映画「榎田貿易堂」R‐15が辿り着いた秘境のようなオトナのシモネタと群像劇 - 松田健次
※この記事は2018年07月16日にBLOGOSで公開されたものです
夏が始まり、終わる――。ひと夏という季節の通過儀礼により、人々の何かが少しずつ変わる。映画「榎田貿易堂」は群馬県の渋川・伊香保を舞台に、ひとクセあるオトナのようなオトナ達の淡々としならがも混沌とした群像劇だ。登場するオトナ達は何かしらの「迷い」を抱えている。個々にとって切実な「迷い」が絡みあい、タバコをふかしあい、軽口を叩きあい、ツッコミあい、こそりと詮索しあい、働いて弁当食って時々酒飲んでうどんすすって、笑っているうちにその裏側が透けてきて、雨降って晴れて曇って夏が過ぎていく。
幾すじもの余韻が尾を引く作品だった。ストーリー概要を公式サイトから引く――。
迷える大人たちの喜怒哀楽
< 映画「榎田貿易堂」公式サイトより >渋川清彦演じる主人公の榎田は、リサイクルショップを「なんとなく、勘で」という、あってないような動機で始め、家電や家具や脈絡のないレトロなグッズに囲まれながら、仕事と色事をゆるく行き来し、地に足がついているのかいないのか、つかみどころの無い浮遊感で地元を漂っている。押しそうで引いていて、アクが強そうで淡く、今この時代、どこかにいそうで既視感のない、ふんわりしてて優しくてふざけたオーバーオールの似合うアニキ。物語が進むうちにじわじわと気がかりな存在になっていく。
群馬県にある開業四年目のリサイクルショップ・榎田貿易堂。
「扱う品はゴミ以外。何でも来いが信条さ」という店主・榎田洋二郎(渋川清彦)のもとには、店の商品同様に様々な人間が集う。榎田貿易堂でバイトする人妻・千秋(伊藤沙莉)、同僚のクールな青年・清春(森岡龍)、終活中の客・ヨーコ(余貴美子)、東京から出戻った自称スーパーチーフ助監督・丈(滝藤賢一)。各々が小さな秘密を心に抱えながらも、穏やかな日々を送っていた。※( )は筆者補足。
ある夏の日のこと、いつものように彼らが集う中、店の看板の一部が落下する。「これ予兆だよ。何か凄いことが、起きる予兆」と言う洋二郎の言葉通り、それぞれの抱える悩みや問題が、その日から静かに、だが確実に動き出す…。
夫との関係に寂しさと不安を抱く千秋、過去から抜け出せず苦しむ清春、新たな恋人との生活と人生のけじめに揺れるヨーコ、東京での映画作りの日々と故郷での生活に迷う丈。そして、洋二郎の胸にも捨てられない想いがあった。果たして5人は現在に「留まる」のか、それとも「やめる」のか…。
このアニキを軸に、榎田貿易堂というプラットホームにいつもの面々が集い、雑談が始まる。戯れて毒づきながら、話はやがていない誰かの噂になる。狭いジモトの人間関係は最大の暇つぶしだ。
また、言葉を要しない場面では、コドモが美容院での秘め事を「覗き」、オトナがコインランドリーでの秘め事を「覗き」、ジモトの(下衆で日常な)時間は年齢に関わらず流れたりしている。男女の結合は、地元民達をつなぐ永遠の接着材だと言わんばかりに。
この映画で描かれる男女の結合は「危うさ」や「逞しさ」など様々な磁力を放ち、目を逸らさない。その中でも出色だったのが伊藤沙莉が熱演した「珍宝館」のシーンだった。
※(すでに6月9日より公開済みの映画ではありますが、ここからさらなるネタバレを含みます。これから観そうな予感がある方はここで読むのを止め、ぜひ上映館へ。鑑賞後にまた読み進めて頂ければ何よりです)。
夫とのセックスレスにフラストレーションを溜めている若い人妻
女優・伊藤沙莉(いとうさいり)は、最近ではNHK朝ドラ「ひよっこ」(2017年)で少しクセのある米屋の娘「米子」を演じていたのがおなじみか。子役時代からの長いキャリアを持ち、現在24歳だ。美女とも言い切れず、かといってブスではない。しいて言えば「中の上」、そんなエリアの誰もが持っている「何かを持ってない」感が、芝居の妙味を連れてくる。若いが巧い注目のバイプレーヤーだ。伊藤が演じる千秋という女性は、夫とのセックスレスにフラストレーションを溜めている若い人妻。女として満たされず、抱いていた理想の夫婦からかけ離れてしまった現実をこじらせている。その反動もあってコインランドリーの主人(諏訪太郎)とヨーコ(余貴美子)の秘め事を覗いては、正体を隠した横槍を入れることが、フラストレーションのハケ口になっていた。
だが、ヨーコに勘付かれてしまった千秋は「ちんちんダッシュ」という名の犯行を白状する。(※「ちんちんダッシュ」の詳細は作品でお確かめを)。男女の営みをエネルギッシュに謳歌し、人生の経験論を熱弁する熟女ヨーコを前に、千秋は溜め込んでいた苦悩が一気に噴き出し、泣く。
「もう2年は旦那に触られてない」と。そんな千秋にヨーコは踏み込んだカウンセリングをアドバイスを送る。
