みちのりグループの茨城交通が2020年度に行った「ひたちBRT」での自動運転バス実証実験の様子(写真:みちのりホールディングス)

沿線人口の減少などで、ただでさえ経営の厳しさが指摘されてきた地方交通が、コロナ禍によりさらなる苦境に立たされている。そのような状況下にあって、「従来型の投資は控えつつも、ポストコロナを見据え、デジタル分野への投資は予定通り進めていく」と話すのは、北関東・東北エリアを中心にバス事業などを展開する、みちのりグループの松本順CEOだ。

ポストコロナ期において、地方交通の姿はどのように変わるのか、また、みちのりグループが今後どのような事業展開を図っていくのかについて、松本氏に聞いた。

みちのりグループは、みちのりホールディングス傘下の各交通事業会社のローカルブランドを重視して事業展開を行っているため、「みちのり」という企業名はあまり知られていない。同グループは、経営共創基盤(産業再生機構の元中心メンバーによって2007年に設立)の100%出資によって2009年に設立。2021年4月現在、岩手県北バス、福島交通、会津バス、関東自動車、茨城交通、湘南モノレールの各交通事業会社およびインバウンド専門の旅行会社みちのりトラベルジャパンが、グループ企業として名を連ねている。

デジタル投資は「コロナ後」見据え

――コロナ禍により旅行・交通事業者が甚大な影響を受ける中、みちのりグループは、とくにDX(デジタルトランスフォーメーション=デジタル技術を用いたビジネスモデルの変革)対応の実証実験や投資を積極的に進めている印象があります。

いつもよりも投資を増やしているわけではありません。むしろ、コロナ下においては何かをジタバタとやっても効果が薄いのがわかっているので、投資を控えることで資金的負担を減らし、雇用調整助成金を活用して陣容を維持するというのが基本的なスタンスです。しかしながら、ポストコロナに向けての回復期において業績回復を早められるよう、お客様に「バスや電車は便利だ」と感じていただき、需要創出に結びつけられるようなデジタル投資は、計画通りに進めていくというポリシーをグループ全体で明確にしています。

――デジタル技術を用いた便利なサービスとは、具体的にはどのようなものがありますか。

新しいバスロケーションサービスの導入を進めており、間もなくグループ内バス会社全社(5社)への導入が完了します。これは、お客様ご自身のスマートフォンに、バスの位置情報に加え、定刻通りなのか遅れているのか、目的地に何時に到着予定なのかといった情報をリアルタイムに表示するサービスであり、バスの利便性が飛躍的に向上します。


茨城交通バスロケーションサービス画面(画像はテスト期間中の画面)(筆者撮影)

雨天時や降雪時は、バスは遅れがちになります。これまでは遅れるだろうと思いながらも、時間通りにバス停に行かなければならなかったのが、本サービスの導入により、家で待つことができるようになる。また、誰しも経験があると思いますが、例えば14時にバス停に到着して時刻表を見ると13時55分発と書いてあった場合、すでにそのバスが行ってしまったのか、これから来るのか判断がつかなかったのが、スマホで簡単にチェックできるようになります。

さらに、茨城交通では間もなく、バスロケサービスの画面に、お客様の乗車人数(混雑状況)も表示されるようにします(2021年4月下旬取材時。同月30日にサービス開始)。これは3密回避の対策としても有効ですが、バスが2台、間を置かずに来るような場合に、次のバスは満員だけどその次は空席があるというようなことがわかるので、コロナに関係なく、とくにベビーカーを持ったお客様やご高齢のお客様などに喜ばれるでしょう。

深刻なのは「運転手不足」

――コロナによるテレワークの浸透などによって移動需要が変化しています。今後、交通事業者には、どのような対応が求められますか。

たしかにコロナによる生活様式の変化が公共交通機関へ及ぼす影響についても、一定程度、見ておかなければならないとは思います。しかし、それよりも、もっと深刻なのが人手不足の問題です。生産年齢人口の減少により公共交通の運転手の担い手が少なくなっていく中で、サービスを享受する高齢者は増えていきます。となると、1人の運転手が運ぶことができるお客様の人数を増やしていかなければなりません。つまり、生産性を上げなければならないということですが、これは公共交通のサステナビリティを考えるうえで、極めて重要な視点です。

