※この記事は2018年08月03日にBLOGOSで公開されたものです

2013年3月、北海道立高校の1年生、悠太(享年16)が地下鉄の電車にはねられ死亡した。所属していた吹奏楽部の顧問による不適切な指導を苦にした自殺ではないかと、母親は北海道を訴えている。

7月12日、札幌地裁(高木勝己裁判長)で、当時の吹奏楽部の顧問や教頭、生徒指導部長、原告の4人の証人尋問が行われた。顧問は前日の指導について「原因の一つにまったくならないかと言えば嘘になる」と答えたものの、現在の認識としては「まったくそう考えていません」と否定。原告の主張と対立した。

顧問は当初、前日の指導を「原因の一つ」としていたが…

悠太が自殺したのは2013年3月3日。指導を受けた翌日だった。学校側がまとめた資料の中に、当日の夕方、顧問が「部内で問題があり、指導した。そのことが原因ではないか」と発言したとされている。反対尋問でこれについて問われた顧問はこう答えた。

顧問「全くよぎらないかといえば嘘になります。それも原因の一つかなと思った」

しかし、被告側代理人に「現在の認識」を聞かれて、顧問は「まったくそう考えていません」と、因果関係を否定。原告側の主張と対立した。

生徒指導部は前提となる事実を正確に把握せず

指導は2回行われた。1回目はメールがきっかけ。同年1月26日。1、2年生の体制になって初めての演奏会が行われた。原告側によると、部活を休みがちになっていた悠太は「自分がいない演奏を聴いて、復帰するかどうか、自分の気持ちを確かめたい」と欠席し、演奏を聞いていた。

その結果、「もう一度、一緒に演奏したい」と思ったため、感想をメールで送った。顧問によると、<課題は残るが、まあまあだった>という内容だった(メールの内容は証拠提出されていない)。ただ、生徒指導部が正確な情報を把握してないことが尋問で明らかになった。

原告代理人「感想はメールではないか?」
生徒指導部長「メールではなかったと思う」
原告代理人「事実としてはメールであったようだが、把握してない?」
生徒指導部長「メールを確認したことを覚えておりません」

指導対象となったのはその後の返信メールの内容だった。これまで原告がその内容を請求していたのに被告側は出していなかった。しかし、最近になって証拠提出された。

それによると、部員の一人Bが悠太の部活欠席を非難する内容に加え、「邪魔だから消えるんだったらとっとと消えろ」と送った。悠太は、Bに対する脅迫とも取れる内容を返信した、また、悠太は個人情報が流出しているとして、流出させたと思ったAの名前をあげ、「明日殺す」と別の部員にメールしているという。

証人尋問が行われた札幌地裁

根拠とされるメールだが、提出されたものには発信元や日時の表示はない。部員から提供を受けたもので、改変の可能性はゼロではない。このことについて原告代理人が、悠太からのメール自体ではなく、LINEに貼り付けたれたものを並べたものではないかと指摘。被告代理人は「確認します」と言うにとどめた。メールの内容が本当かが疑問が残る。

しかも、吹奏楽部には「必要最小限」以外のメールは私的なものも禁止という部則がある。しかも、私的なメールを、悠太が参加していないLINEのグループに貼り付け、他の部員に共有された。その行為も同様にルール違反になる。それらの行為については、悠太同様の指導をしていた形跡はない。

「売り言葉に買い言葉」なのに、なぜ一方だけに指導を?

メールのやりとりについては、顧問や生徒指導部長は「売り言葉に買い言葉」と思ったと証言した。しかし、「命を脅かし、不安にさせる内容」として、悠太だけが指導された。加えて、顧問には「吹奏楽部の功績に泥を塗った」と大声で怒られたという。なぜ、やりとりの一方だけが指導されたのかは明確な回答はなかった。

2月1日、悠太の母親も呼び出された。メール内容については原告も一部は認めているが、ネットのコミュニケーションは流れがあるものだ。ところが、相手方は指導されず、かつ、部内の人間関係も考慮されなかった。加えて、翌日に悠太だけが部員の前で謝罪することになった。顧問はこのときの謝罪についてこう話した。

