児童虐待“予防”に予算がつきにくいのはなぜか - 紫原 明子
※この記事は2018年08月01日にBLOGOSで公開されたものです
去る7月22日、児童虐待の発生をいかに防いでいけるか、そのために何が必要かを検討する勉強会に参加してきました。
この勉強会の発起人は、児童精神科医であり、子どもの孤立を防ぐことを目的に活動するNPO法人PIECES代表の小澤いぶきさんです。
本勉強会の趣旨を、小澤さんは次のように位置づけました。
“こどもが安全な環境で、安心して生きていけるよう、継続的に、多角的な知恵を集め、丁寧に考え、こどもと親にとって必要な支援を実践していくこと”
先月、東京都に住む船戸結愛ちゃん5歳が、虐待によって命を失う痛ましい事件が起きました。これを受け、児童虐待をなんとか防ぎたい、救える命を一つでも多く救いたいという世論が急速に高まりました。
たくさんの人が子どもの命を守りたいと考えることは良いことである一方で、たとえば世論の感情的な高まりが、本来子どもとともにケアされるべき親へのバッシングへ向かい、親子の孤立をより一層深めかねないといった懸念もあります。
また、この分野に長く関わってこられた方たちの中からは、同様の虐待死は年間50件以上発生する中で、本件だけが特別視される現状に違和感を拭えないという声も少なからず聞かれました。
だからこそ、この高い関心をより深い理解につなげ、また決して一過性のもので終わせないよう、さまざまな分野の専門家たちが知見を持ち寄り、学びを深めながら、よりよい道を探っていこう…というように、私はこの会を理解しました。
とは言え私自身は専門家でも何でもないので、参加された皆さんから、かなり初歩的なことも含め、色々と教えていただいてきました。
当日の参加者は、厚労省の方、地域の子育て支援団体代表の方、児童相談所職員、保健師さん、スクールソーシャルワーカー、小児科の先生、建築士やベンチャー企業の方など、さまざまな分野、さまざまな機関で、子どもの安全な暮らしを支える活動をされる皆さんです。内二名は、福岡と福島から、オンラインで参加されました。
今日は、この勉強会で話された内容の一部をご紹介します。
緊急総合対策6つのポイント
折しもこの会の開催2日前、厚労省より、結愛ちゃん事件を受けた「児童虐待防止対策の強化に向けた緊急総合対策」が発表されました。そこでまずはこのポイントについて、緊急総合対策の策定に携わった厚労省子ども家庭局総務課長 長田浩志さんに、詳細にご説明いただきました。
まず、すでにご存知の方も多くいらっしゃるかと思いますが、緊急総合対策は以下の6項目で構成されています。
① 転居した場合の児童相談所における情報共有の徹底
② 子どもの安全が確認できない場合の対応の徹底
③ 児童相談所と警察の情報共有の強化
④ 子どもの安全確保を最優先とした適切な一時保護や施設入所等の措置の実施、解除
⑤ 乳幼児健診未受診者、未就園児、不就学児等の緊急把握の実施
⑥「児童虐待防止対策体制総合強化プラン」(新プラン)の策定
これらが打ち出された背景を伺いましたので、いくつかご紹介します。
①「転居した場合の児童相談所における情報共有の徹底」について。 結愛ちゃんの事案については、今後、検証が行われることになっており、その結果を踏まえる必要があるとされているものの、今回の事案を念頭にいくつかの緊急対策が打ち出されています。
結愛ちゃん家族は香川県から東京都に引っ越していました。児童相談所の管轄が変わるにあたり、緊急性の判断がしっかりと共有されるとともに、情報が正しく引き継ぎされることが重要だという観点から、“緊急性が高い場合には、原則、対面等で引き継ぎを実施”という方針などが新たに示されました。
③「児童相談所と警察の情報共有の強化」について。
従来の通知では“刑事事件として立件の可能性があると考えられる重篤な事案または保護者が子どもの安全確認に強く抵抗を示すことが予想される事案については、警察と情報共有することとされていましたが、今回新たに“虐待による外傷、ネグレクト、性的虐待があると考えられる事案等の情報”など、さらに具体的な状況を示した上で、それらの情報は“必ず児童相談所と警察との間で共有することを明確化し、全国ルールとして徹底”と改められました。
⑥「児童虐待防止対策体制総合強化プラン」(新プラン)の策定」について。
現状、児童相談所職員は虐待相談以外の相談ケースも担当しているため、1人当たり平均50ケースもの案件を抱えているそうです。この業務量を一人当たり40ケース相当まで少なくし、個々のケースに対してより細やかな対応を可能とするとともに、里親養育支援や市町村支援を担当する職員を配置できるよう、今後4年間で児童福祉司を2000人増員するとのこと。またこれに加え、市町村の体制強化にも取り組んでいくということです。
各市町村にある「要保護児童対策地域協議会」、通称 “要対協”とは?