私は、生産性を上げるための大切なアプローチは営業活動の強化だと思っています。乗る人は乗るし、乗らない人は乗らないという考え方ではお客様を増やすことはできません。公共交通の使い方をPRし、便利さをきちんと訴求する。さらに、デジタル技術を用いて公共交通サービスのクオリティを向上させていくことです。

――デジタル技術を用いた生産性向上策には、どのようなものがありますか。


みちのりグループCEOの松本順氏(筆者撮影)

バスの走行ルートやダイヤをリアルタイムの需要に応じて、AI(人工知能)を駆使して最適化するダイナミック・ルーティングの技術も、この範疇に入ります。現状、バスのルートやダイヤは人間が考えているわけですが、入手可能なあらゆる情報をインプットしてAIに考えさせるほうが、より効果的な運用を実現できるはずです。

このダイナミック・ルーティングに関しては、郊外や過疎の町などで行うものと思われるかもしれませんが、大都市への導入の可能性もあります。大都市の場合は、一定方向への移動が集中する朝と夕方は固定ルート・固定ダイヤ、その他の時間帯はダイナミック・ルーティングにするといった組み合わせで行うのが合理的です。

――最近は、MaaS(マース=交通手段を事業主体の別なく情報通信技術などを使って1つのサービスとして結びつけ、シームレスな交通サービスを提供する概念)も各地で行われていますね。

MaaSを真に意味あるものにするためには、必要な公共交通情報のデータ(時刻表などの静的データと運行状況の動的データ)を交通各社がもっとオープンにしなければなりません。仮にどこかのベンチャー企業が、使い勝手のいいMaaSアプリを開発したとしても、データがオープン化されていなければ、データを利用するために交通事業者1社1社と個別に契約しなければならないということになりますが、これは現実的ではない。すべてのデータに自由にアクセスできる環境が整わなければ、個々の交通事業者間の垣根を超えたデータ連携による利便性の提供と、それによる公共交通の活性化というMaaSの真価が発揮されません。

オープンデータ化、なぜ進まない?

――我が国でオープンデータ化があまり進んでいない理由は、どのあたりにあると思いますか。

ここでいう公共交通情報のデータというのは、個人情報が特定されるような性質のものではないので、公開しても法的な問題はないはずなのですが、何かに悪用されるのではないかといったような警戒心があるのかもしれません。また、近接するエリアに自社の利用者を逃さないようにするために、MaaSの発展をそもそも望まない事業者もいるのかもしれません。

ちなみに、われわれが進めているオープンデータを通じた利便性強化の事例を紹介すると、当グループ各社のバスロケーションシステムの情報を(経路検索サービスの)ジョルダンとの連携により標準フォーマット化してオープンにすることで、グーグルマップ上でもバスのリアルタイム運行情報をご覧いただけるようになっています。その土地をたまにしか訪れない観光客に、当社グループの専用バスロケサイトを見ていただくのは無理がありますので、こういったさまざまな情報提供チャネルを用意するよう取り組んでいます。

――自動運転技術の進化も楽しみですが、みちのりグループは、この分野でどのような取り組みを行っていますか。

自動運転は、究極の生産性向上策ということができますが、おそらくは、私が現役のうちには都市の街路を運転手のいない自動車が走り回るというようなところまではたどり着かないと思います。

近い将来に実用化されうる自動運転のアプローチには2つあり、1つは山間地などの人口密度の低い地域での運用を想定した、ラストワンマイルの移動手段を確保するための自動運転モビリティです。これはゴルフ場のカートのような車両が、路面に埋設した磁気マーカーに誘導されながら走行する仕組みであり、自律的にAIが運転するのではないので技術的難易度は低く、法令の整備が進み、かつ自治体の支援が得られれば、ここ2〜3年のうちに実現するものと考えます。


2018年度の「ひたちBRT」自動運転実証実験で使われたバス(編集部撮影)