顧問「2月2日の決意宣言は、私が言わせた。しかし、内容は『ただ頑張る』という漠然としていたものだった」

指導を受けた悠太は反省文を15枚書き、4日に提出した。尋問では、顧問も生徒指導部長も触れていないが、読んだのだろうか。書かせるだけ書かせたのか。

「嘘を吹聴した」として、再び指導対象に

悠太はその後、BとCと仲直りをしようとした。その際、隠し事はしないことになり、悠太が部内ルール違反となる部内恋愛をしていることを告白した。するとBとCはそのことを顧問に報告。内容が部長を含めて周囲にも漏れた。顧問は「部内恋愛は嘘」「悠太は嘘を吹聴した」と決めつけ、2回目の指導となった。このときは、生徒指導部は関与してない。果たして、悠太が「吹聴した」のは本当なのか?

原告代理人「BとC以外に、悠太が吹聴した事実はあるのか?」
顧問「それは、局長の発言でそう思った」
原告代理人「誰が広めた?」
顧問「誰がというか、BやCに言えば、広がっていきます」

顧問による指導では、2年生4人が同席する形をとった。「部活を続ける条件を出してもらうため」という。顧問は悠太に対し、「言葉では言い表せないことを吹聴している」と曖昧な表現で指導。部活を続けられる条件を翌日、先輩部員に決めさせると伝えた。なぜ具体的に指導しなかったのか。

顧問「私の中では、生徒の前で表現する言葉としては、ためらいがあった。その場で言うのは適切ではない」

顧問による曖昧な指導 部活を続けたいために“認める”

案の定、悠太は何を言われているのか理解していない。このときのことを悠太は家族に話している。原告側によるとこうだ。

音楽準備室に行くと、顧問から「なんのことだかわかるよな」と言われた。理解できなかったが、「わからない」と言えば、さらに怒られると思い、「はい」と言ってしまった。

すると顧問は「お前のやっていることは名誉毀損で犯罪だ。俺の娘に同じことをされたらお前の家に殴り込みに行く」などと言われた。悠太は理由を聞けずにいたが、「今後、部活を続けたいのか」と聞かれ、「続けたい」と答えた。

顧問は「それなら条件を出す。俺からの条件は、もう誰とも連絡を取るな。喋るな。行事にも参加しなくていい。お前は与えられた仕事だけしていればいい。それ以外の条件は、明日、先輩たちから言うから、今日はもう帰っていい」と言った、という。

学校からいなくなった生徒は探さない?

亡くなる直前にCに送信した最後のメールにも、理解してない旨の内容が書かれていた。亡くなった3月3日は日曜日。吹奏楽部は部活がある。本来は9時開始だが、吹雪のため10時開始になった。悠太は9時10分ごろ登校した。尋問では顧問はこう答えている。

顧問「私が学校に来たのは9時半ごろ。間もなく、部長との打ち合わせがあり、そのとき、『あいつ、来てるか?』と聞いた」
被告代理人「それに対して?」
顧問「『私は見てないのですが、誰かが玄関で見たと言っている』と」

開示された資料では、悠太が職員室前で顧問を探していたのが目撃されている。しかし、顧問は目撃された場所を「玄関」と証言。陳述書では特定していなかった。尋問を聞いて、不自然な印象を受けた。

登校した悠太は、部活には参加していない。可能性としては顔を出せないでいるか、帰宅したか、学校内外で事故にあったのか、などだろう。しかし、顧問は探すことも、自宅や警察に連絡もしていない。裁判官はこの点について質問した。

裁判官「理由不明のまま生徒が学校から帰宅した場合、生徒を探すなど、一般的にどうするのか?」 顧問「普段の時間内なら連絡を入れることはあるが、課外活動なので、そこまでしない」
悠太のネックレスをして証言台に立った原告

原告は最後に尋問でこう主張した。

「メールトラブルは相手があって起きること。なぜ片方だけが対象になったのか。3月のときは指導の連絡もなく、なぜ、突然、犯罪者のように扱われなければならなかったのか。好き嫌いや思い込みで追い詰められ、自殺することがあってはならない」

次回は8月16日、生徒Cの証人尋問が行われる。