イカゲーム』が世界No.1ドラマとなった理由は?

 韓国発のNetflixオリジナルドラマ『イカゲーム』が大ヒットしています。配信が始まるや、世界90カ国以上で視聴回数が1位となり、全世界で1億4000万を超える世帯が視聴したといわれています。

 非英語圏のドラマが世界の国々でここまでヒットするのは、きわめて異例なことです。『イカゲーム』がなぜ国境を越えて多くの人々の心をつかんでいるのか。今回は、その秘密を精神科医であり、映画評論家でもある私が分析したいと思います。

(1)モデリングの粋を極める

 ネットで『イカゲーム』の感想や評判を読むと、「『カイジ』『神さまの言うとおり』などの日本の漫画、アニメ、映画、ドラマのパクリだ!」という指摘が多くなされています。

 多額の借金を抱えた人生の敗者を集めて起死回生のデスゲームに参加させるというイントロダクションは、まさに『賭博黙示録カイジ』そのもの。『イカゲーム』の第5ゲーム「飛び石ゲーム」は、『カイジ』に出てきた鉄骨を渡る途中に落下したら死亡するという「ブレイブメンロード」にそっくりです。

 命がけで「だるまさんがころんだ」(『イカゲーム』では「ムクゲの花が咲きました」という名称)をするのは、『神さまの言うとおり』に出てきます。

 また『イカゲーム』を最初に見たとき、昨年配信された日本発のNetflixオリジナルドラマ『今際の国のアリス』とまったく同じフォーマットで作られているな、と感じました。このドラマでは東京・渋谷を舞台に、強制的にデスゲームに参加させられた若者たちが仲間同士で協力したり、チームで戦ったり、親しい者同士が殺し合ったりする様子が描かれました。

 しかし、漫画、映画、アニメなどのストーリーは、すでに出尽くしているといわれており、「こんなの見たことがない」という斬新なストーリーを作り出すことは不可能ともいわれています。何かの作品と似てしまうことは、しかたがないのです。

 そもそもパクリ技術、失礼、「モデリング技術」は、韓国の得意とするところ。『イカゲーム』は、「おもしろいドラマ」がたまたま韓国から生まれたという単発の現象ではなく、韓国の制作陣が持てるモデリング技術を十二分に発揮した結果、必然的に誕生した作品と考えられます。

 ちなみにモデリングが生んだ大ヒット作ということでは、じつは、今から40年以上前に、古今東西のおもしろい映画、小説、神話を徹底的にモデリングした、「寄せ集め映画」が記録的な興行収入を上げました。『スター・ウォーズ』シリーズ第1作めがそれです(1977年)。

 ストーリーは黒澤明監督の『隠し砦の三悪人』や『七人の侍』とそっくりで、ビジュアル的にはSF映画の古典から多くの着想を得ています。それが「圧倒的なおもしろさ」として結実し、空前のヒットとなったのです。

(2)AIを活用した依存性を高める施策

イカゲーム』を最初に見たときは、「『カイジ』のパクリじゃないか」と思いつつ、途中でやめられなくなり、3話まで一気見してしまいました。Netflixのオリジナル作品には、ある種の依存性があるのを感じます。

 Netflixにはドラマが終了した数秒後に次のエピソードが自動的にスタートする「自動再生機能」があります。さらに、各話のラスト10分くらいから話が異常な盛り上がりをみせるため、脳はドーパミンとアドレナリンのシャワーを浴びることになります。

 この状態で、ドラマが終わってすぐに「停止」ボタンをクリックするのは、普通の「意志力」では無理というものです。

 日本発のNetflixオリジナルドラマ『全裸監督』の制作秘話で紹介されていましたが、オリジナルドラマの脚本は制作国のシナリオライターが執筆するものの、Netflix本部のプロデューサーやシナリオライターが、彼らに詳細なアドバイスをおこなうといわれています。

 Netflixオリジナルのドラマや番組を何本か見ればわかりますが、それらには共通する「おもしろさの法則」があるように感じます。つまり、「絶対にはずさないおもしろいドラマのテンプレート(ひな型)」。現時点で、それを最大限に生かした作品が『イカゲーム』といえるのです。

