「小さいときはあんなにかわいかったのに、大きくなったら全然母親を顧みなくなった」。
そんな息子の変化に思いを馳せる人は、日本中にたくさんいるのではないでしょうか。でも、「育て方次第では、いくつになっても優しい男性に育ってくれるはず」と語るのは、自身も一児の男子の母である脳科学者の黒川伊保子さんです。

新刊『イラストですぐわかる! 息子のトリセツ
』(扶桑社刊)を発売したばかりの黒川さんに、優しくて頼りがいのある息子を育てる秘訣を伺いました。


黒川伊保子さんに聞く「息子のトリセツ」

男の子は、優しい言葉を与えるほどに、優しい言葉を言う子どもに育つ



優しい言葉で接してくれる男の子を育てる最大の秘訣。それは、「優しい言葉を口にすること」だと黒川さんは語ります。

「日本の子どもは、愛を口にしない子が多いです。でも、その理由は、親が口にしないからです。人工知能にしても、入力しないと、優しい言葉は出てきません。人の脳もこれと一緒で、優しい言葉を与えないと優しい言葉は出てこないのです。そこで、私自身も子育てをする際は『私と息子の二人の間に漂っていてほしい言葉を溢れるほど与えて、育ててみる』ということを意識しました」

●駆けつける母に育てられると、駆けつける息子に育つ



新生児のときには、「抱き癖がつくので、子どもが泣いても多少は放っておいたほうがよい」という説もありますが、黒川さんは「息子との信頼関係を築くうえでは、いつでも駆けつける母であったほうがいい」と語ります。

「息子が不安を訴えたら、駆けつける母でいること。それが、母と息子の二人の間に信頼関係を築くのだと思います。私も、息子が新生児のとき、彼が泣けば、電光石火でベッドに駆けつけていました。先輩ママたちからは『落ち着いたら? 多少泣かせたほうが、肺が鍛えられるわよ」と言われましたが、私は、即効で駆けつけて、抱き上げていましたね』


人それぞれ育児の優先順位は違っているのは当然なこと。ただ、自分自身が「なにかあったときにすぐに駆けつける存在」でいなければ、将来、母が痛がっても、駆けつけてくれる息子にはなってくれないと黒川さんは語ります。

「お金と愛は、よく似ていて、どちらも手に入れないと使えません。教育資金を貯金するように、愛も貯金してあげたほうがいいのです。たとえば、うちの息子は、私が手をぶつけて痛がれば、必ず『大丈夫?』と声をかけてくれますし、痛い手を差し出せば、さすってくれます。それを見た夫が『たいしたことないのに、よくそんな、見え透いたことが言えるよな』と言ったときなんか、『ハハが痛いのは、手じゃなくて心なんだよ』と優しく言ってくれたこともありましたね」

●頼りにすれば、息子はどんどん頼れる存在になる



心優しい息子に育ってもらうには、優しい言葉をかけたり、優しい行動を見せることが重要ですが、息子に頼りがいのある存在になってもらうにはどうしたらいいのでしょうか。

「おすすめは『息子を頼りにしてしまうこと』ですね。脳はインタラクティブ(相互作用)マシンなので、他者との関係性を常に測っています。言葉は、その関係性をくるりと変えるアイテムで、頼られた側の脳は、自然に、その場のリーダーになってしまうのです。リーダーは、自制して、全体を考えなければいけません。親子関係であっても、この効果は免れません。しかも、客観性優位の男性脳は、幼くても、この機能を発揮しやすいのです」


たとえば、公園で遊びに夢中になって、ジャングルジムから降りようとしない息子にも、「帰るわよ、早く降りてきなさい」と言うのではなく、「そろそろ、帰らないと、ママ、カレーつくる時間がなくなっちゃう。どうしよう」と困惑して見せてみる。すると、命令にはなかなか従わない子も、「わかった、帰ろう」と言ってくれることが多いのだとか。

●兄弟ゲンカを仲裁する最善の手段も、「頼る」こと



「母親が頼る」という行動は、兄弟ゲンカを収めるときにも有効なのだそうです。

「兄弟ゲンカをしているときは、つい、兄の方に『お兄ちゃんなんだから、我慢しなさい』と言ってしまいがちです。でも、これは兄にとっては理不尽もいいところ。その場は収まっても、兄の側にストレスがたまるので、兄弟仲は、さらに悪くなる可能性が高いのです」

