── 去年のことは思い出したくもないと思いますが......。

 気まずそうに切り出すと、小林誠司は端正な顔をほころばせて「ははは」と白い歯を見せた。

 2019年まで4年連続でセ・リーグ盗塁阻止率ナンバーワンだった巨人の正捕手が、わずか1年の間に居場所を失うなど誰が想像できただろうか。


昨年は2度の骨折もあり、わずか10試合の出場に終わった巨人・小林誠司

 昨年の一軍出場数はわずか10試合で、放った安打は内野安打1本だけ。打率.056という寂しい数字が残された。

 小林が出番を失った原因は、故障禍にあった。6月に開幕3戦目の阪神戦で左腕に死球を受け、尺骨骨折。復帰後の10月には、ファームで捕球時に右手人差し指にボールを当てて骨折。二度の骨折による治療期間がシーズンの大半を埋めた。

 不可抗力に思える故障でも、小林の受け取り方はそうではない。

「ケガしない選手はしないですし、それもひとつの技術なのかなと。その部分でスキルが足りなかったのかなと思っています」

 小林は元来、原辰徳監督から「強い男」と評されてきたように、多少のケガでは休まない選手として知られてきた。小林は言う。

「今まで痛くなったことがないのかと言われたらそうではないですし、本気で戦っている以上は必ずどこか痛いところも出てくると思うんです。でも、そういうところを見せると自分の弱みになってしまいますし、痛くてもできるのであれば我慢してやるのが一番いい。自分は弱みを見せるのが嫌だったので」

 小林の我慢強さは尋常ではない。2016年には死球を受けて左肩甲骨を骨折しながら、翌日も試合に出場。さすがに力が入らなくなったため、離脱したこともあった。

 昨年6月の左腕尺骨骨折は、そんな小林でも我慢できない痛みだった。

 死球を受けて一塁まで歩き、ランナーとして走塁をこなした。攻守交代となってプロテクターやミットをつけ、投球練習を受けたところで自らタオルを投げた。

「キャッチボールをしている時から腕に力が入らないので、『動きがおかしいなぁ』とは思っていたんです。自分としては、なんとかホームベースの後ろを守り続けたかった。でも、今のままだと逆にチームに迷惑をかけちゃうと思って。投げてくれるピッチャーもいるわけですから。それでトレーナーの方に相談したんです。自分としてはすごくもどかしかったし、悔しかった」

 2015年からチームでもっともマスクを被り続けた捕手がいなくなる。大打撃にもかかわらず、チームは快進撃を続けた。

 捕手として屈指の打撃力を誇る大城卓三がメイン捕手に。ベテランで高い守備力を持つ炭谷銀仁朗が脇を固め、第三の捕手には貴重なムードメーカーであり、少ない出番で3割超の打率を記録した新鋭の岸田行倫もいた。

 当然、小林としては面白くなかったに違いない。だが、当時の心境を聞くと小林は「うーん」とうなったあと、こんな思いを吐露した。

「この世界にはいい選手がたくさんいるので......。ケガをした以上はしっかり治して、また頑張るしかないですし、ケガをする前以上にいろんなものを跳ねのける力がないと、また同じ場所には戻ってこられないと思っています」

 左腕の骨折が癒えた9月18日には一軍に復帰したものの、打撃面で結果を残せず、わずか1カ月で二軍へ降格。その後、前述のどおり二度目の骨折で小林の2020年シーズンは終わっている。

 10月30日のリーグ優勝の瞬間は、東京ドームのベンチ裏で迎えた。小林は出場選手登録をされておらず、ベンチ内には入れなかったのだ。胴上げの輪には加わったが、複雑な感情が渦巻いたのは想像に難くない。当時のことを語る小林は、いつもの爽やかな表情が少し引きつったように見えた。

「去年は何もできなかったので......。でも、その場に呼んでいただいたのはうれしかったですし、やっぱり『一緒に戦いたかった』という気持ちはすごく湧いてきましたね」

 出直しとなる2021年。小林のこれまで積み上げてきたキャリアがなくなるわけではなく、リーグ屈指のスローイング技術は健在だ。だが、ライバルは昨季のセ・リーグベストナイン捕手である大城を筆頭に、層が厚い。下手をすれば、故障をしなくても昨年と同様の出場機会に終わる可能性だってある。

 正捕手返り咲きの最大のネックは、打撃にある。入団以来、小林の年度別打率を見てみよう。

2014年 .255(121打席)
2015年 .226(204打席)
2016年 .204(458打席)
2017年 .206(443打席)
2018年 .219(313打席)
2019年 .244(236打席)
2020年 .056(21打席)

