「いまは保育園の清掃」続く減便、冬ボーナスゼロでも私がCAを辞めない理由
■ボランティアで保育園の清掃
2020年7月15日、千葉県成田市にある成田市立新山保育園はいつもと違う雰囲気に包まれていた。ANAグループに勤める13名が、園の清掃をするために集まっていたのだ。
ボランティアの募集があったのは6月。コロナの影響で欠航や減便を余儀なくされている航空業界では、業務が大きく減少。そうした人材を活用して地域貢献ができないかと、ANA、JAL、NAA(成田空港株式会社)の3社が成田市に申し出て、このボランティア活動が実現した。期間は約1カ月。3社が輪番で成田市内の保育園の清掃や除草作業を行った。
参加者のひとり、城戸偉久美は入社3年目のグランドスタッフである。大学時代は英語コミュニケーション学科で学び、英語力が活かせて、しかも非日常的な感覚が味わえる職場で働きたいと考えていた。実家のある八街市から近い成田空港は、このふたつの希望を完璧に満たしてくれる職場だった。
「ANAのグランドスタッフは憧れの仕事でした。就職が決まったときは、両親がとても喜んでくれましたね」
■園児の表情に心洗われる思い
もうひとりの参加者、坂井優は羽田をベースに勤務する入社5年目のCAだ。三重県名張市にある実家は飲食店を経営しており、大学時代を通して実家で接客のアルバイトをしていた。また、カナダとオーストラリアへの留学経験があり、「接客業を極めたいという思いと、海外が好きという気持ちを足し合わせたら、CAという答えが出た」という。
清掃ボランティアに参加した動機は、城戸も坂井も共通している。少しでも社会に貢献している実感を得たいという気持ちが、ふたりの背中を押した。坂井が言う。
「私が網戸を拭いていたら、園児のみなさんが興味津々という顔つきでこちらを見ているんです。不安で気持ちがズーンと沈みそうになる状況の中で、むしろこちらの心が洗われる瞬間をいただきました」
城戸は同じANAグループの企業でも、日頃は接点のない職場のメンバーと話せたことが救いになったという。
「客室乗務員やカーゴサービス担当、デューティーフリーを担当している部署のスタッフもいて、それぞれの職場の状況を聞くことができました。『状況に屈しないで、それぞれができることをやろう』と語り合ったことをよく覚えています」
■閑散とした成田のロビー
とは言うものの、ANAグループが置かれた状況は極めて厳しい。先ごろ発表された2020年4月〜12月期決算は、3095億円という過去最大の赤字(純損益)。国際線の旅客数は前年同期比で96%の減。国内線も72%の減と壊滅的な状況である。2021年3月期連結決算の最終利益は、実に5100億円という巨額の赤字を見込んでいる。
夏のボーナスは半分、冬のボーナスはゼロにし、社員の年収を3割減らす大胆な人件費削減策を断行しているが、国際航空運送協会の予測では、旅客需要が2019年のレベルまで回復するのは2024年になる見込みだという。
城戸が言う。
「私は外航(外国の航空会社のこと)の受託業務を担当していますが、緊急事態宣言の出た4月5月はほとんど飛行機が飛びませんでした。閑散とした成田のロビーを見て、とても寂しい気持ちになりました」
城戸が担当するシンガポール航空は、コロナ以前は1日に3便飛んでいた。午前中に1便、午後に2便の搭乗手続きや搭乗口での案内業務をこなすことで、1日が回転していた。
「飛行機が飛んでこその仕事なので、4月5月はこのまま仕事がなくなってしまうのではないかと不安でした」
現在、シンガポール航空は1日1便だけだが、復便している。復便したとはいうものの、仕事量は激減したままだ。
「チェックイン業務以外の仕事がある時は午後も仕事をしますが、仕事が早く終わってしまう日もあります。同期や同僚の中には現職を継続する人もいれば新しい道に進む人もいるので、複雑な心境ではあります」
■これまでの恵まれた環境に改めて気づく
仕事量が減ったのは、CAの坂井も同じだ。