たとえば、兄のオモチャを欲しがって泣く弟がいる場合、母親が心底困惑して、「どうしたら、それが、お兄ちゃんの大切なものだって、わかってくれるかしら。お兄ちゃん、どう思う?」と、兄を頼ってみると、意外と兄側から「ちょっと、貸してやるよ」などという提案が出てきやすくなるのだとか。

「頼られれば、頼られるほど、男の子は凛々しく、賢く、たくましくなっていきます。ぜひ、一方的に怒ったりいさめたりするのではなく、息子を頼ってみてください」

●兄弟を育てるときに大切にしたいのが「序列」




また、兄弟をスムーズに育てるに、序列を大事にすることが肝心だと黒川さんは続けます。

「兄弟がそろっている場面では、長男、二男、三男の順に頼りにするのがいいでしょう。なぜかというと、男性脳は空間認知優先で、『距離』や『位置』に鋭敏だからです。この癖は概念空間でも同様で、人間同士の位置関係(序列)にもデリケートです。だから、男性たちは、肩書を気にするし、肩書の上の者を差し置いてものを言いづらい。これは、幼い男性脳でも一緒です。序列が今日と明日で違うことと混乱して、神経がやられてしまいます。兄弟が、序列の中に納まっていれば、男性脳は安心する。二男は、二番目という場所で、かえってストレスがないんですね。ただ、基本的には長男、二男、三男の順に頼りにするのがいいのですが、だれかが得意な分野である場合は、例外的にその本人に最初に頼りにするのがおすすめです」

●母親が父親をたてると、息子育てがうまくいく



序列を大切にする兄弟たち。そして、その序列の最高位に君臨するのが、息子たちの父親、すなわち夫です。だからこそ、夫を立てることが息子育てでは重要になってくるのだとか。

「男性脳はロールモデルによって成長していく性質があります。世界で最初に認知する大人の男性=父親は、自然に人生最初のロールモデルになっていることが多いのです。このロールモデルが、妻にないがしろにされていたら、息子たちのモチベーションは劇的に下がってしまいます。逆に、息子たちの人生最初の女神である母親が、ロールモデルを尊重していたら、『がんばって、あの場所に行きたい』と思えるはず。というわけで、空間認知優先の男性脳の学習意欲を掻き立てようと思ったら、夫を立てることが早道なのです」

●息子をエリートに育てる必要はない



自分の息子を育てている際、「仕事のできる男になってほしい」と願う人は多いかもしれません。ただ、黒川さん自身は、息子を育てている際は「息子をエリートにしよう」と思ったことは一度もなかったそうです。

「お母さんのなかには、『自分の子どもをエリートに育てよう』とする人たちもいますが、私自身にはその気持ちがあまりわからなかったんですね。仮に、息子が国際的に活躍する実業家や外交官なんかになってしまったら、自分の傍にはいてもらえません。私自身は、『愛しい息子を遠く手放すために、せっせと塾に通わせるなんて…』と思ってしまったのです」

もちろん、そういう人材は、この世に必要であることは間違いありません。ただ、「なにも、それが自分の息子じゃなくもいいのではないか」という気持ちが強かったそうです。

「本人がどうしてもなりたいのなら仕方ないですが、自分から息子をエリートに育てたいとは思いませんでした。だから、子どもを立派に育てようとするママ友たちの姿は、私にとって眩しいばかりでしたね」

優秀で仕事で活躍する息子を育てるのもいいけれども、仮にエリートでなくても、優しくて頼りがいのある人に育てば、ずっと自分にも優しく接してくれる息子でいてくれるはず。母として、これ以上幸せなことなど、ないのかもしれません。

黒川さんの最新刊『イラストですぐわかる! 息子のトリセツ
』(扶桑社刊)では、脳科学的な見地から見た「息子育て」について、実体験を交えて解説しています。「息子を優秀な子に育てる秘訣」「他人に愛情を持って接する息子を育てる方法」などが、数多く記載されています。ぜひチェックを。

<取材・文/ESSEonline編集部>

●教えてくれた人
【黒川伊保子さん】



脳科学・人工知能(AI)研究者。1959年、長野県生まれ。奈良女子大学理学部物理学科卒業後、コンピュータ・メーカーにてAI開発に従事。2003年より(株)感性リサーチ代表取締役社長。語感の数値化に成功し、大塚製薬「SoyJoy」など、多くの商品名の感性分析を行う。また男女の脳の「とっさの使い方」の違いを発見し、その研究成果を元に『妻のトリセツ
』『夫のトリセツ
』(ともに講談社刊)を発表