いすゞのクラシックカー専門業者「イスズスポーツ(ISUZU SPORTS)」が展示していた117クーペ(筆者撮影)

ブームになっている国産旧車の代表格といえば、日産自動車(以下、日産)やトヨタ自動車(以下、トヨタ)の古いスポーツカーというイメージが強い。実際に1960年代後半から1970年代に販売された日産の「スカイライン」や「フェアレディZ」、トヨタ「2000GT」といったモデルは、国内はもちろん海外にも愛好家が多い。とくに2000GTはかなり稀少なこともあり、海外オークションで1億円を突破したプレミアムな車体さえある。


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一方で最近、いすゞ自動車(以下、いすゞ)がかつて生産したスポーツカーが、密かなブームとなっている。いすゞといえば現在、トラックやバスの専門メーカーになっているが、2000年前半までは乗用車の製造販売も手がけていた。とくに1968年発売の「117クーペ」や、1963年発売の「ベレット」などは、当時、日本を代表するスポーツカーとして人気を博したこともあり、今でも多くの愛好家に親しまれている名車たちだ。従来は、旧車市場でそれらの名前を聞くことも少なかったが、ここにきて人気が急上昇しているという。

なぜ今になって、いすゞの旧車に注目が集まっているのだろう。ビンテージカーの一大展示会「ノスタルジック2デイズ(2022年2月19日〜20日・パシフィコ横浜)」に出展した、いすゞのクラシックカー専門業者「イスズスポーツ(ISUZU SPORTS)」に、背景や理由などを聞いてみた。

いすゞの名車、117クーペとベレットの概略


イスズスポーツが展示していたいすゞのベレット(筆者撮影)

まずは、117クーペとベレットについて、簡単に紹介しよう。ベレットは、1963年から1974年まで販売された小型スポーツカーだ。日産のスカイラインが台頭するまでは、モータースポーツでも活躍し、1960年代の日本車を代表するモデルのひとつだ。大きな特徴は、1トンを切る軽い車体が生み出す俊敏な走り。また、日本車として初めてディスクブレーキを搭載するなど、当時としては新しい数々の装備を採用している。さらに車名にスポーツモデルを意味する「GT(グランツーリスモ)」と付けた国産初のクルマとしても有名だ。エンジンには、1.3L、1.5L、1.6L、1.8Lのガソリンエンジンのほか、1.8Lのディーゼルエンジンも用意されていた。


イスズスポーツが展示していた117クーペ(筆者撮影)

一方、117クーペは、1968年から1981年まで販売された2ドアのクーペモデル。スタイリングは、イタリアを代表する工業デザイナーのジョルジェット・ジウジアーロ氏が担当。当時の欧州製スポーツカーにも通ずる美しく、流麗なフォルムが特徴的だ。初期型や中期型は丸目のヘッドライトを採用し、1977年のマイナーチェンジでは、ヘッドライトが角型4灯となるなどの変更を受けている。なお、エンジンには、1.6L、1.8L、2.0Lの直列4気筒ガソリンエンジンのほか、2.2Lのディーゼルエンジンなどもあった。

いすゞの旧車が密かなブームになっている背景


レストア前の状態で展示された117クーペ(筆者撮影)

そんないすゞの名車たちを当展示会に並べたのが、東京都羽村市を拠点とするイスズスポーツ。同店のブースで一際目を引いていたのは、ボロボロの117クーペだ。外装やエンジンなど、さまざまな箇所に錆や腐食が浮き出ており、タイヤはパンクした状態。内装もシートが破れているなど、まるで野外に捨てられ、数十年間経過した放置車両のような姿だった。


フルレストアされた117クーペのリヤビュー(筆者撮影)

一方、となりには、外装を深い緑に塗装し、新車のような輝きをみせている117クーペも展示。つまり、これらは、同店が施したレストアの前と後をイメージさせる演出なのだ。ほかにもブースには、薄紫色に塗装された117クーペ、渋めのグレーで彩られたベレットも並べられている。いずれも内外装はもちろん、フロントボンネット内に鎮座するエンジンまで、「現役」であることを感じさせる仕上がりだ。

イスズスポーツでは、いすゞ製のこれらスポーツカーを中心に、レストアや修理・メンテナンス、車両の販売・買取などを手がけるほか、117クーペ用を中心としたオリジナルパーツも製作。いすゞ車専門店として30年以上の実績を誇り、豊富な知識や技術を持つことが特徴だ。

展示車両117クーペのレストア内容


117クーペの内装(筆者撮影)