「2020年の1月ごろまでは国内、国外問わずに飛んでおりました。国際線はアメリカ路線を担当していましたが、これが月に2、3本。そこに国内線の便が数本ついて、自宅に帰るのは月の半分ぐらいという生活でした」
ところが、4月5月は国際線がほとんど飛ばず、丸2カ月間勤務がなかった。
「とても驚きましたし、不安でした。いまは国際線が月に1回、国内線が月に数便あって、そこにリモートの会議が入ったり、教育プログラムが入ったりという感じですね」
FPによる「マネー・セミナー」なども、会社が用意してくれたという。
「いままでお金のことについてあまり考えたことがなかったので、給与面も含めて、本当に恵まれた環境の中で仕事をさせてもらっていたのだと改めて気づかされました。これからどんなキャリアを選ぶべきか悩んでいる同僚はたくさんいますが、私はいまのところ転身支援制度などを使うつもりはありません」
城戸と坂井は、動揺はしつつも基本的には現在の仕事を辞めるつもりはない。ボーナスが大きく減っている状況で、彼女たちはなぜ、ANAで働き続けることを希望しているのだろうか。
■飛行機の扉が閉まる瞬間に立ち会うゲート責任者
城戸は昨年、コロナ禍がなければ、ステップアップできるはずだったという。外航の業務受託をしているグランドスタッフのスキルアップは、担当する外航によって若干の違いがあるものの、一般的には、チェックイン・到着・搭乗口業務→搭乗口の責任者→到着の業務の責任者→出発業務の責任者というルートをたどる。
現在の城戸はビジネスとファーストクラスのチェックインや便のエディット(座席管理等の事前調整)を主にやっており、まだ1番目のステップにいる状態だ。もしもコロナがなければ、昨年中に搭乗口の責任者の資格を獲得できるはずだった。
「ゲート(搭乗口)の業務は5〜7人で担当しますが、飛行機の扉が閉まる瞬間を見られるのはゲートの責任者1人だけなんです。私はどうしてもゲートの責任者を経験したいので、いまの職場に残る選択をしました」
PBB(パッセンジャー・ボーディング・ブリッジ)の先端で飛行機のドアが閉まる瞬間に立ち会うことは、たしかに非日常的な、緊張感あふれる状況だろう。城戸はその光景がどうしても見たいというのだ。
■接客業を極めたい
一方の坂井にも、明確な目標がある。CAのキャリアにも多くの段階があるが、現在の坂井は国際線のエコノミーのパーサーと国内線のチーフパーサーの両方の資格を持っている状態。まだまだ先がある。坂井が言う。
「客室乗務員は、最高のサービスを提供するための知識と経験を身に付ける必要があるため、日々勉強しています。私には接客業を極めたいという思いがあるので、ファーストクラスのパーサーの資格を取得したあとも、最高のサービスを追求し続けたいです。会社が多様な働き方を選択できるようにしてくれたので、例えば4月以降は8割勤務にして、2割は自分を磨くために使うといったことも考えています」
職務に強い憧れを持っていること、そして明確なスキルアップの階段の“途上”にいることが、ふたりの原動力になっている。
「とても厳しい状況ですが、精神状態を保つには、とくにかく動くことだと思います。動けば動いた分だけ、先が明るく照らされてきます。先輩の中に、4月以降はこんな働き方をしたいと話して下さる方がいるのですが、そういう方の話を聞くと、私もしっかり考え直そうと前向きな気持ちになれるのです」
この間、経営から社員への発信も増えている。城戸と坂井が異口同音にあげた“心に残る経営トップの言葉”は、「経営が続く限り、社員を守る」であった。
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山田 清機(やまだ・せいき)
ノンフィクションライター
1963年、富山県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』 (朝日文庫)、『東京湾岸畸人伝』『寿町のひとびと』(ともに朝日新聞出版)などがある。
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(ノンフィクションライター 山田 清機)