もう1つは、BRT(Bus Rapid Transit=専用道や専用レーンを用い、速達性・定時性確保を可能にするバス交通システム)の自動運転化です。茨城交通は、旧日立電鉄(2005年に鉄道廃止)の廃線跡の一部を専用道化した「ひたちBRT」という路線を持っています。われわれはここで、2018年度(2週間、小型バス使用)と2020年度(4カ月間、中型バス使用)の2度にわたり、自動運転バスの実証実験を行いました。


ひたちBRT自動運転実証実験における「路車協調」のイメージ(住友電工のインフラ協調システム)(画像:みちのりホールディングス)

この自動運転バスは、自車の走行位置の検出・補正は高性能GPSおよびGPSの感度が悪い一部の場所では磁気マーカーで行い、また、障害物の検知は車載カメラや各種センサー類で行うもので、今はまだ運転席に運転手は座っているものの、ほぼ自律的な自動運転を実現しています。

ただし、ひたちBRTは約10kmの路線中、専用道は約7kmで残りは一般道を走行しています。また、専用道内にも一般道と平面交差する場所が複数ありますので、自動運転技術(車両側)単独では右左折が難しい交差点や、安全確保が難しい地点には、路肩(道路側)に専用センサーを設置して車両と通信することで自動運転を支援する「路車協調」システムを採用しました。このひたちBRTの自動運転に関しては、今後も実証実験を重ね、2023年前半の商用実装を目指しています。

デジタル化、運転手にはあっさり浸透

――こうしたDX対応を進めるに当たって、サービス提供側、ユーザー側双方のデジタルリテラシーが問題になることはありませんか。

会津バスでは、昨年からダイナミック・ルーティングのバスの商用運行を開始していますが、運転手がタブレット操作等をしなければならず、操作にまごつくのではないかと当初は心配しました。しかし、運転手は基本的にメカ好きが多く、年配者を含めて意外とあっさりと浸透しました。

一方で、ユーザー側が高齢者であるがゆえにスマホが使えず、ダイナミック・ルーティングのバスをスマホで呼ぶのは難しいのではないかと、どこへ行っても言われます。しかし、高齢者のスマホ人口も年々増えており、世の中の状況は変わってきています。

また、観光型のサービスですと、どこかの観光地に行くたびにご当地アプリを入れなければならず、新たに操作を覚えなければならないといった問題が生じますが、生活目的でご乗車いただく方々向けのサービスであれば、毎日のように同じアプリをお使いいただくうちに、だんだんと操作に慣れてきます。もし、それでも駄目ならば、ボタンを押せば何分後にどこにバスが来ると表示されるようなデバイスを住宅なりバス停なりに設置すれば事足ります。

M&Aは「受け身」のスタンス

――現在、みちのりグループは東日本中心の事業展開ですが、今後は他エリアへの進出もありますか。また、交通事業以外への進出もありますか。

一部の例外はあるものの、われわれが手がけるM&A案件は、基本的に先方からご相談をいただいた場合に検討させていただくという「受け身」のスタンスで対応しており、積極的にどこどこの交通事業者を「取りに行く」ということはありません。


ひたちBRTのバス。茨城交通は2009年にみちのりグループ入りした(筆者撮影)

といいますのは、地方の交通事業というのは、その地域できちんと持続的に運営されていればそれでいいのであって、争って取りに行くというような性質のものではないからです。逆にいうと、われわれは東日本でしか事業をやらないと決めているわけではありませんので、他エリアの案件に関するご相談があれば、それはもちろん真剣に検討します。

また、交通事業以外ということですと、みちのりグループとは別枠で、最近、日本共創プラットフォーム(代表:経営共創基盤会長の冨山和彦氏)という投資・事業経営会社を立ち上げ、私は専務取締役に就任しました。われわれは、みちのりグループの事業運営を通じて交通事業分野における事業再生・成長支援のプラットフォームを築くことができたという自負があります。今後は、交通事業におけるみちのりグループでの経験をロールモデルとして、製造業・サービス業を問わず、あらゆる業種のローカル企業に対してCX(コーポレートトランスフォーメーション=企業の事業構造改革・組織構造改革)、さらにDXによる生産性向上を支援し、民間事業の活性化による地方創生を目指します。