水中毒が危険で危ない? - 赤木智弘
※この記事は2018年08月05日にBLOGOSで公開されたものです
この夏全国で、熱中症での救急搬送者が増えている。
総務省消防庁の速報値によれば、7月16日から22日に22,647人(前年同日確定値 7,196人)(*1)、23日から29日に13,721人(前年同日確定値 5,390人)(*2)と、前年を大きく上回る人数が救急搬送されている。
こうした状況なので、テレビ新聞雑誌ネット問わず「熱中症に気をつけてください、こまめに水を飲みましょう」という情報が流れてくる。熱中症は決してお年寄りや乳幼児だけではなく、誰でもなりうる症状だからこそ、広く注意が喚起されるのは正しいことであると言える。
さて、そうした情報の中に「水中毒」という単語を見かけたことは無いだろうか?
水中毒とは、水を飲みすぎると血液中のナトリウム濃度が低下し、体調を崩し、最悪の場合は死に至る症状である。
誰もが当たり前のように摂取する水でも、飲みすぎると死ぬということで、非常にインパクトをもって受け止められやすく、最近は夏場になると必ず「熱中症対策にと水を飲みすぎると水中毒になるぞ」という記事(*3)が出てきて、Twitterなどでは「熱中症と水中毒に注意」と、熱中症と並んで注意が喚起されることすらある。
しかし僕はそれをとても疑問に思う。本当に今、熱中症で救急搬送される人がたくさんいる中で、それを警告することは必要なのだろうか?
では、水中毒の実例にはどのような物があるかと調べてみると、だいたい「水飲み大会で水を飲みすぎて死亡」(*4)か、先の記事(*3)にもあったような「精神科の患者が強迫観念で水を飲みすぎてしまう」といった例。あとは薬の副作用としての喉の渇きなどが原因としてあるという。
では、実際に水中毒で医者にかからなければならない例がどれくらいの数あるかといえば、そうしたデータは少なくとも僕には見つけられなかった。もちろん、医療関係者であればデータは見つかるのだろうが、少なくともそれは一般向けにはアピールされていないようである。
では、なぜ一般向けにアピールされていないかを考えれば、それは簡単に予測がつく。「実は医者は水が危険だという情報を隠しているからだー!!」ではなく、単にいちいち気にする必要のある情報では無いからだろう。
僕自身も、水があればしょっちゅう飲んでいる方で、食事の時もコップに3杯くらい、つまり600mlくらいは飲んでいる。他にもお酒も飲む方なので、ごく稀に「水分取りすぎで気持ち悪い」となることがある。正式な診断は受けたことはないが、多分これが水中毒の軽い初期症状なのだろう。
そうなるとどうなるか。「水を飲みたくない」となるのである。当たり前であるが、その状態から水をさらに追加で飲むというのはちょっと僕には考えられない。これは普通の健康体の人であれば、同じ気分になるはずである。今考えると、この時に卓上塩でも舐めればもっと回復も早いのかもしれないが、それでもその後1時間くらい安静にしていたり、トイレで尿を排出してしまえば、徐々に気持ち悪さは解消されていく。
「水飲み大会」という日常的でない状況であったり、精神病という疾患が明確にある人にとって水中毒の危険は大きいのかもしれないが、そうでない人にとってはほとんど関係がないと言っていいのではないか。
そのような水中毒を「熱射病にも注意だが、水中毒にも注意」と並列に並べてしまうのは、どう考えてもおかしい。方や一週間で2万人以上が緊急搬送される症状、方やほとんどの人には関係のない症状。これを両天秤にかけて、さもどちらも同等の危険であるかのように論じるのは大げさに過ぎる。僕はそう思うのである。
また、そうした記事では塩分を取るためにと、水分とナトリウムのバランスが崩れないようにと、水ではなく「経口補水液」の摂取を勧めていることが多い。しかし、これも問題である。
経口補水液には1リットルあたり約3gの塩分が含まれている。人が1日に必要とする水分は2リットルと言われている。これには食事から取る水分も含まれているので、計算を簡単にするために「水を飲む」のは1リットルでいいと仮定する。この1リットルの飲み水を、普通の水から経口補水液に置き換えれば、1日あたり3gの塩分を多く摂ることになる。
厚生労働省が提唱するナトリウムの摂取量は、12歳以上で1日あたり男性で8.0g未満、女性で7.0g未満である。しかし実際に摂取している量は、男性で1日あたり10.8g、女性で9.2gである。つまり日本人の塩分摂取量は基本的に常にオーバーしていると考えていいのである。(*5)
ここに1日あたり3gの塩分をわざわざ加える必要性は、僕には一切感じられない。むしろ塩分過多の状況でさらに塩分を足せば、高血圧傾向となり、長期的には脳卒中などの危険が高まる。水中毒の危険性と高血圧の危険性。僕は高血圧のほうがよほど現実的な危険があると考えている。
では、スポーツドリンクはどうか。スポーツドリンクも経口補水液程ではないが塩分を含む。またスポーツドリンクは糖分も多く含む。糖分も糖尿病などの原因になりうる。水中毒の危険性と糖尿病の危険性。これも現実的な危険は糖尿病のほうが高いだろう。
そもそも経口補水液は脱水症状になった時に飲むべきものであり、脱水症状の予防のために日常的に飲むべきものではない。スポーツドリンクは文字通りスポーツをする人や、暑い環境で働かなければならない人といった、大量に汗をかく人が飲む分にはいいが、涼しいオフィスで仕事をする人にとって必要なものではない。飲むなとは言わないが、ジュース感覚で楽しむべきである。
というわけで、僕の結論としては「水中毒の情報はいらない」だ。
むしろ水中毒の情報を流すことで、水中毒が怖いからと熱中症予防に必要な水分を摂ることを躊躇したり、また経口補水液などに水分摂取を頼ることによる弊害が起こる可能性があり、そのほうが水中毒そのものの危険性よりも高いと考えられる。
故に、この時期にわざわざ水中毒の危険を煽るメディアは、熱中症という危険に対して無責任であると言える。そのような危険性を煽る情報は注目されやすく、特にWebメディアではPVを集めるのに最適なのかもしれないが、そうしたPV至上主義的な考え方が人を危険に晒す可能性について、もう少し真剣に考えてほしいと、僕は思う。
*1:熱中症による救急搬送人員数(7月16日~7月22日速報値)(総務省消防庁)http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/heatstroke/pdf/300716-sokuhouti.pdf
*2:熱中症による救急搬送人員数(7月23日~7月29日速報値)(総務省消防庁)http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/heatstroke/pdf/300723-sokuhouti.pdf
*3:水の大量摂取は注意 「水中毒」になることも(ウェザーニュース)https://weathernews.jp/s/topics/201807/230105/
*4:Wii景品の水飲み大会で死亡女性、米裁判所が15億円の賠償金支払い判決(AFPBB)Newshttp://www.afpbb.com/articles/-/2658772
*5:減塩食について | 治療・療法について(国立循環器病研究センター)http://www.ncvc.go.jp/cvdinfo/treatment/low-salt.html