”アスリート・ファースト”って果たして何? - 渡邉裕二
※この記事は2018年08月08日にBLOGOSで公開されたものです
表面化し始めた「組織」と「アスリート」間のトラブル
連日、異常気象とも言える猛暑が続く。例年なら高校野球の熱戦が大きな話題になるのだが、今年は「日本ボクシング連盟」の山根明会長に注目が集まっている。
同連盟は日本のアマチュア・ボクシングを統括する組織団体で、一般社団法人として認可されてきた。ところが、その連盟のトップである山根会長が、事もあろうに各都道府県のボクシング連盟の役員・選手333人が組織した「日本ボクシングを再興する会」から告発されたのだ。
告発内容は、助成金不正流用疑惑や不正審判問題、さらにはパワハラなど12項目に渡る。ところが山根会長は、その告発は「全部、ウソ」として、全面対決を匂わせ、テレビのワイドショーやスポーツ紙などのインタビューを受けまくっている。しかも、ヤクザ映画にでも出て来そうな、あの風貌で、自らを「世界からカリスマ山根と呼ばれている」などと言い切っていた。これは、よほど周囲から煽られて、その気になっていることだけは確かだろう。
これは年齢だけでは一概に判断できないが、78歳になってもなお、この"権力欲"である。きっと今回も「売られた喧嘩は…」の気分になっているに違いない。「命をかけてる」なんて嘯いているだけに、単に「老害」なんて言葉だけでは済まされない。
それにしても、ここ最近は「日本レスリング協会」の伊調馨選手の問題や、日大アメフト部の問題など、「組織(団体)」と「アスリート」の間のトラブルが表面化し始めている。しかし、こういった問題は、何年も前から鬱積し続けていたはず。
今回の日本ボクシング協会にしても、1年ぐらい前から告発のようなものが出ていたというから、内部では問題視されていただろうし、当然だがスポーツライターなどを含むマスコミも気づいていたはずだ。にもかかわらず公になって来なかったのは、やはり組織との馴れ合い、山根会長に対しての"忖度"があったのかもしれない。
問題の根は深い。それが、今になって「終身会長はおかしい」とか「過剰なおもてなし」なんて騒ぎ出すのも、よくよく考えてみれば都合がよすぎる。正直言って「何だかんだなぁ」である。しかも、山根会長の際立ったキャラもあるが、どうもインタビューする側のツッコミもイマイチ迫力不足だ。いずれにしても、8日には「日本ボクシングを再興する会」が、新たな証拠を出して会見をするというから、今週も両者の言い合いが続きそうで、問題解決の糸口は不透明だ。
そもそも「公益法人」とか「一般社団法人」とか、世間的には公益的な団体であるかのように思われているのだろうけど、やっていることといったら、どれだけアスリートを食い物にしているということになってしまう。今回は、先の「日本レスリング協会」とは事情が違うが、基本的にはトップを含めた組織全体の腐敗だろう。
「アスリート・ファースト」は建前にすぎない
2年後の「東京五輪」も近づき昨今は「アスリート・ファースト」なんて言葉が定着しているが、現実は山根会長のように「誰のおかげで金メダルが取れたと思ってんだ」なんて暴言を平然と吐く御仁まで出てくる始末である。疑いたくはないが、これが各団体を司る者の本心だとしたら情けない。
山根会長以下、この連盟の役員が、どれだけにボクシング経験者かは分からないが、おそらく「アスリート・ファースト」なんて言い方は、単なる"建前"過ぎず、"本音"は己の名誉と私腹を肥やすための都合のよい言葉になっているような気がしてならない。それは「不正審判問題」だけでも分かる。選手のことより、自分たちの立場の方が大切なのだろう。
そういった視点で見たら、これは「東京五輪」だって危うい限り。少なくとも、運営に携わっている者の中で、何人がアスリートのことを考えているのか疑問になってくる。改めて各団体の認識をリサーチしておくべきだろう。