イスズスポーツの担当によれば、緑の117クーペは、顧客のニーズに合わせ、メルセデス・ベンツのスポーツモデル「SLK」にかつて設定されていた車体色を特別に調合して塗装したという。また、117クーペの場合は、内装にこだわるユーザーも多く、台湾楠を使ったメーターパネルの張り替えや、メーターまわりなどのメッキ部分には再度メッキ加工を施すなど、細部にわたるまで各部をモディファイしているという。


新車同様に仕上げられた117クーペのエンジンルーム(筆者撮影)

さらにエンジン各部には、液体と混ぜた細かい砂などを高圧で噴出しアルミを削るウェットブラストという手法を用いることで、経年劣化による腐食などを徹底的に除去。とくにいすゞ車は、整備性があまりよくないこともあり、かなりの手間や時間をかけてレストアを施したという。

購入するユーザー層と人気の理由

同店の顧客層は、50代後半から70代中盤が中心。学生だった青春時代などに、いすゞのスポーツカーに憧れていた世代だ。また最近は、当時を知らない若い年代からも支持を受けているという。理由は、まず、誰にでも運転しやすいコンパクトな車体と流麗なデザイン。とくに117クーペは、旧車市場で人気が高い日産の「ハコスカ(1968年発売の3代目スカイライン)」などの角張って無骨なデザインと比べ、「街中にもマッチするスタイリッシュなフォルムに魅了されるユーザーも多い」という話だった。

中古車価格が比較的リーズナブルなことや、純正部品が入手しやすい点も、人気が高い理由だという。例えば、117クーペの場合、同店によれば「ほぼ250万円程度で車体が手に入り、もっとも人気が高い初期型でも500万円くらい」だという。現在は、1000万円を超える車体も多い日産などの人気旧車と比較すると、かなり安く感じるユーザーも多いのだろう。


フェンダーミラーなどのパーツは、現在も入手可能で、比較的リーズナブルなので、レストア費用を抑えられる(筆者撮影)

また、いすゞ車は、現在でもメーカーが生産し続けている純正部品も多く、価格も手頃だという。例えば、117クーペの純正フェンダーミラーは、メッキ処理を施されているにもかかわらず1万円程度で手に入るというのだ。近年は、日産やトヨタ、マツダやホンダなど、メーカーでも古い一部モデルについて、純正部品を復刻販売する動きはある。ただし、再販は喜ばしいが高価な部品も多く、レストア費用にかなり影響を受けている。その点でベース車両や純正部品が比較的安く入手できることも、いすゞ製スポーツカーを手に入れたいユーザーが増えている要因だろう。


117クーペのエンブレム(筆者撮影)

いすゞの旧車については、イスズスポーツだけでなく、今回の当展示会に出展したほかの旧車レストア業者でも、「近年、純正部品の需要が伸びている」といったコメントを聞いた。いすゞの古いスポーツカーに、市場が徐々に注目しはじめていることが伺える。

比較的リーズナブルに乗れる旧車として注目

その背景には、ハコスカや2000GTといった従来からのいわゆる国産ビンテージカーはもとより、最近では1980年代から2000年代前半に販売された国産スポーツカーなどの人気までもヒートアップしていることが挙げられる。とくに1989年〜2002年までの日産「スカイラインGT-R(R32型・R33型・R34型)」、トヨタが1993年に発売した「スープラ(A80型)」、1991年発売のマツダ「RX-7(FD型)」などは、海外からの需要も高く、中古車価格は高騰傾向だ。さらに、これら車種の需要増は、市場におけるタマ数の減少もまねき、入手はかなり困難になってきている。


117クーペの外観(筆者撮影)

これから旧車に乗ってみたいと思うユーザーであれば、ほかの車種へ流れることは自明の理だといえよう。117クーペやベレットといったいすゞ車は、従来であれば、さほど旧車市場で人気が高い車種ではなかった。いわば、少数の愛好家が支持するマニアックなクルマだったのだ。だが、ほかの人気車種より車体価格が安く、純正部品も手に入りやすくリーズナブル。しかも、独特のスタイリッシュなフォルムも持つ。そんな魅力に気づいた愛好家たちが、一気に注目しはじめているのだろう。かつて一世を風靡した、いすゞの古いスポーツカーが、再び大きな脚光を浴びる日は、意外に近いのかもしれない。

いずれにしろ、国産旧車ブームは、対象車種が広がることで、さらに過熱することも予想される。基本的には、再生産されることがないクルマの市場だけに、いつか限界はくるであろうが、いつまで続き、今後どう変化していくのか非常に興味深い。

(平塚 直樹 : ライター&エディター)