< 「榎田貿易堂」より >物語は急展開、「珍宝館(ちんぽうかん)」に場面が移る。「珍宝館」は性にまつわる品々3500点以上というコレクションが展示されているエロチックでマニアックな群馬のローカル・ミュージアムだ。女性館長(兼「マン長」ともいう)「ちん子」さんによるマンツーマンのシモネタ満載ガイドが名物で、昨今では「月曜から夜ふかし」(日本テレビ)が、地上波に映せないモザイクだらけな映像をバックにこの名物館長をいじっている。来訪すれば「夫婦円満、カップル円満」になると。
ヨーコ(余貴美子)「今夜(旦那を)誘いなさい」
千秋(伊藤沙莉)「やり方忘れちゃいましたよ」
ヨーコ「手っ取り早いのはいきなりフェラチオ」
千秋「できませんよそんなの!」
(略)
ヨーコ「だったらデートで珍宝館行きなさい」
このディープなパワースポットに、千秋は旦那(三浦俊輔)を誘って訪れる。旦那は事情がよくわからぬまま、エロい春画や造形物がずらりと並ぶ館内を見学。満々としたリアクションしづらい空気が充ちる中、千秋は旦那をぎこちなくリードし、忘れかけていた女子っぽさをふりまき、ふいに恥じらいの声を発したりしながら、目的に向かって誘い水をまく。
そして、木彫りの男根レプリカがずらりと陳列されたエリアに差し掛かると、千秋はヨーコから教わったミッションを遂行する。
< 映画「榎田貿易堂」より >こうして千秋は夫を回春させ、居ても立ってもいられぬ状態に持ち込み、いざという時の裏サービス(?)で珍宝館館長から貸し部屋の鍵とコンドームを受け取り、夫婦はダッシュで貸し部屋へ。千秋は天にも昇るような笑顔を残し扉の内に消える…。
千秋(伊藤沙莉)「(無数に飾られた木彫りの男根レプリカの中から、おもむろに一本を選んでつかみ、戸惑いながら指で触り始める)」
ヨーコ(余貴美子)「(※回想/千秋への助言)旦那サイズのそれを見つけたら…」
夫「なにしてるの?」
千秋「(男根レプリカを五指でつかみ、じわじわとしごき始める。夫をまっすぐ見つめ、夫の性欲を掘り起こすようにして男根レプリカをしごき続ける)
――同展示室に、榎田・清春・丈・ヨーコがいつのまにかいる。個々に展示品を撫でたりいじったりしながら千秋に無言のエールを送る。
千秋「(仲間の応援を受け、男根レプリカをしごく速度が次第に増していく)」
夫「え? ちょっと、あ、え、ちょっと待って…(股間が気まずくなる)」
千秋「(傍らの陳列台にレプリカを置いて固定し、さらに強くしごいたり撫でたり)」
夫「ちょっと、ちょっと待って…(股間が押さえきれず前かがみに)」
千秋「(しごくしごく)」
このシーンのエロバカバカしさたるや! スクリーンを観ていて爆笑しながら勃ちそうになるという(あくまで個人の感想だが)そんなダブルファンタジーに引きずり込まれてしまった。
夫との冷えた関係を取り戻すため、懸命に男根レプリカをしごく伊藤沙莉の芝居が迫ってきた。乾いた女の切羽詰まった奇行決行。喝采もののハマり役だった。
これは伊藤がエロ過ぎてもダメだし、笑い寄りの技巧に走ってもダメだ。あの必死さが生み出す熱量が可笑しいのだ。しごけばしごくほど切なくて、その波動が夫に届くことで切なさがねじれて可笑しみになる。観る側の受け止めは十色と思うが、素敵なオトナのシモネタだった。
こういう絶妙なシモネタはDMMではお目にかかれないだろう。テレビドラマでは最初からアウトだ。映画でR‐15が辿り着いた秘境のようなワンシーン。何しろ爆笑しながら勃ちそうになったのだ。そんな笑いを自身の記憶に残せて良かった。
なお、このシーンは、主演の渋川清彦が監督の飯塚健に、地元で撮るなら珍宝館も出したいと提案したことからシナリオに加わったという。渋川の地元愛、監督の手腕、伊藤の手淫、そのつながりがこの名「珍」シーンを成立させた。繰り返すがエロバカバカしさで図抜けた素敵なシーンだ。あらためて監督はこの場面を思いつき、撮影したものだと唸る。
立ち戻るが、珍宝館のシーンはこの映画のある一部だ。作品全体はオトナのようなオトナ達の群像劇で、幾つものエピソードが連なり、オトナ達の言葉や行動に笑わせられホロリとさせられる。脇のキャラにも見どころがあり、病み艶な美容室店主の片岡礼子、汗匂い立つコインランドリー店主の諏訪太郎、駒木根隆介、宮本なつ、キンタカオ、子役の渡邉蒼…そして根岸季衣。それぞれの存在感が渋川の街にそれぞれの足跡を残す。
渋川清彦と飯塚健監督、二人とも群馬県渋川市出身という同郷の縁があって出来上がったという渋川な映画「榎田貿易堂」。舞台は渋川だが、日本各地の「地元」で流れそうな時間がそこにある。もし「珍宝館」シーンの確認が入り口になったとしても、映画はタテにヨコに多くの表情を見せてくれる。
6月9日から公開となったが上映館数があまりに少ない。ちなみに現在東京都内では、吉祥寺に昨年秋に誕生したミニシアター「ココロヲ・動かす・映画館〇(通称ココマルシアター)」で7月7日より上映されている。筆者はこの映画の評判を年輩の映画通から教わり鑑賞に至った。このクチコミが無ければ見逃していただろう。
「榎田貿易堂」予告編
< 映画「榎田貿易堂」公式サイト >
https://enokida-bouekido.com/