もっとも、全体を仕切る日本オリンピック協会(JOC)とて怪しい限りで、今回の連盟の問題は他人事じゃない部分も多々ある。振り返れば、東京都の小池百合子知事と大会組織委員会の会長で"オリンピックおじさん"と呼ばれている森喜朗元総理との間では醜い主導権争いが繰り広げられていた。
といかく、五輪は「利権」の"宝庫"だ。例えば、東京・千駄ヶ谷に建設中の新国立競技場などは、その設計からしていい加減で、建設途中になって「聖火台を忘れていた」なんてジョークにもならない笑い話も…。要は、建て直しありきで、単に"予算"が欲しかっただけだろう。そういった人間の頭の中に「アスリート」なんてワードは存在していないに違いない。
その後の競技場を見渡しても、「五輪開催」ということで新設するが、その先の維持費などは、一応、表向きには説明してはいるものの本心は「造ってやったんだから、それは次の世代が考えればいい」ってことだろう。ま、先の短い輩とっては、所詮は「誰が作った」ということだけが重要に違いない。早い話が自己満足のために建設するようなもの。なるほど、そう考えたら、各団体には案外、山根会長のような強権的な御仁や役員の方々が多いんだろうなと改めて思ってしまった。
それにしても、ここで「アスリート」のことを考えるなら、もう一つ。やっぱり7月から8月のオリパラ開催は、さすがに「検討しよう」だろう。
既に競技日程やチケット料金も決定した。また、オリパラ開閉会式の合わせて4式典を統括する「チーフ・エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター」には狂言師の野村萬斎(52)が就任することも正式に発表されている。
今年以上の猛暑に?"悪夢"へのカウントダウン
開催に向けての本格的なカウントダウンも始まって、もはや「待ったなし」といった状態なのだが、問題なのは、この記録的な猛暑である。もちろん「2年後は分からない」という意見もあるかもしれないが、おそらく今年以上の猛暑になっているに違いない。それも昼間だけではなく、朝や夜も気温は落ちない。ゲリラ豪雨や雷雨だって心配される。
そう言った"最悪"な状況が予想される中で、もちろんアスリートの体調も心配されるが、競技の現場はマンパワーが重要なだけにボランティアを含め大混乱になりかねない。人材の確保や配置だって不透明だ。確実に大会運営にも支障が出てくる。想像するだけで"悪夢"へのカウントダウンのような感じがしてならない。
ところが、ワイドショーなんかでは「逆に日本人にとっては、慣れた環境なので(競技が)有利になる」なんてノーテンキなことを発言するコメンテーターがいたのには呆れた。この異常気象に誰が慣れるっていうんだ。あっちもこっちも無責任な人間が増えた。
確かに、開催の収入源ともいうべき「放送権料」で、放送権を握っているのは米放送大手のNBCユニバーサルである。そういったこともあって競技は米時間に合わせている。ところが、秋にはアメリカンフットボールも開幕するので、五輪の開催は「この時期には出来ない」というわけだが、誰だって、最高の競技状態で繰り広げられる「五輪」を観たいと思っているはずだ。だったら「説得」「協議」をすべきだろう。この猛暑には太刀打ちできない。
そう言った環境の中での競技を、現実的にアスリートは、どう考えているのか気になるところだが、その以前に今回、チーフECDに任命された野村萬斎は、どう対処していこうとしているのか?さすがにここでの失態は許されないだろうし、ここまでの猛暑が現実味を帯びてきた以上、人員確保も含め、おそらく演出にも限界が出てくるかもしれない。とにかく「気候」というリスクはあまりにも大き過ぎるのだ。
これまでも、準備段階から数々のトラブルを引き起こし続けている「東京五輪」だったが、この異常気象は、もはや世界的なものでもある。ここで開催日の変更したからといって、真っ向から異議を唱える人が世界にどれだけいるだろうか…。やはり、物事には柔軟性も必要だろう。
それに、7月といえば丁度、小池百合子都知事も任期切れである。五輪開催の前に知事選をやって、新しい体制で「東京五輪」に望むのもいいだろう。