 現代野球は打高投低の傾向にあり、ましてや投手が打席に入るセ・リーグでは捕手の打撃力が勝敗を大きく左右する。それだけに小林の通算打率.217は、高い守備力を差し引いても物足りなく映る。

 だが、打撃練習を見ていると小林のコンタクト能力は決して低くない。長打力は乏しいにしても、バットの芯で正確に打ち抜く技術は持っている。その点を本人にぶつけると、苦笑交じりにこんな答えが返ってきた。

「自分のなかではバッティングの自信はあまりないんですけど、石井琢朗コーチや元木大介コーチには『力があるのにもったいないよなぁ』とか『メンタルが弱いのかなぁ』なんて言ってもらえるんです」

 やはり、小林の基本的な打撃能力は首脳陣から一定の評価を受けているのだ。それでは、なぜ結果が出ないのか。小林は続ける。

「スイング自体は悪くないしコンタクト能力はあるんだけど、打席に入った時の考え方、気の持ちように問題があるのかなと。その点を石井さんや元木さんは話してくださるので、あとは自信を持って打席に立てるようにしないといけないですね」

 春先に強いというデータもある。2017年のWBCでは打率.450の大活躍でラッキーボーイになり、3・4月の打率は2018年が.357、2019年が.378と好結果を残している。昨年もコロナ禍の影響で開幕がずれ込んだが、オープン戦での状態はよかったという。

「春はよくてもパタッと打てなくなるのがバッティングなので。そこで『何で打てないのか?』というものを突き詰めていかないと、また同じことの繰り返しになる。そこは自分でしっかり考えてやらないといけないと思います」

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 小林誠司という野球選手は入団以来、毀誉褒貶にさらされてきた。いや、正確に言えば「毀」「貶」のほうが多かっただろう。阿部慎之助という球史に残る名捕手の後釜となり、評論家からリード面を酷評されることも珍しくなかった。そして今や、正捕手の座を新鋭に奪われようとしている。報われない境遇を嘆いても不思議ではないように思えるが、小林はいつも前を向いている。

「リードに正解はないですし、いろんなことを言われるのは『そういう考え方もあるんだな』と思っています。何か自分のプラスに変えていけたらなと」

 リードとは、さまざまな要素が複雑に絡み合う。だからこそ面白く、難しい。小林が捕手として、リード面でとくに大事にしていることは何か。そう聞くと、小林は「まずはチームが勝つこと」と答え、さらに続けた。

「その日その日、投げてくれるピッチャーの100パーセントの力を出せるようにサポートすること。ただボールを受けるだけじゃなく、ピッチャーの様子や体調を常に見て、状況や試合展開を見ながら声をかける。それがキャッチャーの仕事だと思います」

 そして小林は「僕も一生懸命になりすぎて、その試合だけ見ちゃうこともあるんですけどね」と笑った。

 数字には表れない献身。それがあるからこそ、同年齢の菅野智之をはじめ、小林への厚い信頼を口にする投手が多いのだろう。

 このオフ、小林は広陵高の10年後輩である中村奨成(広島)と自主トレを組んだ。ファームでくすぶる中村に、小林は「腐ってはいけない」と助言したという。

 だが、その言葉は自分自身に言い聞かせる言葉でもあったのではないか。そう尋ねると、小林は柔和な表情のままこう答えた。

「ケガをして悔しいし、そこで投げ出してもどうにもならないし、でもやるべきことは必ずあると思うんです。ケガをしても声をかけてくれる人、サポートしてくれる人、応援してくれる人はたくさんいるなと感じました。そういう方のためにも、自分のためにも、もう一度、全力でプレーでしてグラウンドで表現したい。

 そのためにはトレーニングも人一倍やらないといけないし、バットも振らないといけないし、ボールも投げないといけないし、走らないといけない。やることがいっぱいありすぎて、くよくよしてる場合ではないんです」

「ケガをしても応援してくれる人」に、今年どんな姿を見てもらいたいか。最後に小林に問うと、晴れやかな表情でこう返してきた。

「体はまったく問題ないですし、すごく元気なので。2021年は本当に泥臭く、死に物狂いでグラウンドを駆け巡りたいです。一軍の試合でチームに貢献できるようにアピールしていくので、そんな姿を見ていただけたらと思います」

 甘いマスクには似つかわしくない土の匂いのする言葉に、小林誠司の強い覚悟が滲んでいた。