続いて、この緊急対策への疑問や意見、またそれぞれの参加者から紹介された事例などをもとにしたディスカッションが行われました。その中では「要保護児童対策地域協議会」通称“要対協”の抱える課題について話が及びました。
そもそも要対協という組織について、お恥ずかしながら私は知らなかったのですが、平成16年の児童福祉法改正に際して規定された組織だそうです。
虐待を受けている子どもをはじめとする支援対象児童の早期発見、適切な保護の目的で、学校や警察、保健機関や児童相談所など、地域の親子と接するさまざまな機関によって構成される要対協。
この組織が機能することには、以下のような利点があるといいます。
① 支援対象児童等を早期に発見することができる。
② 支援対象児童等に対し、迅速に支援を開始することができる。
③ 各関係機関等が情報の共有を通し、課題を共有化が図られる。
④ 共有された情報に基づいて、アセスメントを協働で行い、共有することが出来る。
⑤ 情報アセスメントの共有化を通じて、それぞれの関係機関等の間で、それぞれの役割分担について共通の理解を得ることができる。
⑥ 関係機関等の役割分担を通じて、それぞれの機関が責任をもって支援を行う体制づくりができる。
⑦ 情報の共有化を通じて、関係機関等が同一の認識の下に、役割分担しながら支援を行うため、支援を受ける家庭にとってより良い支援が受けられやすくなる。
⑧ 関係機関等が分担をし合って個別の事例に関わることで、それぞれの機関の責任、限界や大変さを分かち合うことができる。
引用:要保護児童対策地域協議会設置・運営指針(1)
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000161701.pdf
厚労省の調査では、約99%の自治体に設置されているそうですが、実は地域によって組織が形骸化しており機能していないという問題もあると言います。
要対協の抱える課題とその改善については、厚労省でも重要度が高いものとして認識されているそうで、発表された緊急総合対策には、要対協の職員体制の強化等についても言及されています。
20年経たないと結果が分からない
このほか勉強会では、過疎地域と都市部で抱える課題が大きく異なることや、子育て支援における地域格差、また各種機関における情報管理ノウハウや、福岡での先進的な里親プロジェクトの事例紹介など、さまざまなお話を伺いました。
勉強会の中盤、参加者のお一人、NPO法人せたがや子育てネット代表の松田妙子さんが、次のように仰いました。
「この国では、予防に予算がつきにくいんですよね」
個人的に、この発言はとても印象に残りました。というのも当日参加されたさまざまな立場の方から一様に聞かれたのが、幼い命の犠牲があってようやく世間の関心が高まり、予算がつく。そのことへ向けられたある種の“嘆き”でした。
当然ながら、これまでにも官民問わずたくさんの人が知恵を絞り、検討を重ね、子どもの安全な暮らしを守るための取り組みに尽力されてこられました。
けれども、人やお金といった資源を今以上に潤沢に投じられていたとしたら、結愛ちゃんも、また今回のように報道されることのないまま失われてきたたくさんの命も、守ることができたかもしれません。
ところがこと、子どもの命に関する事柄については、予防に費用を投じたとして、子どもの虐待が予防されたり、安全な中生活できる状態になったと判断できるのは子どもが成人する20年後のこと。
そのため事件が起きる前、未然の状態では、“予防”にかけるコストや人の必要性が正しく認識されず、その結果、残念ながら子どもの命が犠牲になってしまい、皮肉にもそこでようやく関心が高まる。こういったことが、過去に何度も繰り返されてきたそうです。
ともすれば外に対して閉ざされた家庭の中で、親だけが抱えてしまいがちな子育ての負担、困難さといったものを、外の人が適切に把握し、ケアしていくこと。またその仕組みを整えていくことで、虐待の発生そのものを予防することができる。松田さんは、「究極の虐待の発生予防になると思います」とお話してくださいました。
今回の勉強会に参加し、今すでに起きている虐待から子どもを保護することと同時に、今後起き得る虐待の予防にも、適切な予算や手が投じられること。その重要性が、より広く知られていかなければならないと、あらためて感じました。