 ここからは私の推測ですが、Netflixは「究極のおもしろいドラマ」を作るにあたり、AIをおおいに活用しているのではないでしょうか。

 Netflixには、世界各国に2億人を超える有料会員がいます。そのビッグデータを解析すれば、停止ボタンが押されるのが多いのは開始何分めか、脱落する人が多いのは何話めか、などが一目瞭然でしょう。

 こうしたデータをもとに、脱落率を減少させる施策をおこなうことで、依存性の高い、視聴者を夢中にさせるドラマが作れるというわけです。

 実際に、Netflixは視聴者にどの作品を「おすすめ」にするかにあたり、過去の視聴履歴や俳優などの好みに応じて、異なるサムネイル(見出し用画像)を表示させるAI技術を使っています。

 また、2021年10月に「AIに40万時間分のホラー映画を見せて作らせたホラー映画」を公開しているように、すでにAIを活用した事例を明らかにしています。

(AC)Netflixのライバルはゲーム?

(3)ゲーム好きの取り込み

 Netflixのライバル会社は、どこだと思いますか? 「Amazonプライム」を提供するAmazonと答える人が多いでしょうが、私はおそらく「ゲーム」業界ではないかと考えています。

 仕事から帰宅して、ストレス解消に何かしたい。さあ何をするか? このとき、「動画」を見る人と「ゲーム」をする人で大きく2つに分かれるのではないでしょうか。つまり、後者を動画の世界に取り込めば、飛躍的に視聴者数、登録者数を伸ばすことが可能になります。

 その点で、『イカゲーム』は、「ゲーム好き」を意識した作品になっています。まず、タイトルの「イカゲーム」。ゲーム好きの人であれば、とりあえずどんなゲームなのか知りたくなります。

 そして、「階段や廊下」「フロントマン」などの、ピクセルアート風のデザインは、あきらかにゲームの世界を実写化したものです。重要なモチーフとなっている○△□のマークも、ゲームのコントローラを意識しているでしょう。

 そしてストーリー自体も、各ステージごとに勝者が次のステージに進めるというゲーム的な展開です。そうした、ゲーム好きの人たちが見たくなる工夫、ストーリー展開が、意識的におこなわれているのです。

(4)社会問題をテーマに

イカゲーム』の特徴のひとつは、韓国における貧富の差、学歴社会の苛烈さ、女性の地位、脱北者など、社会的な問題を多く扱っていることです。結果として、ゲーム好きの20代、30代に限らず、深いテーマ性を求める中高年層の取り込みに成功しています。

 これは、『パラサイト 半地下の家族』のモデリングです。韓国内の貧富の差や学歴社会を辛辣に描いた同作は、非英語圏作品で初めて米国のアカデミー作品賞に輝くという栄誉に浴しました。

 こうした「韓国の社会問題をリアルに描く」作品が、世界で望まれていることが証明されたわけです。そこから「社会的テーマを盛り込む」ことが、ヒット作品のテンプレートの条件のひとつとして盛り込まれたのでしょう。

 日本にはアニメや漫画という、世界に通じる最高のエンタメコンテンツがあります。さらにいうと、世界最高のハイテク技術を有しています。しかし、コンテンツのパワーもハイテク技術も、中国、韓国が日本に追いつきそうな勢いです。

 なぜ、こうなってしまったのか? その理由や原因をきちんと分析・考察する必要があります。そこに日本経済を復活させるヒントがあるからです。『イカゲーム』を視聴して、なぜ世界的にヒットしたのかを考えることには大きな意味があるのです。

 ただし『イカゲーム』は、人が大勢死ぬなどの残酷な描写が多すぎる点において、万人向けではないことを追記しておきます。

かばさわ・しおん
樺沢心理学研究所代表。1965年、北海道札幌市生まれ。札幌医科大学医学部卒。YouTubeチャンネル「樺沢紫苑の樺チャンネル」やメルマガで、累計60万人以上に精神医学や心理学、脳科学の知識・情報をわかりやすく伝える、「日本一アウトプットする精神科医」として活動

イラスト・浜本ひろし