の阻止はできるのではないだろうか。
動画投稿サイトには、少なくとも社会的な責務として、迷惑行為の動画を投稿しづらいようにする責任があると、僕は考える。ぜひとも、このような迷惑行為を増やさないための施策を積極的に打って行ってほしいと思う。
*1:コミケ「始発ダッシュ」になんと逆走ユーチューバー 衝突して謝罪するも動画は公開(J-CASTニュース)https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180810-00000012-jct-soci*2:コミケの「始発ダッシュ」どう思う? 「りんかい線」コミケ戦線のホンネ(ねとらぼ)http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1808/06/news106.html
*3:ごきげんテレビ、カンヌ「世界のテレビを変えた50作」選出 | TBSホット情報(TBS(Internet Archive内のアーカイブ))https://web.archive.org/web/20130330093432/http://www.tbs.co.jp/hot-jyouhou/201303271621.html
*4:「ごきげんテレビ」の「おもしろビデオコーナー」が偉業達成! 米国版が25年目突入(映画.com)https://eiga.com/news/20140822/17/